第6話

 そのあとは、ベンチに座って、話し込んだ。いや、レッスンを受けた。もちろん彼はプロではないから、彼の「きれい」に関する見解を聞く場になった。とはいえ、その話しぶりから、彼が感性のみで女装ファッションをしているのではなく、自分なりに研究をしていることは分かった。あずみはふと、すまないような気になった。いわば、自然体でばっちりと決めているかに見える彼の秘密を聞き出していることになる。しかし、その話は参考になるものだった。今日は色の組み合わせの理論めいたことをレクチャーされた。昔美術の授業で少し習ったが、それが何の役に立つのかと当時の自分は思っていた。今、夏生の話を聞きながら、理論を現実に移していることに妙に感動を覚えてしまった。

 次の授業時間が近づいてきた。あずみは最後に聞きたかったことを聞いてみた。

 「藤井君は、自分の何を表現しているの?」


「それは伊藤さんの感じたまま! 表現されたものはもう鑑賞者のものだから」

 はぐらかされた気分だ。

 「え、ずるーい! 藤井くん、さっきは私に聞いたくせに」

 「だいたい、教えるものと教えられるものがあったら、教えるものの方がずるいものだよ」

 「難しいこと言って煙に巻こうったって...。」

 あずみは軽く夏生をこづく真似をした、そうしながら、こんな軽口をきいて笑いながら話すのは、小学生の時以来かもしれない、と思った。心地よい解放感が込み上げてきた。

 「あのね、お願い」

 またしてもあずみは大胆になっていた。

 「今度、買い物に付き合って。藤井くんの行くお店でいい」

 きっぱりと言ってしまった。夏生はこともなげにこたえた。

 「いいよ、いつにする?」

 人間関係において、こんなに軽快に事が進むのは、人生初の経験かもしれない。すぐに、明日の授業の後に決めた。夏生は授業は3時には終わるという。あずみは嘘を言って、自分も午後の授業はないと言ってしまった。夏生と別れて、次の授業を受けているとき、はじめてふと、自分が男性と二人で出かける約束をしてしまったことに思い当たり、顔を赤らめた。

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