飲むか飲まないか、それが問題だ

あれから数分が経ち、私の状況はがらりと変わっていた。


「どうした? 飲まないのか?」


 何故か私はもてなされていた。宇宙人に。


 あのあと椅子に座って待つように言われ、エイリアンは奥へ一端下がった。正直その間に何とかして逃げたしたかった私だが、当然そんな方法は知らない。しょうがないから宙に浮かぶ不思議な椅子の感覚を楽しみ一分後、なぜかエイリアンはお盆にお茶を乗せて戻って来た。


 意味もわからずお茶を目の前に置かれ、困惑する私にかけられた言葉が上の台詞だ。いや、飲めるわけないでしょ!


「安心したまえ、このお茶は京都宇治産の高級ほうじ茶だ。私は客人をもてなすときには安い茶を出さない主義でね」


 目の前のエイリアンはそう誇らしげにいいながら、ほうじ茶を多分口元と思われる部位に一口、ふぅと息をつき一言。


「ふむ、うまい」


 もう突っ込みたいところが山ほどあるが、抽出して言いたい。私は客人じゃない! あんたが拉致ってきたんでしょーが!


 そうズバリ言いたいが、エイリアンの視線がそれを許さない。宇宙人はそれはもうさっきから、恐らく茶を早く飲めという催促の視線を送ってくる。それはもうギョロりとした1つ目で。どうする? 飲むか? 飲まないか? いうならば飲むか飲まないか問題。今、初めてシェイクスピアの気持ちがわかった気がする。


 湯飲みに入った深い焦げ茶色のほうじ茶に私の顔が映りこむ。一つ確実に言えることがある。お茶から漂う香ばしい匂いから分かるが、これ間違いなくヤバイ茶だ、値段的な意味で。私が生まれてこのかた飲んだことないくらいに。


 どうする私? 飲む? 飲んじゃう? このとき初めてわかった。茶を出されたらどんなに怪しいものでも熱いうちに飲まずにはいられない、これ日本人の習性。


 私は恐る恐る湯飲みを手に取り、ほうじ茶を口に流し込む。その瞬間、強烈な苦味が口の中に拡散した。


「……渋っ!」


 お茶の渋みだった。


「あぁすまないね、地球に来てまだそれほど時間がたっていないんだ。次にいれるときはもうちょっと上手になっておこう」


 エイリアンが軽く笑い飛ばす。私は初めて知った、どんなに高い茶でも渋けりゃ不味いということを。けど飲まないとなんだかもったいないので私はぬるくなったお茶をぐいと飲み干した。


「ごちそうさまでした」


「ふむ、いい飲みっぷりだ。茶のおかわりをいれたいところだが……そろそろ本題に入ろう」


 エイリアンがそういうとスーツの懐から小さなカード入れみたいなものを取り出した。


「ここは地球式にいかせてもらおうか」


 そしてエイリアンは金属の蓋を開け、中から紙切れを取り出した。


「どうぞ」


「……はぁ」


 訳もわからずその紙切れを受け取り、目を落とす。そこにはご丁寧に日本語でこう書かれていた。


『グレイ芸能事務所所属 スカウト兼マネージャー兼プロデューサー ぺトロ星人セナ』


 ……なに言ってるんだコイツ? 私の正直な感想がそれだった。 私が困惑の表情で顔をあげると目の前のエイリアンはこう名乗った。


「私はぺトロ星人セナ。単刀直入に言おう、君をアイドルとしてスカウトしたい」


 それは私の運命を変える言葉だった。

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