第9話 イカ・タコ戦争(?)勃発
結局、俺たちが帰ったのはそれから1時間以上も後だった。
珍しく藍が「どうせなら、6曲全部やっていきましょう!」とノリノリで言い出したので唯もやる気になり、トーク無しで6曲演奏し終わった後に片づけをして、再び俺が準備室の扉を元の状態に戻した。誰も旧校舎3階に来なかったから助かったけど、もし見付かったらどうしようかと思って俺は相当ヒヤヒヤしてたのを藍と唯は気付いてたのかなあ。
正門を出た俺たちは今度は赤電の踏切を歩いて渡った。今度も警報器は鳴ったけど踏切に着く前に
俺たちが目指すのはトーテツストアだ。字を見れば分かると思うけど、赤電の正式名称である
俺の家からは歩いて10分かからないけど学校への通り道には無いから、一度家へ帰ってから・・・と俺は思ってたけど、何故か右に曲がるはずの交差点を二人揃って左折、つまり青信号の歩行者信号を渡り始めたから俺の方が慌てたぞ。
「おーい、一度帰って着替えてから行こうぜ」
「あれ?そのまま行くんじゃあないの?」
「そうよー。もう開店の時間は過ぎてるわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。少なくとも俺はそんな話は聞いてないぞ」
「話してないよー」
「相談もしてないわよ」
「おいおい、俺は無視かよ」
「無視じゃあないよ、だから一緒に行こう」
「拓真君が買った物を持ってくれるんでしょ?」
「そうそう。たっくん、頼りにしてるよ」
「男でしょ?君の仕事です」
「おいおい、
「「そんな所ね」」
はーー・・・一体、どういう神経をしてるんだあ!?
交差点を渡って程なくすればトーテツストアはあるのだが、さすがにこの時間は駐車場に止まっている車の台数も少なく、当たり前だが店内も空いている。夕方なら混雑しているのだがこの時間ならカートを押しながら左右に並んで三人で歩いても他の人の邪魔にならない・・・はずだけど。
カートを押しているのは唯だ。当たり前だが、このトーテツストアで唯と買い物するのは、いや、トーテツストア以外でもスーパーで食材を唯と買うなどという行為そのものが初めてだ。(唯と母さん、唯と父さんのパターンは以前にあるけど)
これが唯と二人だけならラブラブショッピング・・・なのだが、実際には藍が唯を挟んで俺の左にいる。まさに目の上のタンコブ、いや、お邪魔虫以外の何者でもないのだが、義理とはいえ姉に対してそんな暴言(?)を言えば有無を言わせず女王様全開で俺に食って掛かるだろうから、大人しく従っている。
「ところでさあ、たっくんの希望は?」
「うーん、俺は別になんでもいいぞー」
「そう言わずに、何かリクエストがあれば言ってよー」
「俺の嫌いな物が入って無ければ文句を言いませーん」
「あらあらー、どうせならたっくんの大好物のホルモンを焼こうかなあと思ってたんだけねえ」
そう言うと唯はニコッと微笑んだけど、明らかに俺を揶揄っているのが分かる。まあ、悪意のある言葉ではないのは態度で分かっているから別にいいけどね。本当に買ったら俺も実力行使するけど。
店内に入って最初にあるのは野菜コーナーだ。これはどの店でも同じだ。
「・・・拓真君、今日はキャベツが広告の品になってるわね」
「たしかにな。暖冬だったからキャベツは暴落気味だからなー」
「たっくーん、長芋が旬の時期で安くなっているし、ネギも安いから『お好み焼き』はどうかなあ」
「いいねえ」
「私も賛成。個人的には広島風が好きだけど、さすがに自分でやるとなるとハードルが高過ぎるからねえ」
「あー、たしかに。それじゃあ、
そう言いつつ俺は沢庵を手に取ってカートの中に入れたのだが、その途端、藍が沢庵を『ポイッ』とばかりに元に戻してしまった。
「拓真君!どうして沢庵を買うのよ!冗談じゃあないわ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。たかだか沢庵くらいで・・・」
「アイ、そこまで目くじらを立てなくても・・・」
「浜砂の人にとってお好み焼きに沢庵は当たり前かもしれないけど、全ての浜砂の人が沢庵入りのお好み焼きを食べると思ってるのが、そもそもの間違いなのです!分かりましたか!!」
「うっ・・・」
うわっ、藍のやつ、ここで『女王様モード』全開にするなよ。だいたい、沢庵くらいで目くじらを立てなくてもいいだろ?
「まあまあ、アイが浜砂風のお好み焼きが好きじゃあないというなら、それはそれでいいんじゃあないの?」
「さすがユイね。拓真君も弁護士一家の息子なら、これくらいの事を言って話を纏めなさい!」
「そういう事だよ、たっくん」
「・・・・・ (・_・;)」
はーーーーー・・・マジで藍にはビビらされたけど、唯がいなかったらどうなっていた事やら・・・唯のお陰で助かったぞ。それにしても、幼稚園の頃の藍は沢庵入りのお好み焼きには目が無かった筈だけど・・・この10年で・・・いや、その理由は恐らく・・・
「・・・それじゃあ、沢庵抜きのお好み焼きという事で、たっくんもアイもいいわよね?」
「俺は別に構わんぞ」
「私も」
「それじゃあ決まりね」
そう言うと唯はカートにキャベツ、ネギ、紅生姜を順番に乗せ、俺の方を振り向きながらニコッとした。
「そういえばさあ、夕飯は何にしようかなあ」
「うーん、俺個人としては昼がお好み焼きだから中華かイタリアンかフレンチか・・・」
「唯はイタリアン、つまりパスタでいいと思うけど」
「私はそれでいいわよー」
「俺もパスタでいい」
「じゃあ、決まりね。玉葱と人参はお爺ちゃんのところへ行けば手に入るから・・・」
唯はそう言いながら卵をカートに入れ、続いて鮮魚コーナーで
だが、次の瞬間、藍の右手がサッと伸びた!
「ちょ、ちょーっと待った!何でタコを買うの?これは却下です!!」
藍はそう言うと唯がカートに入れたばかりの茹蛸をサッと取り上げ、元の位置に戻してしまった。
「えっ?ちょ、ちょっとアイ、タコが却下ってどういう意味?」
「当たり前でしょ!タコは英語で
「はあ?タコが入ってないないお好み焼きなんて考えた事が無いわよ!まさかとは思うけど、アイはタコ焼きも毛嫌いしてるんじゃあないわよねえ」
「あったり前でしょ!あんなのを大好物などという人は私が1日掛けて説教よ!!お好み焼きにはイカと相場が決まってるわ!!!」
「冗談じゃあないわよ!タコ無しのお好み焼きなんて、カツ無しのカツ丼やエビ無しのエビフライと同じで意味がない!!イカにするなんて絶対にイカーん!!!」
「高校生のくせに寒いオヤジギャグかましてるんじゃあないわよ、このタコ娘!」
「フン!百歩譲ってスルメ入りのお好み焼きなら許してあげるけど、そんな固いお好み焼きを食べる人がいるかしらねえ。あらー、ここにイカ娘さんがいたわねえ」
「イカを馬鹿にするんじゃあないわよ!誰が何と言おうとお好み焼きにはイカよ!」
「タコに決まってるでしょ!」
「イカよ!」
「タコよ!」
「イカ!」
「タコ!」
おいおい、マジで勘弁してくれよお。藍も唯もイカだタコだと実にアホらしい事で張り合ってるなんて、正気とは思えないぞ。周りにいる他のお客さんが全員引いてるのに気づけよ、ったくー。それにお前らさあ、制服姿で怒鳴り合ってるから俺たちが桜岡高校の生徒だというのがバレバレだから、後で学校に苦情が入るかもしれないんだぞ!
仕方ない、俺が仲裁するしかないかあ。こう見えても弁護士一家の端くれ、二人を止める事くらいはやらないと・・・。
「まあまあ、二人共、イカとタコの話はその辺でお終い、お終い」
そう言って俺は二人の間に体を入れたけど、藍も唯も全然口論を収めようとせず、逆にヒートアップした形だあ!
「たっくーん、当然たっくんはタコよねー」
「はあ?冗談じゃあありません!拓真君のお好み焼きはイカと決まっています!いや、そうに決まった!!」
「はあ?たっくんに確認もせず、よくそんな見え透いた嘘を言えたわねえ!たっくんはタコに決まってます!!」
そう言うと唯は俺の右手を自分の左手で握ってグイッと自分の方へ引き寄せたかと思うとニコニコしながら俺の顔に自分の顔を近づけた。
「たっくーん、夕飯はホルモンパスタでいいわよねー」
おいおい、唯の奴、顔は笑ってるけど完全に脅迫だよなあ!?そんなのをテーブルに出されたら俺は逃げ出すしかなくなるぞ、どうする?
だが、俺が返答する暇も与えず、いきなり藍が俺の左腕に自分の右腕を絡ませてグイッと無理矢理自分の方へ引き寄せ、しかも例のクールな瞳で俺を睨みつつ俺の顔に自分の顔を近づけたけど、普段にも増して迫力があるから俺の方が完全にビビってるほどだあ!
「拓真君、イカにしなかったら、どうなるか分かってるわよね!」
うわーっ!しかも『女王様モード』全開で脅迫じゃあないかあ!ただでさえ俺は藍に及び腰だというのに、奴隷に格下げもいいところだぞ、マジでヤバいぞ。
「あー!たっくんを脅迫して無理矢理イカにさせようなんて卑怯よ!!たっくんから今すぐ離れなさい!!!」
「そっちこそ、拓真君を脅迫してるわよねえ」
「そんな事ないわよ!それよりたっくん、どっちにするか答えなさい!!」
「そうよ、さっさと答えなさいよ!!」
「当然、タコよねー」
「タコなんて最低です!イカに決まってるでしょ!」
「おーい、俺の意見は無視かあ!?」
「「さっさと答えろ!! (#^ω^)」」
おい、こんな時にハモらないでくれ!マジで怖いぞ!!
さあ、どうする?俺は別にタコでもイカでもどっちでもいいのだが・・・イカにするかタコにするか、義姉を選ぶか義妹を選ぶか、元カノを選ぶか今カノを選ぶか・・・まさか2日目で決断を迫られるのかあ!?
い、いや、ここで決断するのはマズい・・・となると、答えは・・・
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