第101話 アルバムの中の美少女

「はああああああああああああーーーーーーーーーーーー・・・」


 延々と続くかと思われた南城先生のボヤキ節は超長ーいため息で終わりとなったが、途中で兄貴の本当の元カノと思われる個人名が出てきたり、姉貴の元カレと思われる個人名が出てきたりして、聞いてる俺たちの方が笑いを堪えるのに必死だったけどね。

 言い疲れたのか南城先生は完全にショボンとしてるけど、そんな時に俺の左腕をツンツンとした人物がいる。俺は左を向いたけど、そこにはニコッとした唯がいた。

「・・・たっくーん、南城先生にコーヒーのお替りでも入れてあげれば?」

「そうだね。さぞかしでしょうからね」

 俺は南城先生の前にあるコーヒーカップを持って立ち上がって、そのままコーヒーのお替りを持って南城先生の前に静かに置いたけど、南城先生は小声で「ありがとう」とだけ言ってコーヒーの少し飲んだけど、それをテーブルに戻してから再び「はあああーーー・・・」と長いため息をついたから、苦笑してしまった。

「・・・南城せんせー、そーんなにギターをやりたくないんですかあ?」

 おいおい、ズバリ核心をつくような事を言うなよ!と俺は内心では抗議したけど、そんな無頓着な事を言えるのは先輩しかいなーい!

「はあああーーー・・・そりゃあそうでしょ?どんなに努力しても決して敵わないというのを嫌というほど思い知らされたからねえ」

「「「「「「決して敵わない?」」」」」」

「そう。天才と凡人の差、庶民と金持ちの差は努力だけでは埋められないのよ」

 南城先生はそう言ったかと思ったら無言で立ち上がり、そのまま黙って音楽準備室へ一人で入って行った。

 俺たちは何をするのかと思って黙っていたけど、南城先生が準備室から戻ってきた時には、ギターとピック、それとチューナーを持っていた。このギターは唯や中野さんの物ではなく学校の備品のギターだ。そのまま南城先生は椅子に腰かけて6本の弦の調律チューニングを終えると、チューナーをテーブルの上に置いた。

 南城先生はピックを右手に持つと立ち上がった。


♪♪♪~♪♪♪~


 南城先生が静かに演奏を始めたけど、この曲はたしか父さんや母さんがカラオケで好んで歌っている1980年代前半の名曲、H2の『思い出がたくさん』で、たしか父さんたちが学生の頃の超ヒットアニメの曲だった筈・・・中学の音楽の教科書にも載ってる曲だ。


♪古い アルバムの中の 隠れた 思い出の1枚

 ♪無邪気な笑顔の中の 日付は 遥か彼方のメモリー

  ♪時は無限の架け橋で 終わりを思いもしないさ


 俺は思わず南城先生の歌声に聞き入ってしまった!

 唯はリードギター兼ボーカルだけど、申し訳ないけど南城先生のこの曲の前では『天と地』『月とスッポン』くらいの差があるとしか思えないほどの腕前だ!普段のお茶目な南城先生からは信じられないくらいの美声で、藍も唯も南城先生の足元にも及ばない!藍も唯も互いの顔を見合わせながら絶句しているほどだあ!!


”お前ら全員、吸血鬼バンパイアにしてやる!”


♪♪♪~♪♪♪~


蝙蝠こうもりうごめく森の奥深く 少女を運ぶ謎の老人・・・

 ♪誰も知らぬ秘密の館 不死の魔物吸血鬼バンパイアの如く・・・



 1番を歌い終わった時点で曲が変わった。

 こ、この曲は・・・たしか1990年代のハードロックバンド凄鬼魔Ⅱせいきまつの超有名曲『吸血鬼バンパイアの館』だあ!しかも皺枯れたダミ声で禍々しいほどの狂気を孕んで熱唱する南城先生は、とてもではないが『思い出がたくさん』の時の南城先生と同一人物とは思えない!


♪不死の魔物吸血鬼バンパイアの如く 永遠の夜を楽しめ・・・

 ♪太陽はもういらない・・・


 南城先生が右手の動きを止めた時、俺たちは思わず『ウォーーー!』と叫んで拍手喝采をしたけど、肝心の南城先生は別にニコッとする事もなく無表情のままギターを肩から外して黙って椅子に腰かけた。

「スッゴーイ!南城先生、カッコいい!」

「ホント、唯ちゃんなんか目じゃあない!」

「せんせー!もっとやって下さーい!」

「唯も南城先生には敵わないですー」

「先生!もう1曲、アンコール!」

「アンコール!」

「「「「「「「アンコール!アンコール!アンコール!」」」」」

 俺たちは南城先生にアンコールしたけど、南城先生はやっぱり無言でコーヒーカップを右手で持つと黙って飲み始めた。

 そのコーヒーも一口だけ飲んで静かにテーブルに置くと、再び『はーーー』とため息をついた。

「あーあ、やってられないわよー。だってさあ、あれだけ頑張って、これだけ上手く弾けるようになったのに、ササッとメジャーデビューするがいる一方で、もう一方ではこっちが絶望するくらいの凄腕をまざまざと見せつける、まさにバケモノのがいるんだから、こーっちがアホらしくなってくるってモンよ!」

 そう不貞腐れたような顔で言い放つと南城先生は立ち上がり、そのままギターの弦を緩めたかと思ったら準備室へ行ってしまった。南城先生が戻ってきたときには手に何も持ってなかったという事はギターを片付けてしまったという事だ。

 南城先生はそのまま黙って椅子に座ると、残ったコーヒーを黙って一気に飲み干すと、再び「はーー」とため息をついた。

「・・・本当はね、今でもやりたくないよ。ちょーっとばかり中間テストで国語の採点を甘くしたりとかー、記述問題で大甘につけるとかー、菓子折りの1つでいいって言ってくれるなら楽だけどなー。ま、仕方ないから、これは『貸し』という事にしておくから、平山君はちゃーんとお兄さんとお姉さんに言っておいてねー」

 それだけ言うと南城先生は「はーー」というため息と共に立ち上がり、第二音楽室を出て行った。

 ただ、第二音楽室を出たかと思ったら、足を止めて後ろを振り向いた。

「あー、そうそう、先生、君たち6人に1つだけ言い忘れてた事があるから言っておくね」

 南城先生は珍しく超真面目な顔になって喋り始めた。

「君たちは知らないと思うけど、その備品のギターは君たちの先輩たちが、この同好会の前身ともいうべきバンドサークルを立ち上げた時からある貴重なギターなのね。それを一番最初に手にした人物は、藍さんのスマホのだよ」

 そう言うと南城先生はニコッとして立ち去った。


 俺たちは南城先生が最後に言った言葉の意味が最初は分からなかった・・・


 でも・・・その意味に気付いた!


「「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」」」」」」


 南城先生は軽音楽同好会創設時のメンバーの一人でギタリストだったんだあ!


  


 




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