運命の岐路

 黙秘、それは万人に与えられた権利。平たく言えば、言いたくないことは言わないよ! ということである。かといってそれで納得する人も少ないだろう、今の私のように。


 積み重ねられた申し訳程度の信頼は崩れ去り、今私の前にいたのは得体の知れないエイリアンだった。


「理由を聞いても?」


 私のチワワのような睨みも意に介さず、エイリアンセナは変わらぬ口調でこう言った。


「すまないね音夢君、だがまだ話すつもりはない。何故ならまだ私と君は出会って一時間と少ししか経っていないからだ。日本人はこんなときこう言うだろう? 親愛度が足り――」


「ふざけないでください」


 私のチワワの睨みがブルドックにレベルアップした。さすがにこれは効いたらしい、セナが申し訳なさそうにこちらをみた。


「すまない。できれば思い出してほしい、私の役職がなんだったかを。今はまだ私の口から言うことはできない」


 え、役職? 確かスカウト兼マネージャー兼……あ。思いだした、この人の本職。


「だが約束しよう、君には悪いようにしない。君には宇宙レベルの設備、サポート、そしてトップアイドルの座を約束しよう。もちろん私も全力を尽くす。どうだろうか?」


「…………」


 今私は岐路にいる気がする、人生を変える大きな分岐点に。どちらの道にも言えることは先が見えなくて真っ暗ということだ。このまま細々と売れない自主アイドルを続けるか、あやしい何かと取引するか、究極の選択。そんなもの決められるわけがなかった。


「すみません、少し考える時間をくれませんか? 私の人生は私だけのものじゃないから……」


 それが今私が出せる精一杯の答えだった。


「……いいだろう。だが、あまり時間はかけられない。丸一日、それ以上の時間は与えられない。


「……分かりました」


「今日はこれでお開きにしよう。すまないね急に時間を取らせてもらって」


 まったくだ、さらに正確に言えば無理矢理時間を作らされたというべきか。


「では明日の今、再びここに来てもらう。言い返事を期待してるよ」


 目の前が光に包まれ、白に埋め尽くされる。ここに来たときよりもずっと優しい感じだった。


 やがて光が消え目の前にはいつもの景色が広がっていた。いつものアパートの前。空を見上げても輝く一等星はもういない。どうやら無事に帰ってこれたらしい。胸のそこから安堵のため息と嘘がつけない本音が漏れ出た。


「はぁぁぁ~、トップアイドルは魅力的だな~」


 さすが官僚、交渉はお手のもののようだ。

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