第4話 鳥かご

 フランス帰りのお民さんは、めっぽう腕の立つふすま職人で、部屋にぴったりのふすまを仕立てることはもちろん、自ら絵を描いたり、修理することまでなんでもこなした。正統な伝統工芸のわざを受け継ぐお民さんの仕事っぷりを見る限り、隣町にさえ出たことがないんじゃないかというくらい根っからの土地の人に見えるが、実は海外生活の方が長いそうだからわからない。


 でもだからといってお民さんのふすまがハイカラだとか、フランス風だとかいうことはちっともない。むしろ、徹底的に日本古来の味だと言っていい。お民さん自身が切れ長の目に瓜実顔という、典型的に和風な顔立ちで、バタくささは一切ない。それに日頃はいちいち海外生活のことなんか素振りも見せないものだから、我々はお民さんを当たり前のご近所さんとして接している。


 特別扱いされても困るだろうけどね。


 そういうわけで、お民さんがフランスでどんなことをしていたか、実はちゃんと聞いたことがなかった。だからある日、リュック・ベッソンが撮影クルーを引き連れてお民さんのところにやってきたのには、心底びっくりしたし、村は開闢以来の大騒ぎになった。いくら田舎暮らしの我々だってリュック・ベッソンくらい知っている。というか名前くらいはわかる。


 どこからどう見ても土着日本人だったはずのお民さんが、突然フランス語で喋り出しリュック・ベッソンとタメ口をきいている。いやフランス語だからタメ口かどうかわからないが、少なくとも見た感じはタメ口である。リュック、リュックと呼び捨てにしているようにも見える。我々の知っているお民さんが消えちまって、見たこともない女性が出現したみたいでとにかく言葉もない。


 でもそんなところに電話がかかってくると、いつもの通りのお民さんがふすまの注文を受け付けたりしているので、もう何が何だかわからない。リュック、コマンタレブーかなんか言っていたのが、はいはい仏壇の部屋のあのふすまが破れたのね、明日の午前中はどうかしら、なんて電話に出て、電話を切るなり振り向いてエクスキュゼモワメルシボクーかなんか言うわけだ。


 撮影クルーがカメラを回し始めたりするものだからお民さんの家の庭先に群がっていた我々はどよめいて身を乗り出す。するとお民さんがこっちを見て、「ほらほらあんたたち、リュックの作品に登場できるかもよ」なんて言うものだから、素っ頓狂な声を張り上げるお調子者も出てくる。するとリュック・ベッソンが何かを言って、お民さんが笑う。「そういう目立ち屋は編集でカットされちゃうんだって」


 あぶねえ。声を張り上げないでよかった。


 やがてお民さんは立ち上がると縁先を下り、庭の工房に向かう。リュック・ベッソンもざぶとんから腰を上げ、つっかけをはいて工房に向かう。扉を開け放つとそこには立派なふすまがある。やっぱりとても和風なふすまだ。でもそこには洒落た釣り鐘形の鳥かごが描かれている。その中に鳥はいない。もう一枚のふすまには木の枝に止まったインコが1羽いて、ちょうど鳥かごを見つめているように見える。


 撮影クルーが扉のあたりに集まるので少々中の様子が見えづらくなる。するとライトが入ってふすまのあたりがぱあっと明るくなる。何人かのスタッフが中に入り込みふすまの脇に立つ。リュック・ベッソンはカメラの脇でお民さんと何かを話し込んでいる。お民さんが何かを言って、リュック・ベッソンが大きくうなずき、ふすまの方に目をやる。その時、それが始まった。


 インコが枝から飛び立って、鳥かごの中に入ったのだ。


 インコは羽を広げ、飛び立つと一気に鳥かごの入り口につき、そこでちょっと休み、ぴょんと中に入ると止まり木の上で足踏みし、振り向くように向きを変えるとぴたりと動かなくなった。それは何枚ものふすまを使ったアニメーションだったことが後でわかるのだが、仕掛けを見せて貰った後でも我々は本当にインコが飛んだようにしか思えなかった。鳴き声が聞こえたという者もいた。


 リュック・ベッソンは満足げにうなずきお民さんを抱きしめ、クルーを連れて帰っていった。でもその日以来、お民さんを見ると鳥かごとインコのことを考えずにはいられなくなってしまった。


 お民さんは鳥かごの中のインコなのだろうか、鳥かごから外に出たいんだろうか。全くもって余計なお世話なんだろうけど、そんなことを考えてしまう。鳥かごの外で何を見てきたんだろうか。どうして鳥かごの中に戻ってきたんだろうか。そんなことを考えてしまうのだ。お民さん本人はちっとも鳥かごにとじ込められている感じはしないんだけどね。


(「鳥かご」ordered by izumi-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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