その夜私は空を越えた

【abduction】誘拐 基本的にはこの言葉は使われない。なぜなら一言に誘拐といってもさまざまな単語があり、もっぱらこの言葉より使いやすいからである。なのでこの言葉が使われるケースは限られてくる。たとえばそう……宇宙人による誘拐とか?


私が目を開くと、まず精密に組み立てられた銀色の壁が目に映った。例えるなら潜水艦の中のような、もしくは軍用輸送機の中、明らかに我が家ではない、状況が飲み込めずに左右を見渡す。そこにあったのはホログラムで写し出される見たこともない活花や、どういう原理か分からない宙に浮く椅子に机。あまりの現実感のなさに私はこう思った。


 あー良くできたセットだなぁこれ。


 私にはそれらがスペースオペラで使われる宇宙船の撮影セットにしか見えなかった。多分これは何かのドッキリで、そこにある大きな窓の外で芸能人が例のプラカードを持って立っているに違いないと信じるしかなかった。


 私はすがる思いで窓に駆け寄るが、窓の外には、カメラマンも芸能人も居ない。代わりにそこにあったのは宙に浮かぶ巨大な我が母星、地球であった。


 多分その時の私はもうえげつない顔をしていたはずである。恐らく目の瞳孔は開ききり、顎は間接が外れるほど開いていただろう。ついでに両手は頬に。あ、ちょうどいい例えを思い付いた。ムンク作<叫び>、ちょうどあの顔になっていたはず。


 私は力なくその場に座り込み、ただ窓の外に浮かぶ地球を眺めていた。眼前の地球の中心に日本がちょうど見える。まだ時間はそれほど経っていないらしい、夜の日本の街がまだ輝いていたからだ。丸一日経っていない限り……ていうか宇宙人に拐われて、地上に帰ってきたら100年経っていたとかはSFあるあるだ。とりあえず言えるのは、間違いなく私は無事に帰れない。


「なかなかの景色だろう、鈴木音夢」


 私の背後からガスが抜けるような音と共に、私を呼ぶ声が聞こえた。夢の中で聞いた、あの男とも女とも分からない声が。


 私は瞬間的に固まった。恐らくこの状況、振り返った先にいるのは十中八九アレだ。しかし名前を呼ばれたのならば振り向かなければならないのが人間の常。ていうか、なんで私の名前知ってるの!? 私は錆び付いたブリキ人形のように振り返る、振り返った先にいるのが、プラカードを持った芸能人であってくれと願いながら……


「とりあえず座りたまえ。これから君の人生の話をしよう」


 私の目の前にいたのは、十中八九の八九の方。紛れもなく正真正銘の宇宙人だった。


「ぃいぎゃぁぁぁあ!!」


 私は叫んだ、絶対人生で一番大きく。だってそりゃそうだ、目の前に蛸足エイリアンが現れたら、誰だってこんな声が出る。


 目の前のエイリアンはそれはもう奇妙な姿をしていた。スーツ姿なのだ。なぜかそのエイリアンは地球でよく見るビジネススーツを着ていた、だからこそそこら飛び出ている両手と頭が恐ろしい。両手は一見人間のような形をしていたが色は真っ黒で、質感も人間より柔らかそうな印象を受けた。そしてその頭部は私の豊かなる想像をも越えるとんちんかんな姿をしていた。一言で言えば触手。そのエイリアンは頭が蛸のような触手で、一つの小さな目玉がちょうどまん中辺りにポツンと付いてあった。それ以外、口や鼻といった部位は見受けられない。後で思うとあまりにも適当なビジユアルだ、幼稚園児のの落書きかよ!


「ふむ、驚くの――」


「ャァァア! ウチュウジン!? ウチュウジン!」


「だが安心してほし――」


「タスケテ! ヘルプ! ヘルプ――」


「少し黙りたまえ」


 その時のことはハッキリと覚えている。今まで今まで感じたことがなかった空気、しかし私の頭のなかには該当する単語がすぐに思い浮かんだ。<殺気>多分これで間違いない。心臓を直接捕まれ握り潰されそうになる感覚。殺気は宇宙共通のものだった。


「少し、自分が置かれた立場を考えるべきではないか? 確かに私には君に敵対する感情はないが、危害を加えるつもりがないわけではい。君がこのまま騒いだ場合、私もしかるべき処置をとるかも知れない。君だって嫌だろう? なら君がするべき行動は一つだ」


 エイリアンが発する言葉は、確実に私の頭に吸い込まれた。先程までパニックに陥っていた私の脳は今限りない速さで回転している。何故ならここで行動を間違えると多分死ぬからだ。エイリアンの言葉通り私の返答は一つしかなかった……

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