第8話 結構大胆ね
藍が
普段の唯は左利き用のギターを使っているから正直言って相当違和感があるけど、右利き用ギターも本人は「紛いなりに」とか言いつつも使いこなすのだから、この辺りは天性というべきか器用というべきか、とにかく誰にも真似出来ない特技なのかもしれない。
「ところでアイ、何をやるつもりなの?」
「ん?『ふかふかタイム』」
「はあ?何でこんな時にやるの!?」
「どうせ明後日にやるから、じゃあ駄目かしら?」
「まあ、どうせ唯があーだこーだ言ったところでお題が変わる訳じゃあないからいいわよー」
「あー、そういえばドラムがいないわねえ。拓真君、あなたがやりなさい」
「はあ?どういう意味だあ?」
いきなり俺は藍に話を振られたから、思わず間抜けな声を上げてしまった。しかも藍は俺にドラムをやれとか言い出したぞ!?俺は自慢ではないけどスティックを両手に持って器用に叩くなどという事は出来ないぞ!!
「アイ、ド素人のたっくんにドラムは無理だよお」
「どうせ
「あれえ、りっちゃんの事をその程度にしか見てなかったの?本人が聞いたら怒るわよ」
「怒る?それは百パーセント無いわね」
「あー、そう言えばそうだったわね。『桜高の女王様』に面と向かって文句を言う人は、今の校内には誰もいないね。強いて上げれば唯くらいかなあ」
「ま、ブチ切れて私にあーだこーだ言ってきた人は両手で数えきれないほどいたのは事実だけど、全員が後でそれこそ平伏すくらいに謝ってきたのはユイも拓真君もよーく知ってるわよね」
「「・・・・・」」
そう、藍の言う通り、今の校内には藍に面と向かって文句を言える人はいない。藍自身に『桜高の女王様』全開で説教されたら、それこそ1日で性格が変わるほどなのだ。それに、藍の取り巻き連中がネチネチと周辺を嗅ぎまわったら、それこそ安心して夜も眠れなくなってしまう。だから去年の3年生でさえ藍には遠慮していたし、あの人だって藍には遠慮しているほどなのだから。
そんな藍が義理とはいえ姉だから、俺の心中、察して下さい・・・しかも元カノだから、俺の立場は全然ありませーん。
仕方なく俺は立ち上がって備品棚の中からスティックを・・・ではなくて、CDラジカセを取り出してコードをコンセントに差した。
「あれ?たっくん、それをどうするの?」
唯は俺に尋ねて来たけど、俺は唯に返事をする事をせず隣にあったCDケースも取り出し、そこから1枚のCDケースを取り出し、無言でセットした。
俺は再生ボタンを押すと、選曲を「3」にした。
『・・・ふかふかタイム、いくわよー。1・2・123! ♪♪♪~ 』
女の子の声に続けて流れてきたのは、ドラムを叩く音だった。
「あれ?こ、これは・・・」
「
「そういう事だ」
「たっくーん、これって、いつ録音したの?」
「秘密」
「えー、どうしてー」
「だって、先輩との約束だから」
「正直に言いなさい!拓真君、私の言う事が聞けないの!!」
「うっ・・・ (・・; 」
「で、どうなの? (ーー゛) 」
うわっ、藍の奴、こんなところで『女王様モード』を使うのは卑怯だぞ!でも、それを言っても俺の立場じゃあなあ・・・
「・・・分かりました。正直に言います」
「分かればよろしい!それで、いつ、どうやって録音したの?」
「それは・・・卒業式の3日前に、
「あー、そう言えばあったわね」
「私も覚えてるわよ。先輩たちが珍しく真剣になって演奏してたわね」
「だけどさあ、本当はその半月前に録音する筈だったんだろ?」
「あー、そうだったわね」
「たしか梓先輩がインフルエンザでダウンしたから延び延びになって、結局、卒業式の3日前に録音したのよね」
「だけど、半月前に梓先輩がインフルエンザでダウンして録音が延期になった時、俺と先輩にはその連絡が来てなかったから、俺と先輩だけが第二音楽室に来ていたのを覚えてるか?」
「あー、そう言えばそうだったわね。たっくんが唯に『遅いぞー』って電話してきたのを思い出したよ」
「ま、あの時は連絡を受けた琴吹先輩が拓真君に伝えてなかったのが悪かったんだけど、律子先輩には琴吹先輩が直接伝えてあったのに本人が忘れてたのよね」
「そういう事だ。で、その日に、ここで録音する筈だった6曲をドラムのパートだけ録音したのさ」
「すっごーい!りっちゃんがソロでやるなんて信じられない!」
「私もよ。拓真君、どうやって律子先輩にやらせたの?」
藍も唯も興味津々といった表情で俺に視線を向けているけど、俺は思わず「はーーーーー・・・」と長ーいため息をついてしまった。
「・・・違うよ」
「「違う?」」
「先輩の方から『
「あらー、りっちゃんも結構大胆ね」
「さすがの拓真君も律子先輩の強引さにはお手上げね」
「勘弁して欲しいぞ。俺はタダ働きの上、うなパイまで先輩に買わされたんだから踏んだり蹴ったりだぞ!」
「まあまあ、そのお陰で演奏できるんだからさあ」
「そうね、拓真君のド素人の演奏を聞かされずに済むんだから、こっちとしても大助かりね」
「・・・・・」
はーーーー、思い出すだけで何度も何度もため息が出てくるけど、そのお陰で藍の機嫌が直ったのも事実だから、少しは先輩に感謝しないといけないのかなあ。
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