棺の中のオフィーリア

@and25

棺の中のオフィーリア

 私はなぜ、この暗く狭い箱の中にいるのか。

 そうだわ。小川のほとりに咲いていたすみれの花を摘もうとして…。

 神に背いた私を、このような場所へと葬って下さることに感謝します。これでずっとずっと、骨になっても、ハムレットさまと、そして大切なお兄さまと一緒にいられる。

 墓掘り人夫に頭蓋を小突かれるのが何でしょう。どうせ天に召されることがないのなら、ここでお二人と永遠を過ごすことができるほうがずっと幸せ。

 ああ、何ということでしょう。ずっと、お父さまにもお兄さまにも、そして神にも背くことなく忠義に生きてきた私なのに、この命を失った途端、天よりも愛する方々のことしか考えていないのですから。

 暗い。

 けれども、この世のものでなくなってしまった私には、かえって明瞭に、これまでも、そしてこれからも、全てのことを見とおせる。

 前王ハムレットさまが、地獄の責め苦に苛まれておいでなら、私にもそれが与えられてしかるべきなのに―けれどなぜか私にはその予感はない。むしろここで永遠に、ハムレットさまとお兄さまとともにあることができるのだと確信している。

 あら、外が騒がしい。

 お兄さまとハムレットさまが、私の墓穴へととび込んで、何やら喧嘩を始めたらしいわ。

 お兄さまたら、オリュンポスの峰が云々などと、そんな仰々しいことをおっしゃって……ハムレットさままで。気恥ずかしいわ。

 お二人は、私への愛の深さを争っておられる。

 私は、そのような価値のある者ではないのに。せめてすみれの花が一輪、咲いてくれれば、それでもう望外の幸せなのに。

 ああ、おいたわしい、私には分かる。

 ハムレットさまとお兄さまは、いずれ近いうちに殺し合いをなさる定め。なぜ神は、このような残酷な定めを課されるのでしょう。

 本当は親友になれたはずのお二人。

 ハムレットさまは冷徹で、決して信念を曲げないお方だけれど、その底には美しく繊細な真心がある。その鎧をほんの少し外すことのできる気質をお持ちであったならば。

 そしてお兄さまは、狂熱に冒されやすい気質をお持ちだけれど、根はとても真っすぐでお優しい方。

 お二人は、コインの裏表のように、とてもよく似ておいでなのです。

 それに、何という皮肉でしょう。ハムレットさまは、叔父上に父王を殺され、お兄さまはハムレットさまにお父さまを殺されてしまった。

 正反対のようでいて、合わせ鏡のようなお二人。そして共に、私を深く愛してくださった方々。

 止められるものなら、止めてさし上げたい。

 けれど、ああ、私には何もできないのです。

 この世の者ならずして、この世の先を知ってしまうとは。カッサンドラの苦しみを味わおうとは。

 外の喧嘩は、ようやく収まったようね。

 それにしても、これは果たして悲劇なのか、それとも喜劇なのか。

 私は知っている。

 ハムレットさまは、本当は父王を殺した叔父上よりも、現国王であるその叔父上に嫁いだ母君を、より一層、激しく憎んでおられるのだということを。

 激しい憎しみとなるのは、激しい愛があればこそ。

 私に良くして下さった王妃さま。つい先程も、私をハムレットさまの妻に、と考えておられたと告白なさいました。

 けれども、言わせて下さいませ。

 私は、あなたさまに妬ける。

 だってハムレットさまは、私よりもお母さまをおとりになったのだから。

 ハムレットさま、私は今ここで、フランスの言葉で「ジュテーム」と叫びます。声にならない声で。 

 私は、このデンマークの暗く淀んだ気候は嫌い。されど一生、いえ永遠に、この地に縛りつけられる定めなのです。

 ハムレットさまも、お兄さまも、私も、どこか別の、そう、明るい光の溢れる南方の国に生を受けていたら。

 でもそんな詮ないことをいうのはやめましょう。

 それに、このデンマークでも花は咲きます。川辺のすみれのために、私はこの世の者ではうなりました。人の生とは、そのようなものです。

 ハムレットさまも、そのことにお気づきになっておられたなら。

 川辺のすみれを愛でることの意味にお気づきになっていれば、あれほどに深く思い詰めることもなかったでしょうに。

 人の性は、空しいものでございます。

 いいえ、私が至らなかったのです。父や兄の慮りに忠義にしたがいつづけ、言いつけに背かなかったばっかりに。

 ハムレットさま、ともに花を摘みましょう。

 すみれの花を。

 優しかったお兄さま、どうかハムレットさまを、そしてご自分を許してお上げになってくださいませ。

 そして、近いうちに、またお会いいたしましょう。

 可憐なすみれの花の咲く荒れ地で。


(注釈)

 原作ではオフィーリアは、すみれの花を摘もうとして川に落ちたのではない。花輪を川辺の木の枝にかけようとして溺れたのである。だが、ここでは敢えて、すみれの花を摘もうとしたというふうに変えた。


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