第64話 明らかな宣戦布告

 舞ちゃんは見た目は相当へこんでるけど、こいつの性格から考えて『本当に凹んでるのかあ?』と疑いたくなるけど、それでも俺もちょっと(いや、ちょっとどころではない)言い過ぎたのは事実だ。だから俺は藍に「ゴメン、俺もちょっと言い過ぎた」と正直に謝ったし、舞ちゃんにも「悪かった、ゴメン」と謝った。

 藍は舞ちゃんにニコッとしながら

「心配しなくても大丈夫よー。受験は来年の3月だから、まだ10か月あるしー、それに中学3年生でググっと伸びる子も大勢いるからー、諦めさえしなければ全然大丈夫だよ」

 そう言って舞ちゃんの頭をナデナデしてるけど、一見するとお姉さんが妹を慰めてるようにも見えなくない。なにしろ舞ちゃんの身長は頭一つ以上も藍より低いのだから。

「・・・はあああーーー、に慰められる事になるとは屈辱の極みですけど、お兄ちゃんの言ってる事の意味も分かるから、わたしも精一杯頑張りますー」

 おい、お前さあ、この場に及んで大仰に肩でため息をつくとはいい度胸してるじゃあないかあ!藍だってニコニコ顔だけど、明らかにコメカミのあたりがピクピクしてるぞ!だいたい『お兄ちゃんの浮気相手』とは言い過ぎだあ!俺は藍がブチ切れても責任取れないぞ!!

「ま、まあ、私もあなたが桜岡高校に来るのは全然反対じゃあないしー、裏でコソコソと相手を蹴落とすのは私の主義に反するから、あなたが本当に桜岡高校に入学できたのならライバルとして認めてあげてもいいけどー、入れなかったら拓真君の事はキッパリと諦めなさいねー」

 そう言うと藍は例のクールな笑みをしたままでサッと右手を差し出した。おいおい、明らかな宣戦布告以外の何物でもないぞ!こんな奴を本当にライバル視するつもりなのかあ?だけど舞ちゃんも何を思ったのかキリリと超真面目な顔になって藍の右手をガッシリ握り返した!

「分かりました!今年1年はあなたにお兄ちゃんをお預け致しますが、来年には返して貰えるよう、わたしも精一杯努力します!!」

「いいでしょう!私も拓真君を奪われないよう、努力を惜しまないわよ!」

「お兄ちゃんが最後に選ぶのは、このわたしです!あなたようなには負けません!」

「あらー、結構いい事言ってくれるわねー。私もに負けないよう、努力するわよー」

「まあ、わたしはあなたをライバルとして認めますが、あなた以外の人にお兄ちゃんを取られるような事態になった時には、わたしはあなたを契約不履行として訴えますから、そうならないよう、頑張ってもらいましょう!」

「そうねー、あなたに訴えられたらシャクだから、私も拓真君が日々努力を惜しまないとだけ言っておくわよー」

「その言葉、しかと受け取りました!お兄ちゃんの事はよろしくお願いします!」

「はいはーい、あなたが桜高のブレザーを着て私の前に現れるのを楽しみに待ってるわよー」

「このわたしに『不可能』の文字はなーい!」

「いいわねー、目が生き生きしてきたわ。それでこそ受験生の目よ」

 おいおい、こいつら、何を考えてるだあ!?二人とも顔では笑ってるけど、互いにコメカミがピクピクしてるじゃあないですかあ!しかも揃いも揃って『浮気されないよう努力する』とはどういう意味だあ!?まさかとは思うけど、藍の奴、本気で!?


「では、ゴールデンウィーク返上で塾へ行ってまいります!」

 そう言うと舞ちゃんは握手していた右手を離して走り出した。藍は「頑張りなさいよー」などと言って右手を振ってるけど、クールな瞳、クールな笑みをしたままだから逆に不気味だ。

 でも、舞ちゃんは不意に足を止めたかと思ったら、こっちを振り向いた。その表情は超がつく程の真面目な顔だから、俺も舞ちゃんが何を考えてるのか全然分からない。

 その舞ちゃんが右手を目のところへ持って行ったかと思ったら、いきなり藍に向かって『あっかんべえ』をしてるじゃありませんかあ!こっちも明らかな宣戦布告以外の何物でもないぞ!!

 さすがの藍も『カチン』と来たのか一瞬だけクールな笑みが歪んだけど、それは一瞬の出来事であって、その後は何事もなかったかのように再びクールな笑みのまま右手を振ってるし、舞ちゃんも『あっかんべえ』をした後は全速力で俺と藍の前から遠ざかっていって、その姿は横断歩道を渡ってから左に行ったから見えなくなった。

「・・・あーいー、お前、本気なのかあ?」

「さあ、どうかしら?」

 俺は舞ちゃんの姿が見えなくなった後、半ば揶揄い気味に話し掛けたけど、藍はクールな笑みではなく自然の笑みで俺の方を振り向いた。という事は・・・

「やっぱり揶揄ってただけじゃあないかあ?」

「ま、半分当たってるわ。あんな子がこの私に勝つのは千に一つ、いや、万に一つもあり得ないからね」




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