第9話

 ...にしても。

 あずみは夏生に気づかれないように一人笑ってしまった。

 夏生は自分の格好のことをどう思っているんだろう、と実は常々不思議だったのだ。だから夏生が「セクハラ云々」と初めて口走ったのがおかしかった。『自覚はあるんだな』。

 駅ビルの中のファッションフロアに入ると、急に眩しくきらびやかになった。さっきまでのコンクリートの通路とはまるで別世界。田舎者でセンスもないあずみはただただ目をみはった。

 通路を歩きながら、あずみは店に入る勇気が出ない。しばらくうろうろした。夏生はうれしそうな顔をしてあずみの横を歩いている。しばらくして、あずみは立ち止まる。

 「どうしたの」

 夏生が不審そうに聞く。

 「どうしていいか分からない」

 あずみは正直に答えた。

 「そうだなぁ」

 夏生は気をつかって、

 「とりあえず、そこへ」

 斜め前のショップを指さした。ブラウスやワンピースがきれいに陳列されているかわいいお店だった。

 いらっしゃいませ。女性店員の甲高い声。あずみと夏生を見ても、顔色一つ変えなかった。自分が意識しすぎているのかもしれない、と思ったが、いっそ店員に笑われた方がまだ楽な気がした。

 手前の方のハンガーに並んだワンピースを眺めた。花柄...。あずみはこんな服はもちろん来たことがない。

 比較的地味に見えたネイビーのワンピースを手にとった。間髪入れず夏生が、先ほどの女性店員に「試着、いい?」と声をかけてくれた。

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