第11話 校内探検
君はまた学校にいる。ここはちょうど校門を入ったばかりのところ。あまり人影はなく、少し離れたところに低学年の子達が集まって何か騒いでいる。空は晴れ、天高くツウピーツツピーと鳥のさえずりが聞こえる。君は右手の建物にそって校舎へと続く回廊に足を運ぶ。
そこは高校3年生の時のままで、いまの君は実際には現在の学校がもうこの通りではないことを知っている。なぜなら去年、久しぶりに用があって母校を訪れたからだ。大きな震災があって、母校もまた無傷ではなかったから、あちこちに変化があった。軟式テニスのコートはつぶされてなくなり、新しい建物が建て増され、通い慣れた校舎も建物こそ健在だったが、タイルが剥がれ落ちて危険だということで、表面はつるつるになってしまっていたのだ。あのタイル、特徴的だったのに。
でもいま君がいるのは、かつてのよく知っている姿のままの母校だ。君の脇をかすめて走っていくのはカゲヤマだ。いつも通りエネルギーに満ちあふれ、猛烈な勢いで校舎に駆け込んでいく。一瞬振り向いて笑う顔もおなじみの表情だ。それからカツノがやってくる。高校3年生の、あの時のままのカツノが。君は当時カツノのことが気になって仕方なかったから、あの頃のままにドキドキする。ろくに話をすることもできなかった。そんな君を見て楽しそうに笑うカツノの笑顔にますます君はうろたえる。
校舎に入ると俄然賑やかになる。1階では低学年が教室から飛び出してきたり、甲高い声で騒いでいたり。階段を上がり職員室の前を通ると、数学の藤林先生がいかめしい顔をして出てくる。どうした。もう3時限が始まるぞ。君が卒業して間もなく不慮の事故で亡くなってしまった先生がここではまだ元気で、良く響く声で話しかけてくる。
2階で手を振るアルバム委員のコジマはカメラ担当で、人気のない教室の写真を撮るのが上手だった。3階ではアルバム委員長で実行力抜群のコウキがにやにやしながら通り過ぎていく。4階の自分のクラスに近づくと、イベントが用意されている。そこには君自身を含め当時のクラスメート全員がいて、まだあどけない顔でせいぜい悪ぶって歓迎してくれるのだ。「ようこそ3年D組へ! 高3からやり直しますかー?」
そう。そのセリフを考えたのは君自身だ。気の効いたセリフを思いついたと当時は思っていたが、今の君にはそれほど自信はない。他のみんなはこれを見て、聞いて、どう思っているのだろう? ただ、校舎の中を歩き回ってこの言葉を聞くと君はふとそれでもいいかなと思ってしまう。このまま高3からいろんなことをやり直すのもいいかも知れないと。
でも自由に歩き回れる校内探検はそれでおしまいで、あとは臨場感たっぷりだが視点の固定された短いクリップがほとんどになる。修学旅行、体育祭、文化祭、そして教室での静止画のスナップ。大きな行事の主要な場面が押さえられているがそれだけのこと。まるでその場に居合わせるように再現されているものの、そこにいる彼らには触れることはおろか近づくこともできない。
君はヘッドセットを外し、ディスクを止める。いまから見ると稚拙な技術だが、当時としてはこのVR卒業アルバムのアイデアは画期的なものだった。君を含む当時のアルバム委員はテレビの取材まで受け、一時は本気でVR卒業アルバムの制作会社をおこそうかとまで考えたくらいだった。でもあっという間にそのアイデアを大人たちがビジネスにしてしまい、君たちの出る幕はなかった。
間もなく多くのひきこもりの若者がVR卒業アルバムに入ったきりになるという現象が社会問題化した。彼らが入り込んだのは自分の母校ではなかった。どこか他の学校の卒業アルバムを手に入れ、その学校に入り浸っているというのだ。何かがおかしなことになっていた。結局このタイプの卒業アルバムは10年間ほどもてはやされたが、以後、ぱたりと制作されなくなる。
再びヘッドセットを手にとって、君は考える。明日は、明日こそは会社に行こう。その前にもう一度だけ校内を探検しよう。
(「卒業アルバム」ordered by こあ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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