第67話 妹はOKだけど姉はダメなどという寝言・・・

「・・・おーい、お待たせー」

 そう言って唯が小走りにこっちに向かってきたけど、俺と藍はトーテツ百貨店の前あたりで並んで唯を待っていた。おいおい、電話を掛けてから10分以上が経ってるけど、それに唯が現れた地点から考えて、わざと最短距離を通らず、浜砂駅をぐるっと迂回してきたとしか思えないぞ。まあ、そんな小細工をしたところで藍には既に見破られている筈だから、無駄な工作に終わるとは思うけど。

 藍は唯を待つ間、普段と変わらないクールな笑みでいたが、それは唯が来た今でも変わらない。

「・・・それにしても、たっくんがアイと一緒にいるとは夢にも思わなかったけど、もしかして最初から示し合わせてたりしてねー」

「うーん、そうだったら私も嬉しいけど、ホントに偶然だよー」

「まあ、唯はそんな事で目くじらを立てる気はないけどー、ホントに今からクリームどら焼きを食べるのー?」

「そうだよー。どうせ手土産に持って行くつもりでいたから、折角だから食べちゃおうかなー」

「別にいいよー。唯も話を聞いたら食べたくなったからー」

「じゃあ、行くわよー」

「らじゃあ!」

 藍と唯は俺を無視するかの如く話し始めたかと思ったら、これまた俺を無視するかの如く並んで歩き始めたから、俺は大慌てで二人を追いかける形になった。結局、藍と唯は俺がいる事を忘れているかのように会話に夢中になっているとしか思えず、その間に桜岡高校の3年生と2年生がすれ違ったのに気付いているのかなあ。もしかしたらホントに気付いてなかったりして・・・

 そんな俺たちが向かっているのは、浜砂の老舗の和菓子屋だ。相当年季の入った建物は俺が物心ついた頃から全然変わってない。いや、建物は変わってないけど、ここの店の主人や奥さんの髪の毛だけは白くなったのは認めざるを得ない。ちょっとだけ残念なのは、この店にはイートインなどというスペースが存在しないのは昭和の頃に作られた店なのだから仕方ないのかなあ。

 この店の名前は『和菓子 山田屋』。俺はこの店には何度も来ている。正しくは何度も連れてきてもらっている。それも、美穂おばさんに連れられて・・・

 ここは和菓子屋だけど、なぜか洋菓子も少しだけ売っているのがこの店の不思議なところだ。でも、基本は和菓子だから大判焼きや大福といった和菓子がショーケースを占拠しているのも昔から変わらない。だけど、この店の一番人気は何といっても『どら焼き』、それも粒あんの『どら焼き』よりも圧倒的に『クリームどら焼き』なのだ!!つまり餡の部分がクリームなんだけど、カスタードクリームや生クリームではない!どちらかと言えばバタークリームのようなイメージだけどバタークリームとも微妙に違う!!!その製法は企業秘密であり、創業が昭和初期の老舗和菓子屋の看板商品でもあるのだ!

 このクリームどら焼きは美穂おばさんの一番のお気に入りでもあったのだ。だから俺も藍も、この店のどら焼きは昔懐かしの味でもあるのだ。俺が藍の彼氏であった時に2回、来た事がある。最初にこの店に来た時に藍が言っていたけど「この店に来たのはほぼ10年ぶり」だと・・・その言葉が意味する事を俺が理解するのは容易だった。

 俺と藍、唯が店に入った時、先客が3組いたのだが、どの先客もクリームどら焼きを必ず買っていくから、店のショーケースにあったクリームどら焼きの数はどんどん減っている。俺たちの番が来た時にはショーケースの中には3個しか残っていない状態だけど、藍は一体、何個買うつもりなんだ?

「お待たせしましたー。何を注文されますか?」

 店の奥さんが対応してくれたけど、藍はショーケースを見て「うーん」と唸った後、顔を上げてニコッとした。

「すみませーん、クリームどら焼きを20個入りの箱と12個入りの箱を1つずつ、それと持ち帰りで3つ欲しいんですけどー」

「ごめんなさーい、朝からクリームどら焼きの注文が多くて全然間に合わないのねー。20分くらい待つ事になるけど、どうするー?」

「20分!」

 おいおい、藍も思わず声が裏返ってるし、唯もちょっとガッカリしたような表情をしてるぞ。俺もまさか待たされる事になるとは夢にも思ってなかったから少々、いや、相当ガッカリしたぞ。

「ユイ、とりあえず持ち帰りの3個だけ買って、どこかで時間を潰す?」

「そうね、アイがいいならセブンシックスのカフェでどう?」

「和菓子にコーヒーかよ!?」

「でもさあ、ペットボトルのお茶だと風情が無いよー」

「それもそうね。セブンシックスのカフェにしましょう」

「そうしましょう」

 おーい、俺の意見は無視かよ!?ま、俺が意見を言ったところで、結局は二人で相談して決めた事を俺に押し付ける形になるのは分かり切ってるから、素直に受け入れるしかないけど、だからと言って俺だって本音は和菓子にコーヒーは勘弁して欲しいぞ!

 で、藍は俺の意見を聞くこともなく店の奥さんに向かって「それじゃあ、先に持ち帰りの3個だけ下さーい」とか言ってるから、奥さんは残っていた3個を紙袋に入れて藍に差し出した。でも、肝心な藍はというと紙袋を受け取る事もなく、「はい」とか言ってニコニコ顔で俺に右手を差し出してきた。へ?どういう意味??

「・・・あーいー、これって、どういう意味?」

 俺は思わず藍に質問してしまったけど、藍はニコニコ顔を全然崩す事なく

「あれー、拓真君はユイの分しか払ってくれないのー?当然、私の分も出してくれるんだよねー」

「はあ!?」

「まさかとは思うけどー、OKなどという寝言を言い出すような真似はしないわよねー」

「・・・・・ (・_・;)」

 おい!唯の奴、まさかとは思うけど、俺が唯の分を支払うとかいう約束を藍に話したのかよ!!いや、話したのは間違いない!!!

 その証拠に唯もニコニコ顔のままだ。その表情を敢えて例えるなら「たっくんが払いなさいよー」だ。だいたいさあ、俺が唯の分を支払うなどという事を藍が知ったら百パーセントの確率で「私の分も払え」とか言い出すのは火を見るより明らかなのはお前も分かってるだろ!?勘弁してくれよお・・・


 で、俺はというと・・・「はあああーーー・・・」と長ーいため息をつくと右手をポケットに突っ込んで、黙って財布を取り出したのは言うまでもなかった。

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