第4話『交錯 ~混迷の新大陸~』前編
*
――現時点で判明している魔王アムルゲートの欠片
・脳……アムルゲートの『脳』。所有者はバレンティナ・オクトー。
・盾……アムルゲートの『胴体』。所有者は牢獄左官ドグマリス→ヴァーブル・フォールティ→ウェッジと変遷。
・爪……アムルゲートの『右腕』。所有者は獣魔将軍ライオネルス→バレンティナ・オクトーと変遷。
・剣……アムルゲートの『尾』。所有者は牛鬼騎兵バリュージャ→ヴァーブル・フォールティ→ウェッジと変遷。
・杖……箇所は不明。所有者は冥府魔人イーザ。
その他の三つの欠片の所有者は現時点では不明。だが、それは残りの魔武衆の可能性が高い。
ブレイブ王国内機密文書より
*
暗闇の中を、耳障りな甲高い電子音が響きわたる。
「ブレイブ王国で発表があったけど、ライオネルスが倒されたようだね」
天空提督トゥルーガは、淡々と言った。
「一体倒したのは誰なんだろうなあ?」
「イーザ、それが奴の配下の魔物達も殲滅されたから、はっきり誰が倒したのかわからないんだよ。王国によると、ドグマリスとバリュージャを倒した勇者と相打ちになった……ということらしいんだけど」
「おかしいですね、それなら銀の武装はどうなったんでしょうか?」
モディルドの声にそこにいる全員が賛同する。
銀の武装を持つライオネルスとヴァーブルが相打ちになったというのならば、その銀の武装の所在は魔武衆達にとって非常に大きな関心事だった。
後ライオネルス領内にあったという脳の行方も知れなかった。
「人間どもはこうもたばかる。手分けして銀の武装を探さないといけないね」
「そうだなトゥルーガ。俺達は争っている身ではあるが、人間の手にあれが渡るのはあってはならない」
「そうですねイーザのおっしゃる通りです。あくまでも魔王軍再編が本筋なんですから、それが成立しないとなったら、全ての労力が無駄になる。それは先輩魔武衆の意思に背くこととなります」
肯定の声が、それぞれの端末から漏れ聞こえる。
「そうだ、エリーザはどうなの? さっきから黙ってるけど?」
「あ……ごめんね皆。ちょっとぼぅっとしてたけど話の内容はちゃんとわかってるわ! うん、私もそれでいいと思う!」
この日の魔武衆達の会合はそれ以外に特に話題もなく終わった。
*
「これは……」
口元に赤いマフラーを巻いた黒髪の少女は目の前の街の掲示板に張られた紙を見て眉間にしわを寄せる。
『コチラ、勇者及び勇者候補助成金不正受給者也。戦死により無効となったヴァーブル・フォールティの証明書を不正使用したため下記人物の証明書は無効とし、見つけ次第ブレイブ王国勇者候補支援センターへの連絡をお願いします。勇者候補バレンティナ・オクトー』
自分の名前と似顔絵が付けられたそのブレイブ王国の公文書が、偽物ではないことはそこに記された国王のサインが証明していた。
その横には、ヴァーブル・フォールティがライオネルスと相打ちになって戦死したという事務連絡の紙が貼られていた。
「不正受給って……そんなことしてないのに! 横暴だ! 今からブレイブ王国に戻って抗議してやる!!」
『バレンティナ、声が大きい!』
「あっ」
気づけば周囲の人々の注目を浴びてしまっていたようだった。それぞれ様々な色の瞳から疑惑の視線が送られ、バレンティナはすごすごとその場を立ち去った。
このポルトギーゼに来て、バレンティナとヴァーブルは情報収集とライオネルスとの戦いで失った武器類や消耗品の補充を試みた。
ヴァーブルは街に入るなり、酒場へ情報収集に向かい、バレンティナが買出しをすることになった。
しかし、勇者候補証明書を見せると、店主は「大きい声じゃ言えませんけどアレを見てください」と掲示板を指し示したのである。
つまり、自分たちはかなり高めの値段でそれらを買うか、購入を諦めるか。
とはいえ、さすがに穴が開いて血に汚れた皮製の服はそのまま着ているわけにもいかず、その代わりの頑丈な布で作られ、裏地に鎖帷子が付けられた服を通常価格で購入すると、バレンティナの所持金の大半が失われた。
『解せぬな』
「ええ。むしろアタシ達はライオネルスを倒して、あのウェッジという奴に襲われたからここまで流れただけなのにさ」
鎧から響く声に小さな声で答える。
ポルトギーゼは大陸ガーニッシュの最西端のべリエル半島にある港町で、そこには様々な大陸の商人や船乗りでごった返していた。
バレンティナは様々な髪や肌の色の雑踏の間を、息をひそめるように顔を隠し下を向いて出来るだけ目立たないように歩いていた。
『いや、それ以前にいくらなんでも早すぎる。我らがライオネルスを破ったのは昨日の日中だ。それがもう本日になってここまでの決定がされるのはおかしい』
「ヴァーブルがライオネルスと相打ちになったっていう発表もでたらめだしね。誰かが勝手に連絡したのかな? どっちみちやむを得ない理由があるんだから何かしらのことはしないと」
歩いているうちに、街の中で一番大きいといわれている酒場にたどり着く。
入口にかかった木製の看板には『Captain Jenni』と書いてある。
そこでヴァーブルが情報収集をしているはずで、一刻も早く自分たちが追われていることを知らせなくてはならなかった。
まだ日中であるにもかかわらず、その中からはがやがやと騒がしい人々の雑多な声が漏れ聞こえていた。
バレンティナはその扉を押し開けると
「いらっしゃーい」
カランカランというベルの音と共に三角巾を頭に付けたぽっちゃりとした中年の女性が現れて、バレンティナを空席に誘導する。
「とりあえず、お酒以外で」と飲み物を頼んで、一息ついていると
「何だよお嬢ちゃん。こんなところで一人で来るなんて用心が足りないんじゃないか?」
無遠慮にその背中を叩かれる。それは右隣の大柄な男によるもので、浅黒い肌のその人物は、野卑た笑みをその顔に浮かべながら口元を隠したバレンティナの顔を覗き見る。
ツンと、彼女の鼻を臭気が突く。それは酒や男の体臭が入り混じったような臭いで、ライオネルスの魔城で感知したものよりは弱くはあったが、生理的嫌悪感はより強く覚えた。
「い、いきなりなんですか?」
「ったぁ……何するんだこのアマ!?」
突如近づいた男の大きな顔から身を離そうとすると、背中が何かにぶつかった感覚と怒声。
突然服の端を掴まれると、それは髪の毛を金に染めたガラの悪い鳥ガラのように細っこい男だった。
「ごめんなさい、ちょっと動いたらぶつかっちゃって」
「あー! 痛いなー! これは肩の骨折れちゃったなー! 腕が上がらないなー! これじゃ商売あがったりだなー!」
鶏がら男は口を尖らせながら、自分の右腕を振り子のようにぶらぶらさせて
「ほらっ言わんこっちゃないよお嬢ちゃん……こりゃ弁償してあげないとねぇ?」
背後からベタベタとバレンティナの体を触りながら、浅黒い筋肉質な男はくっつきそうなほど近くまで自分の顔をバレンティナの頬に寄せて囁いた。
「そ、そんな……」
バレンティナは、困惑で顔を真っ赤にしながら両者を見比べた。
周囲の客たちも揉め事に気づいたのか、バレンティナには遠巻きに好き勝手なことを言ったり笑っているのが聞こえた。
『下衆が……バレンティナ、物怖じするなよ。コイツらは只の集り屋だ。返り討ちに――』
アムルゲートの声は最後までバレンティナに伝わらなかった。
バシャッ!!
三人に向かって思い切り冷水がしこたま掛けられたのだ。
バレンティナは反応できずにそれを頭からもろにかぶり、二人は反射的に自分の腕で顔を守る。
「誰だ、こんなことをしやがるのは!?」
「私だよ、このトンチキ共!!」
喚く大男に、凛とした女の声が答える。
左目に眼帯を付け赤毛を後頭部で結び胸元の大きく開いた服を着た背の高い女が、右手の大きな木の桶をぶら下げてバレンティナ達の目の前で憮然と立っていた。
「ゲゲッ、リーチの姉御!!」
「なぁーキラッチ、あんた肩が逝ったとか掘ったとか聞こえたけどそうやって上がってるなら全然健康じゃないか!」
肩を骨折したとバレンティナに迫った細身の男はどっと汗をかきながら周囲を見渡すと
「あっ……あー! なんか水を被ったら肩の調子が戻ったぞぉー! エギル、だから俺は平気だし、幼児思い出したからさっさと行こうぜー!!」
「キラッチ!? 置いてかないでくれよぉ!」
脱兎のごとく勢いで二人組は酒場を飛び出していった。
すみませんでした、とバレンティナは女に謝罪すると
「いいってことよ! 私の店の中でああいうのされたらこのジェニー・リーチの名が廃るってものだ」
と、ジェニーと名乗った眼帯女はバレンティナを自身の肩に抱き寄せ、驚く彼女の耳元に
「バレンティナ・オクトーだね? ちょっと、奥こない?」
「え……」
拒否権はないと、直感で分かった。
*
「あーバレンティナ? 買い出しはもう終わったのくぁあ?」
カウンターの裏にある個室では、酩酊状態のヴァーブルが卓に肘をついて酒をあおっていた。バレンティナは両手で卓を叩いてヴァーブルに怒鳴る。
「どうしたもこうしたも、何飲んでるの!? そんなことをしてる場合じゃない! アタシ達はお尋ね者になってるんだよ!!」
「お尋ね……どうしてだ? なんかしたっけ?」
「なんかアンタ死んだことになってるんだよ! それでアタシはアンタのを勝手に使ったとかで不正だって。だから早くブレイブ王国に事情を説明に行かないと!」
「はいはい、バレンティナ・オクトーちゃん。注文貰ってたノットお酒のミルクだよー」
「――あ、はい。ありがとうございます」
「それを飲んでクールダウンしなよ。大体私のような部外者いるのに不用心だよ? どこで誰が聞いてるからもわからないのにさ」
『我も言うのはやめていたが、これからは気をつけた方がいい。特に
バレンティナはヴァーブルに向かい合って腰を下ろすと、ヴァーブルは眉間に皺を寄せながら群青色の瞳をバレンティナに向ける。
「それなんだが、ブレイブ王国に戻るのは考えた方がいい」
すっかり酔いがさめたのか、顔の紅潮は薄れ、視線はまっすぐだった。
「どうして? ヴァーブルだって生きてるのに」
「だが、ウェッジとか言う輩に銀の武装を奪われてしまった。王は銀の武装のことはよくご存じだ」
まあアムルゲートによるといくつか間違いはあるらしいがな、とヴァーブルは肩をすくめる。
「それで、何か問題があるの?」
「俺は王から銀の武装を集めることを命じられていた。それを全く持たないで手ぶらで帰ったらどうなる?」
「それは……」
決して好印象ではないだろう。むしろ銀の武装を私物化してどこかに隠したとか因縁をつけられて罪を問われるかもしれないと、ヴァーブルは考えていた。
「それならば、東に向かって残りの魔武衆を倒しながら、バレンティナを狙ってくるだろうウェッジと再度戦う。そうする方が幾分か現実的だ」
「できるかな、それ?」
バレンティナの額を汗が流れる。
「俺はともかく、ライオネルスを倒したお前とアムルゲートなら、大丈夫だと思うが?」
「いや、そうじゃなくてさ! 勇者認定がないせいで旅に支障きたすレベルに素寒貧だよアタシ達! アタシの防具を新調して保存食を補給したらもうほとんどすっからかんだよ!」
バレンティナが寄越した布袋の中には金貨はなく、銀貨と銅貨が片手で数えるほどあるだけだった。
「あららー! これじゃあ飲み代も払えないじゃないの! もしかして無銭飲食じゃないのー!?」
袋から卓の上に転がった硬貨を覗き込んだジェニーは素っ頓狂な声を出し、バレンティナとヴァーブルは愕然とする。
「ちょっと待って! 飲み代これだと足りないの?」
「ああ、そうだね。せめて金貨2枚はないと、元は取れなくて私は赤字だよぉ!」
わざとらしく目元を覆ってよよよとわざとらしい泣き声を出すが、その口元は笑っていた。
しばらく嘘泣きを続けた後、二人を見下ろすと何処からか煙管を取り出して吸い始めた。
そして、白い煙を二人に向かって思い切り吐いた。
「それにさ、私は今すぐあんたらがここにいることをブレイブ王国にタレコミすることもできるんだよ? そうだ、街の公用厩に泊まっていた雌馬! あれはジュンガルの方の良質な馬なんだよねぇ」
「ゴホッゴホッ……あの子は、厳密にはアタシの馬じゃない。でも、たとえ自分のだったとしても渡す気はないよ、ジェニーさん」
立ち上がりながら言うバレンティナに、「せっかく馬一つで済むってのに」とヴァーブルは歯噛みした。
ジェニーはため息をつくと二人に背を向けて
「それじゃあしょうがないね。あんた達のことはポルトギーゼの商人組合に告発……と言いたいところだが」
振り返ると、笑みを浮かべる。腹に一物抱えてそうな胡散臭い笑みを。
「バレンティナ。ちょっとあんたに頼みたいことがあるんだ。なぁに、あんたにとっても決して悪いことではないからさ? それをやってくれるなら、今回の飲み代はいらないよ」
選択肢は、無かった。バレンティナは首を縦に振った。
そして、後悔した。せめて依頼の内容くらいはしっかりと聞いておくべきだったということを。
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