第3話 『激闘 ~獣魔将軍ライオネルス~』後編

   *


 発光が収まると、目の前の光景にライオネルスは自身の眼を疑った。


 そこには、心臓を突かれて絶命しているはずのバレンティナ・オクトーが何食わぬ顔で自身の眼前に立っていた。


「小娘! 一体どんな手品を!? それに銀の武装をどこにやった!?」


 ライオネルスは自身の腕と体に銀の武装が付いていないことを再確認すると、バレンティナに喉も枯れようかというくらいに怒鳴り散らす。


 バレンティナはフンと鼻で笑って口を動かす。その眼は赤く光っている。


『ライオネルス。それはこの勇者の体の中にあるぞ』


「貴様――アムルゲート!? どういうことだ」


 そこから出たのは、アムルゲートの声であり、ライオネルスは眼を剥いた。


『貴様によってつけられた傷は、我によって完全に治癒した。もう少し遅かったら間に合わなかっただろうが、うまく死ぬ寸前に勇者と同化して魔法をかけることができたのだ。今は手間を省くためにこうやって勇者の体を借りて貴様に言葉をかけているに過ぎない』


「そんな、馬鹿な……」


 『バレンティナ』は、服の胸元の部分を下に引っ張って、両胸の間の傷跡を見せつける。そこは既に緑色の治癒の光でふさがりつつあった。


 ちょっと? 何勝手に人の胸を晒してるの? というツッコミが聞こえてくるがそれを無視してアムルゲートは続ける。


『ライオネルス。我はこの勇者の下で復活を果たす。それが我が選んだ道だ』


「アムルゲート……貴様は、吾輩達魔物達の英雄で……魔王でなくてはならないのに! どうして人間に味方するのだ? 我らを見捨てると言うのか!?」


 ライオネルスは、半ば泣き出しそうに眼をしばたたかせて口元を歪めながら『バレンティナ』を見る。


 アムルゲートは、数瞬眼を閉じて思案すると、眼を再び開けて答える。


『ああ、そうだ。もう、魔王は休業だ。貴様らの裏切りは、いい機会だった。我は、貴様らによる魔王としての復活は決して受け付けぬ。我はこの勇者と共に、あり!!』


「数千年もの時を経て、とうに思考回路がイカれてしまったようだのう! ならば――今度は貴様を使わず封印し続けてくれよう、復活の日まで! 精々後悔するのだなァ!!」


 ライオネルスは、咆哮して大きく息を吸い込む。


『……勇者よ、すまなかったな』


「なーまーえー!」


『おっとそうだった……バレンティナ。ライオネルスが来るぞ、我を纏うのだ』


「アムルゲート、行こう」


『承認だ』


 二人が初めて、互いの名前を呼びあう。バレンティナの指が高らかに鳴らされる。

 それと同時に、バレンティナから溢れ出たアメーバ状の銀色の不定形物質が彼女の体を包み込んでいく。


勇者よ、我を身に纏えアムルゲーション!!』

魔王よ、我が鎧となれアムルゲーション!!」


 勇者と魔王は、一つの個体へと変貌を遂げる。


 バレンティナの体を覆った銀色の膜は、バレンティナの体の一部として、バレンティナの体をより大きく、より強く、より美しく変貌させていく。その背中には、翼が生え、腹部には巨大な単眼が開く。


 体型はよりバランスの良いものへと作り替えられ、これまでと違って何もなかった両肩の間に、美しい端正な顔立ちの美貌が現れていた。そして、変化が完了すると、両眼が見開かれる。


 再び、ライオネルスの口から絶対零度の冷気が放たれ、現れた銀色の女神を凍らせようとする。


 しかし、その冷気は女神の眼前で完全にかき消えた。


「な――」


『8分の2……2割ちょっとといったところか。だが、生憎我は寒さには強いのだよ』


 アムルゲートの声が、響き渡る。

 女神は、右手を鋭い爪が生えた巨大な手に変形させると、悠然とライオネルスに向かって駆けだしていく。


「おのれ猪口才な!」


 迫る銀の女神の巨体に向かって、ライオネルスは怪鳥音と共に、無数の拳を叩き込む。


 無数の打撃音が周囲に響き渡るが、巨体は身じろぎ一つしない。


「ヴァーブルと戦った時と違う……全然、痛くない!」


『それは、貴様と我が完全に同調シンクロし、本来の堅牢さをこの体が持っているのだ! 当然、魔王が魔武衆に後れを取る道理はないからな!!』


 巨人の巨大な拳が叩き込まれる無数の拳毎ライオネルスを殴り飛ばすと、ライオネルスの体はものすごい勢いで洞穴の壁に轟音と共に叩きつけられた。


「負けるわけには、いかんのだ!」


 ライオネルスは岩を蹴って銀の巨人へと迫ると、今度は無数の足を束ねた飛び蹴りを巨人の胸めがけて炸裂させようとする。


 巨人はその足を掴んでライオネルスを投擲すると、ライオネルスはその先の壁を蹴り返して、返す刀で無数の腕を使ったアッパーカットを決めた。


『グァ……』


 巨人の体がわずかに揺らぐ。


 しかし、そのアッパーカットをした腕のうち、手甲のついた腕を思い切り掴むと、身体を一回転させてバルコニーの床へ脇固めを決めながら叩きつけた。


 極めて腕をへし折ろうとするが、手足をばたつかせたために、そのロックが緩くなりライオネルスはそこから逃れた。


 ライオネルスは距離を取ると、今までで一番大きく咆哮する。すると、彼の全身の牙と爪が巨大化していき、更に毛皮の下から無数の棘が生えてきた。


「お主らを、切り刻んで、くれる――!」


 全身凶器が、身をかがめて捨て身の突撃を敢行しようとするのに対して銀の女神は立ち向かう。


「こういう時、トドメは……?」


『バレンティナよ。ライオネルスから奪った爪を使うのだ。そこに意識を集中しろ。細かいところは我に任せるのだ』


「わかった。それじゃお願いアムルゲート」


『応!』


 銀の巨人は腕を胸の前で交差すると、大きく身を震わせ咆哮する。


『Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!』


 その周囲に無数の魔力は迸る。そこに、


「アムルゲート、死ィねェエエエエエエエエエエエエエエ!」


 ライオネルスが爪牙と全身の棘を体の前面に構えながら大きな足音と共に突進してくる。


 巨人は、右腕を後ろに引くと、巨大な手の内に、低く唸るような音と共に、明滅する赤い光が宿る。光は、今にも溢れ出しそうに、荒れ狂うが、両手のうちに強引に制御される。


『Thunderrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!』


 雄叫びと共に、巨人はその赤い光の玉を思い切りライオネルス目がけて放った。


 光の玉はライオネルスの体を完全に覆いつくすと、その全身を強力な赤黒い電撃で貫いた。


「…………ァ」


 ライオネルスの鉄の鎧と兜は爆音と共に弾け飛び、全身からは焦げた臭いと煙が漂っていた。


 吹き飛んだ鎧と兜は山肌を貫き、空洞からは青空が見え、陽の光がわずかに降り注いでいた。


 全身を電撃で焼かれ白目を剥いたままのライオネルスはその場で膝をついて、荒く浅い息を何度も吐いていた。


 もはや、戦えるような状態なのは明白だった。


「勝った……のかな? ってうわわ!?」


 銀の女神は、ライオネルスが力尽きたと同時にバレンティナとアムルゲートに姿を分離させる。

 

 バレンティナは、眩暈と共に、その場に頽れる。

 

 肩で大きく息をして、顔は真っ青だった。


 先の魔物達やライオネルスによる体の傷は癒えてはいたが、魔力の大半を連戦によって消耗しているようだった。


『お疲れ様だな、バレンティナ。よく頑張った……これでは少しは休息しないと我は纏えぬな』


 アムルゲートの声を聞くと、にこりと笑って何とか立ち上がり


「ありがと、そして心配させてごめんね? それで一つ頼みたいんだけど……?」


『なんだ? 荒事じゃないなら受けるが?』


「ヴァーブルと…………ライオネルスに治癒魔法をかけてほしいの」


 アムルゲートは、一瞬驚いて眼を見開いたが、すぐに元の様相に戻って承知した旨を答えるとそれぞれに向かって触手を伸ばすと、そこから治癒魔法をかけて彼らの傷を瞬く間に癒した。


   *


「貴様……人間。貴様は吾輩を殺したいくらい憎んでいるのだろう? 怒りを露わにしていたではないか!?」


 ライオネルスの体は、爪だけでなく、脳も取り込んだために外見以上にボロボロであり、その治癒はヴァーブル以上に時間がかかり、陽が落ちたくらいにそれは終わった。


「それはそうだけどさ、聞きたいことがあったんだ。他の魔武衆と、彼らがどんな銀の武装を持っているのかって」


「そんなこと、アムルゲートに聞けばよくねぇか? というか俺達ってライオネルス討伐を命じられてなかったっけ?」


『さすがに誰が何を持っていったまでは知らんぞ我も。名くらいならいつでも教えるが』


 月の光といくつもの松明で照らされた薄暗いバルコニーで、バレンティナ一行とライオネルスは卓を囲んでいた。


 卓とはいっても、足の短いところによっては「ちゃぶ台」といわれるような丸い卓を中心にそれぞれが思い思いの体勢で座っているだけではあるが。


その周囲を、ライオネルスの部下である獣の耳が生えた女性型の魔物達が薄衣で飲み物や食べ物を運んできた。


「とはいえ吾輩もあんまり詳しくはない。何分お互いに銀の武装を巡って争う身。全ての銀の武装を手に入れた者が新たな魔王軍の主流となるための争いを始めたばかりなのだ。そうだな……東の果ての島リハーヌのイーザが何やら長い杖のようなモノを得物にしていたってことくらいか」


 ライオネルスは、腰巻きだけというリラックスした格好で床に胡坐をかいて、小さい器に入った酒をあおっていた。バレンティナもヴァーブルもそれぞれ戦装束を解いて、水と果実酒をそれぞれ飲んでいる。


「にしてもどうしてそんな内輪揉めみたいなことになったんだ? ドグマリスもバリュージャもそんなことは何一つ語ってなかったぞ」


 ヴァーブルの問いに、ライオネルスは真っ赤な顔で眼をしばたかせながら


「それはなぁ……厳しい現実があったんだ。我ら魔王軍は……無数の魔物を束ねて……それで皆主義も主張も違って……それである日、が言ったんだ。それならば、魔王を銀の武装にバラして…………主流派の選定を、しようってな…………それで…………」


「待って! このアイツって一体誰なの?」


 バレンティナは、強い口調であっという間に酩酊状態になりかけてるライオネルスの言葉を遮る。


「あ? あぁ……そいつはなァ――――」


 その言葉は、突如として頭上の空洞を通って飛んできた黒い閃光によって遮られた。


 それは、ライオネルスの胸部を大きく穿った。周囲から甲高い悲鳴が上がる。


「ぁ――」


 ライオネルスは、そのまま閃光の勢いのままに後方へと飛んでいき、壁へと叩きつけられた。


「『獣魔将軍ライオネルスを討伐せよ』……駄目じゃ、無いか。王の命は果たさなくては」


 淡々とした低い声が響き渡る。


「誰だ!?」


 ヴァーブルが殺気立ちながらその声の主を探す。


 頭上の空洞から黒い影が彼らの眼前へと降り立つ。


 そいつを見た時、連想されるのは「黒」。黒髪に、黒い甲冑、そして黒い羽根。


 頭部に生えた一対の曲がった角が、彼が人間ではなく魔物の関係者であるとそこにいる者すべてに認識させた。


 その表情は虚ろな無表情であり、瞬きも全くしていない。


「オレはウェッジ。この世界に楔を打ち、この世界を救う者。そして――」


 ウェッジは黒い爪のついた指でバレンティナとヴァーブルをそれぞれ指差す。


 バレンティナの体には、アムルゲートが変化した鎧が身につけられていた。ライオネルスが狙撃されるとすぐに、担い手のところへと走ったのだ。


銀の武装アムルゲートの真なる担い手となる男だ。バレンティナ・オクトーにヴァーブル・フォールティ。銀の武装アムルゲートをオレに渡せ」


 濁った瞳が、二人をじっと見つめていた。


「――おい、何をふざけたことを言っているんだ?」


 ヴァーブルは、両耳の十字架を剣と盾に変じさせながら、ウェッジに近づいていく。


「ふざけてなどいない。これは必然だ」


 ウェッジは無表情のまま、ヴァーブルを見返す。ヴァーブルが武器を手に取ったことにも一切動揺をしていないようだった。


『ヴァーブル・フォールティ。油断するな、コイツの実力は只物ではないぞ』


 アムルゲートが、何やら分析したようでヴァーブルを警告する。


「わかってるよ……でも、渡すわけに行くかってんだ!!」


 ヴァーブルは、叫びながら右手の銀の剣を思い切り振り上げて、そのままウェッジに叩きつけようとした。しかし、振り上げたところで、ウェッジが眼前から姿を消す。


「こうしてみると、実に愚鈍。魔武衆を二体も倒したのがウソみたいだな」


 侮蔑の言葉と共に腹に一撃を食らい、数メートルも吹き飛ばされる。その勢いで、剣と盾を取りこぼしてしまう。


「…………ソード胴体シールドを確保。次は、バレンティナ・オクトー。お前の番だ」

 剣と盾を拾い、それをイヤリングに変じさせたウェッジは、それを耳につけると、その濁った眼にバレンティナを写す。


「アムルゲート!」


『まだ貴様も我も魔力が回復していない! 今の状態で我を纏っアムルゲーションても、数秒も持たん!』


「そ、そんな……」


 立ち竦むバレンティナに、ウェッジが静かに近づく。


「待て! まだ吾輩は死んではおらんぞ!」


 その声を聞いて、ウェッジの足が止まる。その声の主は、満身創痍のライオネルスだった。


『ライオネルス!? 生きているのか?』


「あいにく――な! おいお主、さっきはよくもこの吾輩に不意打ちをしてくれたな!?」


「ライオネルスは、死んでなきゃいけない。邪魔だ、処分」

 

 ウェッジは淡々と呟きながら、反転しライオネルスの方に向かう。


「アムルゲートとその他数名! ここは吾輩が引き受けるので、さっさと脱出するのだ!!」


 一声と共に、無数の獣の魔物がバルコニーになだれ込む。


 魔物達はライオネルスを守るように取り囲み、ウェッジに対して威嚇する。


「返せ! 俺の銀の武装アムルゲートを返せぇー!!」


 バレンティナは、暴れるヴァーブルを引っ張っていきながら魔城のバルコニーを駆けていく。そのあとをジンジンが転がるように続いていく。


 しかし、バルコニーから魔城の中へと続く道は全て魔物達でいっぱいであり、脱出できるところはどこにもないように見えた。

 

 どうすればと悩んでいるうちに、背中に魔物達の雄たけびや断末魔の声が幾度も突き刺さる。


 そこに、鈴のような綺麗な声がかけられる。


「あなた方、どうやらお困りのようですね?」


 その声の主は、頭上にいた。


「ド……ドラゴン? 初めて見たよ……」


「テ……テメエは!?」


 それは、赤い鱗に覆われたバレンティナの倍くらいの大きさの翼を持った蜥蜴……ドラゴンと呼ばれる魔物だった。


 ヴァーブルは銀の武装を取り戻すことも忘れて目を剥いて素っ頓狂な声をあげた。


「あらっこれはこれは。久しぶりですねぇヴァーブル。すっかり見つからないので諦めてたらこんなところで会えるなんて」


「知り合いなの?」


「こっちからしたら最悪だ! よりによってこんな時にテメエとドンパチなんて!」


 バレンティナの問いを無視してヴァーブルは赤いドラゴンに怒鳴る。

 

「生憎、今は貴方と遊んでる暇はありませんので。さぁ、お困りな勇者様。もしお困りなら私が貴女達をここから脱出させて差し上げましてよ?」


 ドラゴンは黄色い瞳にバレンティナを写しながら顔をそのまま近づける。


『貴様が決断しろ、バレンティナ。我はその判断を尊重する』


 バレンティナは少し思案すると、頷きながら答える。


「これ以上の損害は避けないといけない……お願い。アタシ達を乗せてここから連れ出して!!」


「承知。貴女とヴァーブル様と馬の……そう、ジンジンですね。わかりました…………目的地に着くまでは言葉を発しないように。舌を噛みますので」


 そういえば、目的地を聞いてなかったような気がする。


 しかし、それを聞く前にドラゴンは両手で二人と一頭を抱えると、翼を大きく羽ばたかせて宙に浮き、そのまま急加速。


 洞穴を抜け、そのまま夜空を切り裂いて飛んでいった。


 風を切る音と、ぬるっとしたドラゴンの鱗の感覚を覚えながら、バレンティナは気を失った――





「ここは……?」


 目を覚まして上体を起こすと、尻をしっとりとした柔らかい感触。


 そこは、穏やかな波が上下する海が見える砂浜だった。周囲は陽が昇りそうな朝焼けに包まれていた。


『五大陸の内の一つガーニッシュ。ノーサリアの東にあり、多くの民族と国家が存在する人類のるつぼだ。そしてそこは、裁罰竜姫エリーザの支配領域でもある』


「ガーニッシュ……エリーザ……」


 砂を払いながら起き上がると、赤髪のヴァーブルが心底不機嫌そうな顔で答える。


 視線の先には赤いドラゴン。その口元は若干ほころんでいるように見えて、ヴァーブルほどこのドラゴンは敵意を抱いていないように見えた。


「さて、私は主より託された役割を果たしたので、そろそろ去らせていただきます……どうか、次会う時があれば、仲良くしたいですね」


「え……ええ! そうね! その時はよろしくね! そういえば、あなたの名前は?」


「こいつの名前はルビーだ。どんな了見か知らねぇが、俺はまだ戻る気はないからな?」


「ええ、ヴァーブル様。私もあの方もヴァーブル様の方から戻りたいと思わない限りは無理強いはする気はありませんので……では私はこれで」


 ルビーというドラゴンは大きく羽ばたくと、そのまま東の方へとものすごい速さで飛んでいった。


「……こうしてここまで送っている時点で選択肢が限られてくるじゃねぇか、畜生が」


「ヴァーブルかぁ……様、様、様……」


 バレンティナはぼんやりと何度も復唱し、一方でヴァーブルは舌打ちをすると、歯噛みしながら両耳に何度も触れた。そこにはもう銀の武装アムルゲートはない。


「……ガーニッシュには、俺の故郷がある」


 聞かれるでもなく、ヴァーブルは呟く。


「故郷が……?」


「ガーニッシュ大陸の遥か東の国家『グランギア』。そこが俺の故郷。そこは、魔武衆が一騎、裁罰竜姫エリーザに支配された恐怖の国だ」


 旅の次の目的地が決まったような気がした。



   *


「何? バレンティナ・オクトーの銀の武装アムルゲートは逃した、だと?」


「肯定。ヴァーブル・フォールティが持っていた二つの回収には成功したが、バレンティナ・オクトーの物はそれを回収する前に、ライオネルスとその部下の妨害を受けてしまった」


 ウェッジは、ライオネルスの魔城の玉座の間でライオネルスが使っていた長方形型の投影魔法機を起動させていた。その設定を自身の声だけでなく今の姿も晒せるように変更すると、何かを片手に掴んで玉座に腰を掛ける。


 その眼前には、半透明の玉座に腰かけたブレイブ国王が映っていた。


「それはいかんな、ウェッジ……全くヴァーブルが全く役に立たんからこんな面倒なことになってしまったわい。銀の武装アムルゲートを確保するために、せっかくゴレンの手も借りたというのに」


「だが、ヴァーブル・フォールティがいなければ、オレはここにはいない。そういう意味では価値があると、オレは考えるが…………そうだ、ライオネルス及び一味の抹殺には成功した。ほれっ」


 ウェッジは手に持った何かを顔の高さまで持ち上げる。それは眼を見開き、わずかに嗤ったライオネルスの首だった。


 ブレイブ国王は、それをじっと見つめて


「ひひ…………ひーひひひひひひひひひひひひいひひひひひ」


 嗤う。嫌な笑いだった。


「そうだ、バレンティナとヴァーブルは王の命を果たさなかったが、どのようにするつもりだ?」


「無論――――」


 王の言葉を聞き、ウェッジも腹を抱えて大笑した。


 ライオネルスの魔城には、息をしている魔物は一体もなく、全てが無惨に殺されていた。


 そのすべてが、臓物を抜かれ、手足の指や爪がぐちゃぐちゃに潰されていた。


 王への報告が済むと、ウェッジは微笑を浮かべながら立ち上がり、そのまま魔城を後にした。


「東に行ったか勇者共……だが、個人ではどうしようもあるまい。貴様らの敵はもはや魔物だけではないのだから…………」


 どこからともなく響き渡る甲高い笑い声と共に、黒い影が、魔城を覆いつくす。それらは魔物の屍を飲み込んだかと思うと、そこには異形の白骨の群れしか残らなかった。

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