第12話 再会に乾杯

 マスターのオススメのカクテルが手元に置かれる。お二人で飲むならこれをお試しください。ぜひご一緒に。そこまで勧める割に、出されたカクテルはドライ・マティーニにしか見えない。わたしたちはマスターの目を盗んで肩をすくめて笑い合い、それからグラスを持ち上げて彼が言う。

「じゃ、乾杯」

「何に?」

「え? じゃあ、再会に」

 わたしは吹き出す。よく、そういう適当な言葉がするする出て来るなあ。でも、そんなことは口にせず、わたしもグラスを目の高さに持ち上げる。

「うん。再会に」


 最初の一口。口に含んだカクテルを味わいながら、グラスを揺らす彼を見ているうちに急にいろいろ思い出してくる。ああそうだった。この人はこんな風にお酒を飲むんだった。

「あれからどうしてた?」

 彼が言う。そういうところ、昔から変わらない。あれからどうしてた、なんて、そんなおおざっぱな問いかけにどう答えたらいいの? と思うけれど、今日は久しぶりだから大目に見よう。「再会に乾杯」してるんだし。

「仕事して、家買って、会社つくって」

「変わらないなあ、おまえ」

 しょうがないなあ、変わらないのはどっちよ。苦笑してしまう。でも今夜はそのがさつささえ、ちょっと懐かしく思えるから不思議だ。

「そっちこそ」と言いかけて、喧嘩にはしたくなかったので言い足す。「どうしてたの、あれから?」

「そうだな。いろいろあったよ」ちょっと眉根に縦じわを刻んで言葉を探す。そういうところも全然変わらない。考えたらそういうしぐさが最初は好きになったんだ。終わりの頃にはそういうのがいちいち鼻についてきたんだけど。幸いなことに今日は新鮮に見つめていられる。わたしも大人になったんだ。「イギリスでは税関で大騒動になったし」

「何それ?」


 ヒースロー空港の税関の小男の下町なまりがいかに聞き取りにくかったか。適当にいなしているうちに、どうやら地雷を踏んでしまったらしいこと。そして送り込まれた取り調べの部屋でのできごと。どこまで本当かわからないけれど、話は佳境へと進んでいく。二人の巨人に問いつめられ、屈辱にまみれながら、すっぽんぽんになって身の潔白を証明する羽目になったこと。筋肉隆々の彼が、見せたくもないところでその鍛え抜かれた身体を晒されているという状況がとにかくおかしい。そんな話を身ぶり手振りに、取調官の声色の真似までつけて、話してくれる。悲惨な体験のはずなのにそれは爆笑エピソードに変わる。


 そうそう。こんな感じだった。最初の頃、いつもこんな感じだった。


 彼の話は作り話なんじゃないかっていうくらい、おかしなものばかりで、わたしは一晩中けらけらと笑い転げたものだ。一緒に過ごす時間は魔法にかかったように楽しくて仕方がなかった。絶対そんなのネタを作っているでしょ!と思っても、とにかくお腹が痛くなるくらい笑い続けていた。いまも私は目に涙を浮かべ、笑わずにいられない。そろそろオチが来る頃だななんて思いながらも、乗りに乗って話す彼を見ているのは楽しい。


「で、最後に何て言ったと思う?」もったいぶって彼が言葉を切る。くつくつ笑いながら私は首を横に振る。「『良かったらおれたちのフットボールチームに入らないか』だってさ」

 大声で笑いながらふと思う。二人でいる時間を楽しくするために私はこうして笑っている。でも、どうして? お付き合いする義理も義務もないのに。それからふと思う。え? これはどういう状況?


 彼の方も、話し終えて満足そうな表情だったのが、徐々に素に戻っていくのがわかる。目を見交わしているうち、二人ともはっと我に返る。そうして私たちは同時にマスターに声をかける。


「どうして?」と私。

「初めて会ったんですよ、ぼくら」と彼。

「はい。初めての方同士でも久しぶりに会った懐かしい人に思える、それが」と、もったいぶった口調でマスターは言う。「このカクテルのいいところです。但しお二人ご一緒でなければ、この境地は味わえません。いかがです、もう一杯?」


 私たちはいまさらながら初対面同士の照れた笑いを浮かべつつ、互いの様子を探り、そして言う。

「じゃあ、もう一杯」

「わたしももう一杯お願いします」

「かしこまりました。オーダー、『再会』を2杯!」


(「再会」ordered by 花おり-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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