7話目 Handgun

ところで先輩コンゴで今回は何してきたんですか?」

「まあまあ!急ぎなさんな!それは後でじっくり話したげるから!アレがあるんでしょ?あのバカな祭りが!」

「バカな祭りだと思いますけど,一応半世紀の伝統があるから伝統的っちゃあ伝統的ですよ.それにめちゃくちゃ楽しいと思いますよ.色んな屋台も出るし有名人も来るって言ってたし」

 「有名人?最近のは全然わかんないなぁ.外にいることが多いからね」

 去年は半分以上海外で過ごしていたらしい.そりゃ日本の芸能界に疎いのもうなずける.


「いやー私初めて何だよね,酒祭り!よーしこの為に私は来たのよ!今日は飲むわよ!!」

 ちょっと祭りが始まったら先輩の横にいるのはやめておいた良さそうだな.正直おっかない.


「わざわざこんな祭りのために来たんですか!?」

「知らないの?京都でも結構有名なのよ?酒祭り.だって冷静になって考えたら許されるわけないもん.こんな危ないの」

「ごもっともな意見で.でもケガ人とか死人は学校側もいないって言ってますし.地元が許してる部分もありますから大丈夫ですよ.きっと」

「嘘よ!何千人も集まって騒いでけが人が皆無?そんな事あるわけない.きっと大学が揉み消してるに違いない!神と仏が見逃してもこの私がしかと悪行を見つけ出してみせる!!そして世間に公表して大学ぶっ潰してやる!」


 先輩は興奮すると言葉遣いが荒くなる傾向がある.

 拳をを握り締めて何かを壊すしぐさをする.はたしてその拳の先には何があるのか.


「ちょ、やめてくださいよ!いないんですよ!マジで!今大学なくなっちゃったら僕学位貰えなくなっちまいますよ.まあ卒業した後ならぶっちゃけ構わないですけど」

「その時はうちの大学入ればいいじゃない?あるよ,工学部.国立だし学費安いし」

「入れるわけないでしょ.偏差値幾つだと思ってんですか...もう嫌味にしか聞こえない」

 さも当然のように言うが無理だ.


「こんな楽しそうな祭りを東京でやってるのに京都でやらないなんて許せないわ.私が総理大臣になった暁には京都でも開催することを公約にきっと入れよう」

「そんな人誰も投票しませんよ」


 先輩はエネルギッシュすぎて,政治家には向かないだろう.口が上手くないといけないだろうし.先輩は全球ストレートだから.ブレイキングボール0だもの.


「ところでどこに向かってるの?まさか私に決めさせないよね?この辺に関してはまだストレンジャーなんだから」

「最近できたコーヒー屋に向かってます.なんでも店員さんは全員外国人で日本語話せないらしいんですよね.でも肝心のコーヒーは美味しいらしいので興味あったんですよ.でもたまに間違ったものが出てくるらしいです」

「でも全部美味しいならなんでもいいんじゃない?それに日本語話せないのにわざわざ来てるなんて,なかなか熱い人たちね.面白そうだわ.そのガッツ,見せてもらおうじゃないの」


 先輩からのお許しが出たのでそこに行こうと思う.確か駅から近くて...

 人づてに聞いた道を辿っていく.


「最近どうなの,学生機関?しっかりやってる?」

「5日前くらいに新歓があったんで,リハとか資料作りとかで結構忙しかったですよ.春休みなのに全然休んだ気がしません」

「"若いころの苦労は買ってでもしろ"ってよく言うでしょ?大丈夫よ,死ぬわけじゃなし.そういえばふーくんと連絡とってる?」

「藤井先輩ですか?なら先輩の方が親しいじゃないですか.彼氏でしょ?」

「別れたのよ」


 短くそう言い放った.


「別れちゃったんですか!?全然知らなかったな.あんなに仲良かったのに」

「そうなのよ.コンゴに行く少し前にね」


 今俺たち凄い会話してるな.『コンゴに行く前』って.


「彼とは方向性が合わなくてね...元気でやってるといいけど」

「バンドじゃないんですから...個人的には連絡してませんけど,確か大手の自動車メーカーの設計部に配属されて今は振動低減の研究してるらしいですよ」

「設計部なんてすごいじゃない!結構,花形の部署よね?」

「工学部出身者としたら一番人気ですよ!藤井先輩は相当優秀だったから学部卒でも入れたんでしょうね」

 大体有名なメーカーの設計部には超難関大学の学部卒かそれ以下の大学であれば修士卒が基準になってくる.少し勉強ができるうちの大学からだと修士卒があった方がいいのだが学部卒で設計部門に入れたなら大成功と言える.


「あ!『付き合ってる』で思い出した!ちょっと聞いてよ」

「聞きますよ」

「お母さんったら私の知らない間に私の写真を男の人たちにばらまいてるのよ?結婚でもすればきっとこう言う事しないだろうって考えてるのね.全く時代錯誤もいいとこだわ.何十年前のお見合いよ」

「いやまあお母さんの気持ちも分かりますよ.そんだけウロチョロしてたらもう少し落ち着いて欲しいなって思うんじゃないですか?個人的には心から面白そうだなと思いますけど.あ,たぶんここですよここ」

 親指を上に立てたトレードマークの横に"Coffee Shop Will"と書かれた看板が入り口の真上に掲げてある.


「うーん.どれにしましょうかね.久々の甘い物だから迷っちゃうわ」

「さっきポッチー食べてたじゃないですか」

「あんな猫の餌みたいな量じゃ全然足りないわよ」

「じゃあもっと買えば良かったじゃないですか...」


「見てなさい.英語なんてテンションなのよ,テンション.それとジョークのスパイスもちょっとね」


 なんか先輩の英語のスイッチが入った気がする.

 すると先輩はどんどん黒人の店員さんのいるカウンターまで進んでいった.それに気がついた店員が先輩に話しかけた.


「Hello, how are you?」

「Hello, I feel on top of the world! How are you!?」


 そんなテンション上げていく?

 俺と話していた時よりギアを一段どころか10段くらいすっ飛ばして上げてきた.

 しかもなんか”world”とか聞こえたけど,ちゃんと会話になってんのか?


「Whooo!Sounds good! I’m tired because the manager of bastard is the very micromanager!」


 予想より若干大きな声で少し驚いてしまい体が揺れた.なんか店員も乗ってきたぞ!しかも”bustar”って言ってたし.急に武器の話?


「What do you recommend?」

「It's Cappuccino!」

「Ah...Then, let's have it. And 勘ちゃんは何が良い?」

「俺っすか?」

「他に誰がいんのよ」

「じゃあブラックで」

「ブラック!?背伸びしちゃって,Sorry, black please.」

「Oh!? It’s me!?」

「ししっ,No! Certainly, you are handsome but this “black”is not a race but the drink!」

「Hahaha! I’m dumped !You are the best!!」


「Hey, you!Put more spirit into your work! Or I’ll cut your salary again!!」


 おっと店長らしき人が顔だけこちらによこして怒鳴り始めた.なんかめっちゃ怒ってる.


「You’re kidding me!? If you do, My salary is cheaper than minimum wage!」


「How much? Ah…Marley?」

「Oh!?Why do you know my name!? Ah…name plate.Hahaha!」

「Yeah! That’s right! By the way, speaking of “Marley”,Bob Marley is very famous, isn’t he?I like particularly “three little birds”. It’s song was used in a movie.」

「Wow!! You know a lot about Bob Marley. I like the song too!! I’m proud of him! 」


「Oh, maney! It’s 950Yen.」

「だってさ,勘ちゃん」

「俺っすか?」

「他に誰がいんのよ」


 ほら早く!と言わんばかりに金を出せというアピールをしてくる.

 全額俺?こういうのって先輩が払ってくれるもんじゃないの?


「はい,950円」

「ほいさんきゅ」


「Here you are!」

「Thank you!」

「Marley, good luck with your work!」

「Have a splendid day, brother!!」


「コーヒー2杯頼むのに何分かかってんですか!

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