十二話目 煙

 小テストの返しと解説も終わり,皆が掃除に取り掛かる.その時に私と陸奥は受け取り損ねたテストを貰う.


「一文字はケアレスミスに注意する事と特殊な積分変数の変換が苦手なようだからそこを復習しなさい.陸奥は...まあもっと頑張れ」

「私だけ雑!」


 確かに私は10点中8点,陸奥は2点だったのでそんな総評にもなっちゃうのかもしれない.


「しょーがないだろ.解いた上で間違えてんなら何処がどう違うのかコメント出来るんだが.何も書いてないんじゃあなあ.根本的にやる気と知識が欠如してるとしか言いようがない.一文字と同部屋何だから教えてもらうなり,自分でもう少し努力するなりせい.地頭は悪くないんだからな.テスト閉まったらお前たちも掃除に向かうように」

「へーい」


 不貞腐れた返事を陸奥が残して私達は先生に言われた通り掃除に取り掛かる.

 黒板に書いてある通り掃除場所は私と陸奥がいる班は体育館担当に決まっていた.

 他の掃除場所としては1階から5階の5箇所,体育館,外掃除である.中でも一番の当たりは外掃除だろう.用務員の池田さんが精力的に掃除をしてくれている為殆どやる事がないからだ.もう随分と歳をとったお婆ちゃんで腰も曲がってるけど動きは機敏なのだ.


 体育館に行くには一旦一階に降りてから渡り廊下を出る必要がある.掃除用具は持って行かなくても体育館に常設されているのがあるからそれを使えばいい.


「さあ!あんなテストは忘れて学校様の為に掃除でもしましょうかね」

「出た.陸奥の都合の悪い事は忘れようの術」

「うるさーーい.聞こえない.私は過去は振り返らない女よ.It’s my rule.Be freedom. Don’t think, fell!」

「でもそこが陸奥良い所かもね.にしても最後のいい言葉ね!」

「有名な映画の台詞だよ.カンフー映画の超大作で私も小さい頃に何回も見たんだよ」

「陸奥は映画好きだよね.特に好きな映画は?」

「うーん.一つに決めるのは難しいんだよねえー.アニメだとフ○ク○の一択だけども」

「私はやっぱり映画だとー...」

「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」

「はああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 体育館の外まで聞こえてくる男たちの声.

 何事かと思い私と陸奥は体育館の戸を開けた.目に入ってきたのは中央で繰り広げられるは箒でチャンバラをするバカな男が2匹.


「なーにやってんの勝丸」

「おう!やっと来よったか,陸奥!それと一文字も!いや,あんまり暇なもんでジュース賭けてチャンバラしておったわ」

「でも何でチャンバラなのよ.外まで声聞こえてきたし」

「いや、こういう時に案外良いネタが出来たりすんねん」


 この勝と丸は漫才師を目指しているのだ.


「先に掃除してくれてたら助かったのに」

「俺ら二人だけにやらせようったってそうはいかん.男も女も関係あらへん.皆苦労は平等に笑いも平等にせんとな!」

「丸達が外掃除取ってくれたら楽だったのになあ」

「仕方ないだろ一文字.班長のお前が遅刻したから代表者がするジャンケンには俺が出る羽目になってだなあ.負けて一番不人気な体育館になってしまったんだ.俺たちだって池田の婆ちゃんがいる外掃除の方が良かったに決まってるだろ.何たって世間話だけしてれば良いんだから.それにお菓子もくれるし至れり尽くせりだ」


 やはり丸も外掃除が楽だと言う認識で一致していた.池田のお婆ちゃんのポケットからはバウムクーヘンだの飴やグミ,羊羹などなど色々出てくるのだ.その光景を目の当たりにした事がある数学の伊原先生も『ありゃどうなってるんだ?』と首を傾げていた.


「春休みもアルバイトしてたの?」

「してたぞ.この前もあそこの恵比寿会館でやらせて貰ったんだ.だけどエラいウケなかったんだよ」

「せや!何であんな笑わんのか.きっとみんなボケてたんやな」

「今度は何のネタやったの?」

「まあいくつかやったんやけども,中でも自信のあったのはあれやな.魚屋のネタや!郁丸が魚屋で俺が客のやつや」

「値段が分からない魚屋が,悪い客に騙されて値段つけられていく話だったな.あれが何故ウケなかったのか.未だに謎だ」

「今ちらっと,あらすじを聞く限り面白そうな雰囲気はするんだけどなあ」

「まあ客さんは客さんで盛り上がってるから,こんな売れもしてない若造の話なんて聞きやしないんだよ.痺れぇ切らした勝が『おいっ!おのれら聞けぇ!』とかブチギレて近くのおっちゃんと乱闘になってしまったんだよ.支配人の人もおかんむりでさ.お陰で出禁よ」

「その光景が目に浮かぶよ.それにしても殴るなんて短気すぎるよね」

「だろ?陸奥もそう思うだろ?俺もそう思う」

「良く警察沙汰にならなかったね」

「本当だよ.おっちゃんも漫才を見てなくて悪かったとか反省してくれてだな.お陰様で通報は免れたんだよ.だけどそれでもってその話が回ってお陰でアルバイトの話もメッキリ無くなってしまった.5万円のバイト代も当然無し」

「あ,ありゃあいつらが悪いやろ!俺たちゃ必死こいて漫才してんのにやな,聞きゃしない.そりゃ怒ってまうのもしゃーないで」

「っはあ.次に話が来るのはいつになる事やら」

 丸が大袈裟に溜息をつく.

「き,気楽に待とうや.実力さえ付けていきゃ話は来るで!」


 基本的に勝は当たりは強いが丸だけには弱い.すっかり頭が上がらないのだ.それもそのはず仕事を取ってきたりやり取りするのは全て丸が請け負っているからだ.


「それにしても勝丸がウケない何て信じられないけどなあ.前に見たお店やさんごっこ的な奴は面白かったけど」

「ああ!あれか!やっぱ漫才師は記憶力も重要やで.俺らの記憶力も凄いもんやろ!」


 勝と丸の漫才というかネタにお客さん20人くらいに料理名を挙げて行って貰い,最後までまとめて言えるかと言うものがある.

 去年の文化祭で見た時はそれが結構場を盛り上げていた.途中で一回ワザと間違えたり,他の人が途中に追加してくる事も面白かった.先生たちからの反応も良くて『また来年もやってくれ』とは体育の西野先生の言だ.

 20分の予定が次の演奏の準備が遅れていた事で空きが出てしまう所が急遽もう20分間トークで乗り切った事も凄かった.おかげで用意ができたロックバンドが演奏するときには会場も暖まっており,盛り上がって結構はしゃいじゃった.

 勝の言葉遣いも綺麗ではないがツッコミの丸が真面目なので良い感じに釣り合いが取れていると思う.


「その無駄に良い記憶力を生かして文系に行ったんだもんね」

「『無駄』は余計や!陸奥!そのお陰で日本史はバンバン解けるんやで!せいぜい俺を見習う事やな!やっぱし日本男児たるもの日本の先祖さん達のこと知らな事は始まらんて」

「でも逆に英語が足引っ張んてんじゃない」

「やかましいアホ!まあむしろ引っ張られてるどころか引き摺り下ろされとるわ!」


「まあ俺たちは漫才師になるつもりだし,高校卒業したら弟子入りする予定だからあんまし勉強必要ないんだよな」


「せや!微分?積分?何やそれウマいんか?そんなもん出来ても面白くも何ともないねん.インテリジェンス何て見てたら頭痛なってくるわ.俺たちは己の腕だけ信じて漫才を極めたるのよ!」

「問題に面白さ何て求めてないわよ!本当職業病ね」

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