第7話 義理とはいえ妹ですから、お兄ちゃんに素直に謝ります
職員室を出た俺たちは、俺を真ん中にして右に唯、左に藍、つまり三人が横に並んで廊下を歩いている。本来なら他の生徒の迷惑になるから絶対に出来ないのだが、ほぼ生徒がいない状態の校内だから誰も咎める人はいないし、実際、誰にも迷惑をかけてない。
職員室を出たのはいいけど、この後は帰るだけ・・・つまり、学校でやる事は全て終わったのだが、もう帰るのかあ?
「おーい、唯」
「ん?なーに?」
「この後はどうする?」
「うーん・・・ちょっと早いけどお昼ご飯にする?」
「でも、帰ってもカップ麺くらいしか無いぞ」
「唯に任せなさーい!」
「おー、いいねえ。久しぶりにそのセリフを聞いたぞ」
「それじゃあ、後でトーテツストアに行こうよ」
「何を作るつもりだ?」
「お店に行ってから考えるよ」
「出た!シェフのお任せメニューだな?」
「不満?」
「ううん、全然。むしろ大歓迎!」
「どうせ夕飯だって唯たちしかいないんだから、まとめて買いましょう!」
「そうしましょう!」
そう俺は返事をして唯と共に生徒用昇降口へ行こうと右に曲がったのだが・・・藍は右に曲がらず左に曲がった。
「あれ?藍、トーテツストアに行かないのか?」
俺は藍に呼び掛けたから藍は立ち止まったけど、首だけをこっちに向けた。
「準備室へ行くわよ」
藍は女王様を彷彿させるクールな表情で俺と唯を見てるけど、その表情からは内心は計り知れない・・・。
唯は仕方なく立ち止まって藍の方を振り向くと
「ちょ、ちょっと待って。まさかと思うけど唯も一緒に弾いていけって事なの?」
「ユイ、それ以外に考えられないでしょ?」
「それはそうだけど、唯は『ギータ君』を持ってきてないよ」
「私だって『エリザベスちゃん』を持ってきてないわよ」
「まさかとは思うけど、唯に学校の備品を使えって事なの?」
「私だって備品で我慢するわよ」
「アイは別に備品でも問題ないんでしょうけど、唯に右利き用でやれって事だよねえ」
「別に問題ないでしょ?どうせ右利き用でも左利き用でも使いこなせるでしょ?」
「だからと言って、右利き用だと普段通りにはやれないよ」
「どうせ観客は一人しかいないから、別に気にしないわよ」
「はー・・・相変わらずね」
「じゃあ、決まりね」
「はいはい」
それだけ言うと唯は歩き出し、藍の横に並ぶと今度は二人並んで歩きだした。この二人が向かっている先にあるのは・・・旧校舎だ。準備室という言葉が指し示す物、それは3階にある『第二音楽室の準備室』しか考えられない・・・
藍と唯は歩みを止める事なく首だけをこっちに向けたかと思うと
「たっくーん、早くしなさーい」
「そうよ、まさかと思うけど無観客ライブをやらせるつもり?」
それだけ言うと並んでスタスタと行ってしまった・・・。
あれ?・・・おいおい、今の会話に俺は全然関与してないけど・・・いつの間にか俺も行く事になってるし、だいたい、どうやって鍵を開けるつもり?まさかとは思うけど本気で俺にアレをやれって事かあ!?
「遅いわよ!」
「そうだよー、レディを待たせるなんて最低だよー」
「スマンスマン」
俺が旧校舎3階に行ったら、既に藍と唯は第二音楽室の準備室前で俺を待っていた。藍は例のクールな表情で、唯は普段通りの唯スマイルで俺に文句を言ったけど、別に怒っている訳ではない。ようするに二人共、普段から学校ではこういう表情を変えないのだ。
今日はまだ春休みだし、だいたい、高価な楽器を入れておく準備室には常に施錠されているから、中に入っている楽器を持ち出すのは不可能・・・というのは普通の考え方だ。さっきの校長先生と母さんの会話で分かる通り、この旧校舎は母さんが麗しき(?)女子高生だった時からある建物。正確には母さんがこの学校の前身である『私立桜岡女子高等学校』に入学する3日前に出来上がった建物だから、既に30年以上経過している。勿論、途中で耐震補強工事が行われているけどね。
第二音楽室・・・元々は3つの普通教室だったけど生徒数が減って教室が余ったという理由で、このうち2つの教室と残る教室の半分を大きな特別教室として改造して、残った半分は準備室として機材を置くスペースになっている。但し、女子校から男女共学校になる直前に現在の本館が完成し、その時に新しい音楽室が作られた事で今は第二音楽室として予備室扱いになっている。まあ、共学になった事で生徒数は母さんが麗しき(?)女子高生だった頃よりも逆に多くなってるけどね。
当然だが、このスライド式の準備室の扉は見た目は鍵が掛かっているが・・・
「せーの!」
俺が気合を入れて扉を斜めに持ち上げると、鍵が外れた!いや、正しくは扉がズレて持ち上がってしまうので自然に鍵が外れた状態になるのだ。ただし、内側からは扉を持ち上げる事が出来ないから帰るまで扉は開けたままだが、帰る時は入る時とは別の持ち上げ方をすれば再び鍵がかかった状態で閉める事が出来る。
ちょっとしたコツがあるので誰がやっても成功するとは限らない。いや、他の人がやれば20回挑戦する間に1回成功すれば御の字だ。閉める時の成功率はもっと低い。この扉の開け方を発見した俺だけは成功率百パーセントだけど・・・何故この扉を開ける方法を見付けたのかは言いたくない。
「ひゅー、さすがたっくんね」
「相変わらずね」
「本当にたっくんは弁護士の息子なのかなあ」
「アルセーヌ・ルパンか
「勘弁してくれよなあ。バレたら生徒指導室行きだぞ」
「大丈夫だよー。唯が言うんだから間違いないよ」
「大丈夫大丈夫!私の言う事が聞けないの!」
「勘弁してくれよお」
「さっすがアイ!この決めセリフの前にはたっくんも沈黙でしょ?」
「そうそう。何かあってもお義母さんが助けてくれるでしょ?」
「勝手に決めるなよー」
俺は二人に小言を言ったけど、二人はそんな俺を無視して準備室に入って窓を開けて換気をしたかと思うと、ダイヤル式の南京錠を回して早速お目当ての物を棚から取り出した。
唯が取り出した物、それは・・・ギターケースだ。その中に入っていたのは当たり前だけどギター(エレキギター)だ。唯は慣れた手つきで取り出したかと思うと早速
これらは普段は使ってないから各弦の音程はバラバラだ。藍はチューナーを棚から取り出して慎重に
そんな唯は6つの弦の
「アイ、まだなの?」
「ちょっと待ってよー。エリザベスちゃんとは勝手が違うから時間が掛かるんだからさあ」
「機械に頼るから時間が掛かるんだよ」
「だいたい、チューナーを使わずに
「ここにいるよー」
「私は誰かさんと違いますから!」
「えー、そうなのー?」
「気が散るから少し静かにして!」
「はいはい」
唯は呑気にそう言うと丸椅子を持ち出して「よいしょ」とばかりに腰掛けた。俺はというと最初から入り口付近にあった折り畳みの椅子を出して座っているだけなのだが・・・
「おーい、唯。今日は真面目に練習するつもりなのかあ?」
「アイが望むならねー」
「どうせ適当に流して終わりだろ?」
俺は茶化すように話しているけど、唯もノンビリムードが漂っている。
「あー、それはひっどーい。たっくんは唯たちをそうやって見てるのー?」
「だってそうだろ?練習10分、トーク110分もしくは170分がこの同好会の標準的スケジュールだろ?」
「うっ・・・ (・・; 」
「図星だよなー」
「ま、まあ、それは3月までの話だよー」
「だいたいさあ、校内随一の『ほのぼのクラブ』軽音楽同好会はライブすらまともにやった事が無いんだからさあ」
「そんな事はないよ。ちゃーんと
「去年はその1回だけだろ?」
「うっ・・・ (・・; 」
「俺が知らないとでも思ってたのかあ?」
「ま、まあ、この同好会の予算ではライブをやったら楽譜を買うどころか楽器のお手入れも出来なくなっちゃうからさあ (^^ゞ」
「この同好会の予算額を俺が知らない訳がないだろー。ライブハウスを1回借りても、残ったお金でギター1台の修理代を出してもお釣りが来るだけの予算があるよなあ。だけどさあ、実際には楽器の手入れするお金も、楽譜を買うお金もぜーんぶ別の物の使っちゃうからお金が無いんだろー」
「うっ・・・ (・・; 」
「それにさあ、
「大丈夫だよー、あと1人集めればいいんだからさあ」
「はあ?どういう意味だ?」
「たっくんが入会すればいいんだよ」
「勘弁してくれよお。だいたいさあ、この同好会の伝統は『男子禁制』なんだろ?」
「でもさあ、たっくんは毎日来てるよね」
「お前が強引に引っ張ってくるからだろ (ー_ー)!! 」
「あらー、そうっだかしら? ♪~(´ε` )」
「惚けても無駄だ。既に証拠は揃っているから正直に認めろ! (ーー゛) 」
「・・・・・ (・_・;)」
「どうなんだ?」
俺は結構凄みを効かせたつもりだけど、内心では笑っている。でも、唯を見た限りでは相当焦ってるようにしか見えないから笑いを堪えるのに必死だけどね。要するに唯は話の主導権を俺に取られた挙句、俺に痛いところを追求されて焦ってるのが見え見えだ。
「どうなんだ?」
「はーーーーー・・・すみませんでしたあ! m(__)m」
「ようやく認めたかあ」
「まあ、唯はたっくんの義理とはいえ妹ですから、お兄ちゃんに素直に謝ります」
「で、どうしてこんな事をしたんだ?」
俺は再びノンビリムードに戻ったけど、唯はサバサバした表情で
「だってさあ、りっちゃんが『たっくんに言えば家業の弁護士事務所に届くお歳暮やお中元のお菓子やコーヒーをタダで持ってきてくれるから、ぜーったいに手放すな』って厳命したからだよー」
「はーーー・・・あの先輩かあ。小学校の時から全然変わってないよな」
「だから悪いのは全部りっちゃんだよー。まあ、琴吹先輩と梓先輩も同罪だけど」
「俺は先輩のお菓子係じゃあないんだぞ!」
「りっちゃんだって毎回毎回スイーツ研究会からクッキーやビスケットを分けてもらえるように頑張ってるんだよー」
「先輩たち三人は去年のゴールデンウィーク明けに、放課後の調理実習室への出入り禁止を生徒指導室から言い渡されたんだよな」
「あらー、知ってたの? ♪~(´ε` )」
「琴吹先輩と梓先輩は卒業を持って無効になったけど、あと1人、先輩はもう1年間有効だぞ」
「まあまあ、それはこっちに置いといて」
「話を勝手に変えるなあ!」
「はいはい、分かりましたよ」
「はーーー・・・こういう裏事情だから、先輩たちはお前を使って俺を引き留めるのに躍起になってたんだからさあ。全部調査済みだぞ」
「分かってるわよ。りっちゃんもアイに頼めないのは百も承知だからさあ」
「
「「はい!すみませんでした!!」」
俺と唯は藍から注意、いや、藍に凄まれたから話を打ち切るしかなかったけど互いに顔を見合わせて笑っている。まあ、藍も『女王様モード』全開で文句を言ってきた訳ではないのは俺にも分かる。その証拠に藍は最初から鼻歌を歌いながら
俺は『桜岡高校随一のほのぼのクラブ』とまで揶揄されている軽音楽同好会における唯一の男性メンバー、いや、正しくは『自称 軽音楽鑑賞同好会』の一人同好会員だ。軽音楽同好会は男子禁制の伝統(?)があるから、男である俺は『軽音楽鑑賞同好会』という、俺が勝手に名付けた軽音楽同好会の互助会員だから、他の部や同好会には参加していないのだ。
俺の同好会としての活動は・・・軽音楽同好会、いや、女子トークから時折振られた話題に適当に答える事と、さっき唯が言った通り、この女子トークに必須であるお菓子や飲み物を提供する事だ。それ以外には・・・本人たちは気付いているのだろうか?
唯に言った通り、俺はほとんど毎日、唯が俺を第二音楽室に引っ張っていくからトークに参加しているのは事実だが本当は違う。俺は、本当は・・・
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