第3話 深夜、山麓駅前で

 うろうろ駅前をさまよう。どこだか知らないけど、ホント盛り上がらない駅。日が暮れるともう商店がばたばた店をたたみ、一気に寝静まってしまうんだ。東京暮らしが長すぎて、こういうの、ちょっと信じらんない感じ。まだ7時だよ!? 眠ってんじゃねーよ! よい子でもまだ起きてるよ? って思うけど、よく見たらここもまだ東京都らしい。マジ? 嘘でしょ?


 さあどうしよう。どこかに泊まりたくてもお金はなし。お金があってもこのしけた駅前に泊まる場所があるとも思えない。幸い駅もじきに静まり返りそうだから、そしたらホームに潜り込もうか。さっきの電車が行ってしまってから十分と経ってないのに、駅前の気配は深夜の住宅街みたい。というか山も黒々迫って、どこかから勢いよく流れる川の流れも聞こえて、地方のひなびた温泉にでも来たみたいな感じだ。


 なんだかなあ。なんでこんなところに来たんだろう。よりによって山だなんて。わたしは駅前のバス停のベンチに腰掛ける。時刻表を何気なく見てまたぶっ飛ぶ。もう終バスが出たらしい。まだ7時だよ!? よい子にもほどがあるよ! あーあ。めげるなあ。家出したらもっと盛り上がると思ってたのになあ。ケータイもつながんないし、暗くて本も読めないし。iPodバッテリー落ちるし。何か面白いことないかなあ。


 まあ、そういう運命なんだよ。だから出てきたんじゃないか。諦めなって。何もうまくいかないのはわかってるんだ。努力したって空回り。目立たないようにしたつもりが目をつけられる。そのくせ困ったときには誰も気にかけちゃくれない。友達は離れていく。持ち物は壊れていく。だからこの何もない駅前はちょうどわたしにぴったりお似合いの場所かもしれない。


     *     *     *


 眠ってしまったらしい。気がつくとあたりがざわついている。


 駅前はますます暗く、ついてる電気といえば改札の奥の蛍光灯くらい。駅前には一切の明かりがなくなってる。見上げると星がきれい。きれいというより星の数が多すぎてちょっと気持ち悪いくらい。星ってこんなにたくさんあったんだ。大きいのや小さいのやいっぱい見えすぎて、なんか奥行きがあるみたいでヘン。そりゃ、宇宙には奥行きがあって当たり前なんだろうけど、でもヘン。近い星とか遠い星とかフツー考えないよね? なのに近い星とか遠い星が感じられて。うわあなんか肌がざわざわする。


 と思った瞬間、不意にあたりが明るくなる。ぱちぱち何かがはぜる音。明るくなると同時に温度も上がる。あっと思ったらそこにはたくさんの人が集まってきていて、何本ものたいまつがごうごう燃えてる。うーーーーーっと低いうなり声がしたかと思うと、突然その声がうわあああああっと盛り上がって、音も高くなって、そこにどおおおおおーんと太鼓の音が響く。わたしの腰はベンチの上で飛び跳ねる。それくらいいきなりの大きな音なんだ。


 明かりの正体は無数のたいまつだ。おびただしい数のたいまつが駅前の小さな噴水広場のまわりをぐるぐる回り始める。たいまつ行列の内側ではそれと逆行して踊りの輪が回り始める。何を言っているのかよく聞き取れない歌声が高く低くあたりを満たす。轟く大太鼓の音がすぐそこの山を揺るがさんばかりに鳴り響く。うわあ何なの? 何が始まったの? 今日は何かの祭りの日だったの? まさかよそ者がいたら取って食ったりするんじゃないよね?


 歌声に耳を澄ます。聞き取れない。そう。これはたぶん日本語じゃない。ひょっとするとどこの国の言葉でもない。歌い踊っているのはとりたてて風変わりというわけではない。ついさっきまで台所に立ってたような女の人がいる。スーツを着た男の人がいる。学生服の少年もいる。わたしと同い年くらいでわたしと同じような服を着た子もいる。なのにそこは日本じゃないし、彼らは日本人でもない。ひょっとするとどこの国の人でもない。


 わたしと同い年くらいでわたしと同じような服を着た子が、つ、と寄ってきて手を伸ばす。わたしは立ち上がり踊りの輪に入る。踊りの輪に入ると、歌声は意外に華やかで、リズムも楽しげだ。たいまつの明かりしかないのに、そこには赤緑オレンジ紫黄色黄緑とありとあらゆる色があって、それがとってもきれいにはね回ってて気持ちが浮き立ってくる。わたしはその子と手をつなぎ、くるくる回り、跳びはね、聞いたこともないはずの歌を大声で歌う。高い声も低い声もびんびん響かせて歌う。いちばん上手に歌う。


「祝祭だ」とすれ違った男の人がつぶやくのが聞こえる。そうだそうだそれそれ。わたしはものすごい勢いで回転しながらうんうんとうなずく。何のお祝いだろう? 何のお祭りなんだろう? なんでもいい。これは祝祭だ。とびっきりの祝祭だ。


 そうつぶやきながらわたしは目を覚ます。朝日が駅前をまぶしく照らし出してて、噴水の水が信じられないくらいに光り輝いている。山の緑が濃く淡く青空を背に目にしみる。たくさんの鳥のさえずりが、どこか他の国の不思議な音楽のように、朝の大気を震わせる。わたしは少しくたくたで、でも今日はあの山に登ってみようかな、と思う。


(「祝祭」ordered by kyouko-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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