第5話 オフレコ

 母さんはそう言ってから校長先生たちを見たけど、校長先生が「構いませんよ」と言ったので母さんが見解を述べた。

「・・・恐らく、学校側としては同一学年の兄弟姉妹は別クラスに分けるという暗黙のルールがあると思いますが、それは1年生での話であり、2年生は進路先の大学や専門学校の学部や学科に応じたクラス編成になっているはずです。しかも2年生が3年生になる時はクラス替えが無い事は既に学校の募集要項にも書かれているので、来年度のクラス替えも無い事になります。校長先生、それは間違いないでしょうか?」

「・・・それは事実です。優子先生、拓真君のお姉さんとお兄さんの時と変わってないから御承知の事かと思います」

「そうですか・・・本来なら拓真と藍、唯は別クラスにすべきだと思いますが、それをすると拓真と藍、唯の間で何かあったと勘繰られる恐れがありますし、三人の進路希望を強制的に変えさせる事にも成りかねません。幸いにして、この三人はきょうだいになる前から平山姓です。卒業するまでは単なる同士であり、唯は既に入学した時から我が家に下宿しているので、藍も2年生の1学期から我が家に下宿するという事で行きたいのですが、如何でしょうか?」

 それだけ言うと母さんは軽く息を吐いたけど、校長先生も教頭先生も互いの顔を見合わせて「どう返事をしたらいいんだ?」というような表情をした。

 だが、このまま黙っていても埒が明かない。だから校長先生が「ウン、ウン」と自分を納得させるような感じで首を縦に振った後に

「・・・優子先生、これは桜岡高校の校長としてではなく、井伊いい直正なおまさという一個人の意見として話してもいいでしょうか?」

「・・・構いません、お聞かせください」

「・・・分かりました」

 校長先生は厳しい顔をしたまま喋り始めた。

「優子先生のお言葉通りだと思うので、1年生の時のように同士という事で学校側も通したいと思います。特にきょうだいだからと言って特別扱いする事もせず、また、他の先生方にも1年生の時と同じように、はとこ同士として扱い、三人が卒業するまでは口外ないように職員会議で確認して徹底したいと思います。教頭先生と南城先生は如何思われますか?」

 校長先生は言葉を選ぶようにして慎重に答えたけど、教頭先生も南城先生も首を縦に振って賛成し、母さんも首を縦に振ったので、俺たちの扱いはこの瞬間に決まった。ただ、校長先生は最後に「職員会議で決まったら正式に文書で回答します」と言い、母さんも了承した。

 ここで初めて母さんが肩の力を抜いてニコッと微笑んだ(当然だけど営業スマイル)から、場の空気が少しだけ緩んだ。

 藍と唯も心配そうに見ていたけど、何とか自分たちの立場が学校側に受け入られたので、少なからずホッとしたはずだ。その証拠にさっきまで二人共明らかに緊張した面持ちだったけど、今は母さんと同じく肩の力を抜いている。

 南城先生は立ち上がって校長室にあるポットの湯を急須に入れてお茶を用意し、それをお盆に乗せて全員の前にお茶を出したので、ここからは全員が肩の力を抜いて、いわゆるオフレコの話になった。

 最初に口火を切ったのは教頭先生だった。

「・・・それにしても優子先生、正直に言いますけど、この話は『寝耳に水』『青天の霹靂』ですよ」

「あらー、教頭先生からそのような言葉が出てくるとは思いませんでしたよ」

「当たり前ですよ。自分も30年近く教職に就いてますけど、親の再婚で生徒同士が義理のきょうだいになった例は過去に経験してるのは認めますよ。けど、今回のようなパターンで、しかも同時に三人となると、全く記憶に御座いません。校長先生はどうですか?」

「うーん、正直に言うが無いよ。まあ、自分の親世代の話になるけど、戦後の混乱期に親を戦争で亡くした子供たちを引き取って育てたという人は何人か知っているけど、もう戦争が終わって70年くらいになるし、この21世紀で、しかも藍さんや唯さんには失礼な言い方になるかもしれないけど、こういう理由で、このタイミングで親戚の養子になるというのは初めて聞きました。南城先生、失礼ですが南城先生は経験ありますか?」

 いきなり校長先生から話を振られた格好になった南条先生は少し慌てた表情をしたけど、すぐに真面目な顔になって「うーん」と少し考え込んだ。

「・・・あのー、音ノ木おとのき高校にいた時だけでなく、学生時代を含めても聞いた事が無いですし親戚でも聞いた事が無いですよ。桜岡高校に赴任して早々、こういう話を聞く事になるとは全く考えてませんでした」

「先生方が驚くのも無理ないですね。かくいうわたしも子供の親権を巡って離婚した父親と母親が醜い争いをして、裁判で親権を決めるというのは経験がありますけど、結局裁判で親権を決めても後々禍根を残す事も数知れずですね。本音ではこういう裁判の弁護人は引き受けたくないですよ」

 そう言うと母さんは珍しく「はー」と短くため息をついた。

 教頭先生はその母さんを見て「あれあれー」という表情をした。

「優子先生でも嫌がる裁判はあるんですか?」

「当たり前ですよ。正直に言っていいなら、わたしは男女間のトラブルの弁護人は引き受けたくないです。なにしろ当事者以上に恨まれるのは弁護士ですからね」

「弁護士も大変なんですね」

「分かって頂けるなら、で平山弁護士事務所を訪ねないことですね、教頭先生」

 母さんは意味深(?)の発言をしながらニコニコ顔で教頭先生を覗き込んだから、校長先生と教頭先生は「ハハハッ」と苦笑いしながらお茶を啜った。俺は母さんの発言の意味を知ってるからをしたけど、南城先生と藍、唯はその意味を知らないから頭の上に『?』が2つも3つも付いてるような表情をしている。

「まあ、知らないところで平山弁護士事務所に駆けこんできたから、その大迷惑を被る人も多いですから、弁護士事務所の立場で言わせて貰えれば報酬が得られれば文句は言いませんけど、本当なら弁護士を立てる必要が無い程度に気配りしておく事をお勧めしますよ、校長先生」

 またまた母さんは意味深(?)の発言をしながら今度もニコニコ顔で校長先生を覗き込んだから、校長先生も教頭先生も「ハハハッ」と再び苦笑いしながらお茶を啜った。俺は今回も母さんの発言の意味を知ってるから再びをしたけど、南城先生と藍、唯はその意味を知らないから、またまた頭の上に『?』がさらに2つも3つも付いてるような表情をしている。

「ま、まあ優子先生。昔の話をここで持ち出さなくても」

 そう言って教頭先生は校長先生に助け船を出した感じだったが、母さんは「どこ吹く風」と言わんばかりの態度だ。

「あー、そうでしたねー。わたしも弁護士としての守秘義務があるのでこれ以上の事は申しませんけど、今はこの子たちが残る2年間の高校生活を平穏に終わらせる事に全力を注ぐべきでしょうねー」

「その意見には、この井伊直正、異論は御座いません!」

 校長先生は即答して「エヘン!」と言わんばかりに胸を反らしたけど、母さんはニコッと微笑んで「ありがとうございます」と謝意を示した。

「・・・大変申し訳ありませんが、わたしはこの辺りで失礼いたします」

 母さんは残ったお茶を飲み干すと校長先生たちに軽く頭を下げたから、校長先生はニコッとした顔で母さんを見た。

「優子先生も大変そうですねー」

「そうですよー。急ぎでやらなければならない事があるので、この話が終わったら目的の場所へ直行です」

「折角ですから母校を見学なさっては、と言おうと思ったのですが、そういう事なら仕方ないですね」

「元担任の校長先生の御厚意はありがたいですけど、今日は遠慮しておきます。学園祭の時にでもじっくり見させてもらいますよ」

「分かりました。見学されたければ、いつでもご案内しますよ。当時の建物や設備で未だに現役の物も幾つか残ってますから」

「ま、わたしの時は『私立桜岡女子高等学校』でしたからね。その時の本校舎は既に取り壊されていますし、当時をしのばせる建物は講堂と別館、まあ、今は旧校舎と呼ばれているようですが、そのくらいしか残ってないですけど」

 それだけ言うと母さんは立ち上がったけど、最後に鞄を持ちながら

「あー、校長先生、それに教頭先生。理事長に、徳川とくがわ家安いえやす理事長にも宜しくお伝えください」

「はいはい、伝えておきますよ」

「『平山弁護士事務所は理事長の御依頼には誠心誠意をもって対応させて頂きます』とね」

 そう言うと母さん営業スマイルをして校長室を出て行ったが、この母さんの最後の一言は校長先生や教頭先生だけでなく、南城先生までもが「ハハハッ」と苦笑いしていた。俺は今回も母さんの発言の意味を知ってるからたびをしたけど、藍、唯はその意味を知らないから、たび頭の上に『?』が2つも3つも付いてるような表情だった。

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