6話目 44 Caliber

「うげっ!」

 本来築地どころか日本にすらいないはずの人間がそこに突っ立って,こちらに手を振っていた.


 大学4年 一番合戦 夏(なつ)


 驚異の身長180cm,半袖の白いTシャツにジーパン.二の腕は程よく引き締まっており,肌は少し焼けている.そしてマッカーサーばりの丸いサングラスと逆にかぶったヤンキースの帽子も目立つ.

 極めつけは『劇団の方ですか?』と思わず聞きたくなるほどのオールバック.こんな女子が外を出歩いていたら,変な人認定されるかもしれないが彼女に限って言えばかなり似合っているので誰も何も言うことが出来ない.

 アメリカのデスバレーの様な荒野を背景に写真でも撮ったもんならさぞ絵になる事だろう.


 んまあ男らしい.


「失礼な!『うげっ』はないでしょう.先輩とこうして再開できたんだよ?どんだけ世話してきてあげたか」

わざわざ会いにきてあげたんですよ感を醸し出してくる.偶然会っただけなのに.


「あのーテキサスから来た方ですか?」

「ししっ!どうよ?かっこいいでしょ?今日は気合入れて来たんだ」


 その場で一回転して見せる.


「なんだ,あんまり驚いてないみたいだね」

「いや,内心結構驚きましたよ.いつ帰ってきたんですか?」

「一昨日帰ってきたばかりなんだよ!それよりもポッチーってこんなに美味しかったっけ?」

「ポッチーは確かに美味しいけど今はどうでもいいじゃないですか.半年ぶりくらいっすかね?」

「そーだっけ?もうそんな経っちゃったか.私もどんどんオバさんになってくね,ししっ!」

「いやまだ先輩22じゃないっすか」

「ちっちっちっ,情報が古いよ宮崎くん.コンゴで23歳になりましたー」

「そんな事ばっかやってるから留年するんですよ」


 先輩は現役で京都の大学の医学部に入学したほどの秀才なはずなのだ.

 こっちの大学に来ているのは俺が大学に入学して,学生機関という珍妙なサークルに入ったばっかりの頃.その時の統括と付き合っていて,長期休みになると結構顔を出しに来ていた.

 彼女の強烈なキャラのお陰で直ぐに周りに馴染んだ.元々男ばかりの大学なので,その整った容姿も相まって姐さん的な立ち位地に君臨していた.

 本来なら駄目だが,そこは信用もあり学生機関の仕事を手伝ってくれたりしていたこともあった.


 俺も6回くらいしか会ったことは無いが,1回1回が濃くて,同じ大学の先輩という感覚が未だに抜け切れていない.


 先輩の最もぶっ飛んでいるところは何と言ってもその行動力にある.

 海外に出ていく事が好きなのだ.それも狂ってるくらいに.それも発展してない系の国に.しかもちょっと治安の宜くない国だとなお大好物らしい.


 ----

 俺は以前,疑問に思いこう質問してみた.


「なんでそんな外国に行きたいんですか?そもそも何しにいくんですか?」

 すると偉大な大先輩は一言こう言った.

「分かんない!」

 ハッキリと言い放った.


「でもさ.なんかあるんだよ.『何か』ね.何だかまだ分かりきってないけど私はそれが好きなんだよ.大好きなんだよ.『もうたまんない!!!』って一瞬があるのよ」


 そう仰った事を俺は一言一句記憶している.

 マジで人間じゃない.未だに信じていない自分がいる.


「今の私カッコよくない?今度私のドキュメンタリー番組作ってよ.『密着24時 美麗な彼女を掻き立てる原点に迫る』みたいな感じで!ししっ」

「んなの誰が観るんですか!」

 と、余計な冗談も言っていたな.

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 そういえば,先輩の欠けた上の1つの歯はアフリカ大陸のレソトという国を訪れた時に,子供が投げた石に当たって無くなったらしい.そのせいで笑い方が結構独特になっている.こう...悪巧みしてそうな感じだ.


「う,うるさい!そんな事はどぉーでもいぃんだよっ!」

「いでっ!ふんずけないでくださいよ」

「勘ちゃんが失礼な事言うからでしょ!」

「だって本当の事じゃないですか!」

「ただでさえお母さんに怒られたって言うのに…」

「え?何ですって?」


「そういえば,私聞いたんだから.勘ちゃんも留年しそうなんだってね!」

「ちょっ!周りに聞かれたらどうするんですか!?」

「別に誰も聞いてないわよ」


 そうは言うものの周りには不特定多数がいる.誰が聞いてるかも分からないのだ.


「『留年が怖くてスロットがやってられるか!』とか豪語してたのに.確か1年の後期だっけ?」

「忘れてくださいよ!スロットはもう足洗いましたよ.一日で20万負けた日があって...」

「っかー!まあ偉く負けが込んだね」

「20スロで朝一からやってればそんくらいになりますよ.その時『このままだと不味い!』って本能で感じたんですよ.だから流石に止めましたよ.あの時期は荒んでましたからね.学校に行かない分をアニメとかラノベに充てたりしてたなあ.今の今まで見たこと無かったのに」

「勧ちゃん,外見は悪そうに見えないから,そういう事やってると余計に悪い事やってるように感じるんだよね」

「末期は本当にお金なくて,『悪い,1000円貸して!』とか言って友達からお金借りて電車代に充てたり...自分で言っててもヤバい領域に片足突っ込んでたと思いますよ,本当に」

「よくそれで留年しなかったね」

「ま,まあそこはここですよ!」


 そういって宮崎は自分の腕をたたく.


「本当は?」

「...はい.1年の後期が一番ひどくて4単位しか取らなかったですけど必修だけは取ってて.進級条件とかは偶然ギリギリクリアしてたりしたので.そんな感じでクリアしてたんですけど今年はあと一単位でも落としたら留年確定です」

「まじか」

「まじです」


 夏は頭の中で考えた.

 今までさんざん単位を落とし続けてきた目の前の宮崎.留年しない条件は

『前・後期合わせてフル単(すべての授業の単位を取る事)』

 ...正直不可能に近い.まさにミッションインポッシブル.


「ま,まあ留年しても死ぬわけじゃないしさ!...そうだ!もし留年したら,その一年間の身の振り方をアドバイスしてあげるよ!」

「変に慰めないでくださいよ!まだ決まったわけじゃないですよ!これからです.これから」


そう自分に言い聞かせる.


「先輩は2留ですからね」

「何.そうだけどなんか文句ある?」

「な,無いですけど.でも同級生とかどうしてるのかなと思って」

「皆もう就職先決まりそうで,もう卒業に大手かけてるよの!憎たらしい.どうにかして留年させてやれないかしら」

「小さっ!」


 夏は他人をどうすれば留年させられるかについて考え始めたが,ふと言った.


「移動しながら話さん?ホームで立ち話も忙しないじゃん?」

「まあそうですね」


気づけば長い時間ホームで立ち話をしていた.

夏先輩の腕時計で時間を確認するが,まだ余裕があった.

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