第8話 怒りの精霊
念入りに化粧をする。顔に泥を塗りたくり土気色に仕上げ、そこに模様を書き込んでいく。渦、風の流れ、炎、樹影。化粧とともに表情は読み取りがたくなり、まるでなじみのない新しい生き物が生まれたようにも見える。支度が整うと羽飾りの冠をつけ、毛皮をはおる。
人間らしさが失われ、やがて人とも獣ともつかぬ本性が姿をあらわにする。畏怖の念を込めて彼らに“森の精霊”と呼ばれていることをもちろん君は知っている。それこそ望むところだ。森の精霊が怒りをぶちまけにくる。彼ら“羊ども”にはそう思わせておけばいい。
不定期に繰り返される明け方の襲撃。それがどうして始まったのか、君は知らない。遠い昔、“羊ども”から受けた掠奪のため、君の部族が壊滅に追い込まれたいきさつも、正確なところは知らない。物心がついたときにはもう、この、日の出前の儀式は習慣として伝えられていたのだ。
君は高い声を張り上げ出陣のことばを唱える。襲撃部隊15人がそれを復唱する。普段使う言葉とは違う、この“森の精霊”のためだけの言葉で。これもまた遙か昔から伝えられてきた習慣だ。なぜこの襲撃を行うのか、その理由と目的はここに語り尽くされている。
「呪われた者に呪われた朝を」
「呪われた者に呪われた朝を」
「我等が流した血より多くの血を」
「我等が流した血より多くの血を」
「最悪の一日の訪れを悟らせよ」
「最悪の一日の訪れを悟らせよ」
最後の言葉にすべては集約されている。“羊ども”には今日もまたひどい一日が始まったことを悟らせなくてはならない。“森の精霊”を怒らせた以上、未来永劫いい一日など訪れないということを思い知らせなくてはならない。
出撃の言葉を唱え終わると君は馬に鞭を入れる。日の出までまだ時間のある薄闇の中に乗り入れる。朝露が足先を濡らし、ひやりとした大気が髪を後ろに吹き流す。まだ夜も明けぬうちから、馬を駆り、君は、“森の精霊”たちは朝の挨拶に向かう。
(「朝の挨拶」ordered by kyouko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます