十三話目 渦

「そろそろ掃除始めようか」

「そうだな.とっとと終わらせてしまおう」


 春休みに何したか,バイトがどうだった,宿題はやったのかなど近況報告にもう20分くらい費やしてしまった.そろそろ始めた方が良いかもしれない.


「といっても二階もあるし舞台裏もトイレもやらないと...3時間くらいはかかりそうだね」

「トイレはまあ水撒いて床磨いて,便器洗ったりすりゃ良いな.体育館の床はワックス使ってモップがけ.二階や舞台裏は基本的に箒で掃いて水拭きして終わりだけど窓の枠とか暗幕のホコリとったりが面倒そうだな」

「大丈夫.4人でやったら直ぐ終わるでしょ!誰がどこ担当にするか決めよ」

「三七はポジティブすぎる」

「ほらほらじゃんけんするよ!勝!担当決めるよー」

「なんや,決まったか?」


 すっとぼけた顔で今まで会話に参加していなかった勝がフラフラ戻ってきた.今まで真ん中の方で箒を手のひらに乗せて倒れないかゲームをしていた.


「今から決めるんだよ」

「そうかそうか.おっしゃあ,イッたるでぇえ!...で,どこがあるんや?」

「そこも聞いてなかったのか.体育館の床,男女トイレ,二階,舞台裏の4箇所.終わったら他の手伝いって感じだな」

「おっしゃ!ほんなら2階の一択やな!」

「私は体育館の床掃除」

「私は舞台裏で!どうなってるかまじまじ見たこと無いんだよねー」


 舞台裏なら色々装置とかありそうだし,掃除中も飽きないで済みそうだからだ.


「じゃあ俺は残ったトイレ掃除で」

「なんや.じゃんけんしなくてもキレーに決まってしもうたな」

「丸は残りモノになっちゃうけどいいの?」

「別にどこ掃除しても変わらないでしょ.しかもトイレ掃除なら移動距離も少なくて済むからむしろラッキーだ」

「っかー,冷めとるのぉ.まあお前がええならええわ.よっし.チャチャっと帰ろうか!」


 勝もようやくやる気になってくれて様だ.皆が各々の掃除場所に向かい始める.


「陸奥!ワックスは先生から貰っておいたから掃除用具入れの横に置いといたわ.白い液体がペットボトルに入ってるやつ」

「おー!貰いに行く手間が省けた!丸お手柄ー」


 ワックスはもう丸が確保してくれてたみたい.


 毎回ワックスをかけるワケではないがこういう学期ごとの間の節目にこうして一回かけるのだ.綺麗にするという意味よりもバスケ部やバレー部が練習や試合する時の滑り防止の意味合いが強い.


「さぁーてと,やりますかね」


 恐らく4箇所の中で2階も掃除が一番時間がかかるはず.早めに終わらせて勝を手伝いに行こう.


 ステージを正面に見るとその左右に扉がある.その中とステージ奥が三七の担当場所である.


 三七はまず左の方の戸を開けて中に入る.

 中はたまに使われているだけあって,そこまでホコリは溜まっていない.


 三七は中にある放送用の機材や古い卓球台を外に運び出して箒で掃くことにした.


 ん?なんか書いてある.


 卓球台を運び出そうと移動させて向きを変えると,裏側に下ネタや先生へのちょっとした悪口,後輩へのメッセージ,良くある傘がありその下に『愛香』『雅成』という名前が書いてあったりと,様々な人の思いが込められていた.


 こうしてみるとただの古い卓球台が数世代に渡る伝言板に思えてくる.

 それにしても何故こんな卓球台にこれだけの人が書き込みを残したのか?


 もっと校舎の一部だとか,机とかなら分かるんだけど...う〜む.


 そんな事を疑問に感じた三七は物言わぬ卓球台に近づき,睨めっこを始め,カッコつけて顎に手を置いて唸り始めた.


 気分はさながら難事件を解決するシャーロックホームズだ.かの有名な御仁は現場の土の色,落ちてある一本の毛からですら犯人を特定する図抜けた推理力を持っていた.彼にできるのであれば私にも出来るはずだ!


 そう思うと何処からともなく根拠のない自信が湧いてくる.


 とりあえず何かメッセージにヒントが込められていないか探ってみる.と,その中に一つきになる書き込みがある.


『ここを見ろ→』


 ここを見ろ?この矢印に従えばヒントがあるのかな


 とりあえず文字が注げる方向に素直に目を向ける.するとそこにも若干斜めになったが全く同じ文言が書いてあった.


 また一緒...その次も...って何回続くの!


『これが最後↓』


 今度は下になった!これで真相が...!


『バカが見る(笑)』


 ぬおおおぉぉおー!!


 絶大な期待感をあっさりと裏切られて我を忘れて卓球台を叩き殴った.

 ともかくここでポッキリと三七の探偵ごっこ気分は折れたのだった.随分と短い探偵生活であった.


 ...現実に戻ろう.


 再び立て掛けた箒を手に取り気分を掃除に向け直す.これでは勝の事を笑えなくなってしまう.


 機材や卓球台,椅子などの物を退かすと今までの掃除から免まぬがれていた猛者達がごっそり出てくる.数分も掃除しているとホコリが暴れて宙ちゅうを華麗に舞い散る.


「ごほっ,ごほっ!」


 やっぱり結構隅っこの方にはホコリが溜まってるなー.あ,窓開けてなかった...


 こんなにホコリが舞っては敵わない,と三七は思い周囲を見回すと普通に窓があった.

 他の誰かが見ていなかったことに安堵しながらも,窓の鍵を開けて開きにかかる.


「おっ!往生際が悪いわね.反抗する気?」


 これがなかなか窓が開かない.鍵は開けたので建て付けが元々悪いのか,はたまた錆びついているのか.


「おりゃっ!」


 さらに力を出してグオッと勢いよく窓を開ける.


 っはあ.っはあ.なんだか無駄に疲れちゃった.


 それからは掃除環境がかなり改善した.

 その後何の滞りなく箒で床のゴミを集め,水拭きで床を綺麗にし,窓の枠,物のホコリも落とした.

 外に出した物を中に戻して1/3は終了だ.


 その後もう半分側とステージ裏の掃除を終えた.

 特にステージ裏は演劇部や吹奏楽部が使う機材や仕掛けがあったので,それらを観察しながら掃除を進めていった.その為,実際は1時間くらい掛かったのだが感覚としては20分くらいなものだった.


「よし!終わりっと」


 最後にやり残した箇所はないかチェックして問題ないと分かったので勝の所に向かうとする.


 さーてと,勝の手伝いに行ってあげますか.ったくどれだけ終わってるのやら.

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