第4話 学校へ

 唯がリビングに入ってきて間もなく、母さんもリビングにやってきた。

 母さんは既に俺たちが使った食器を食器洗浄機に入れ、テーブルの上も綺麗に片付け、洗濯もあらかた済ませ、いつもながらので着替えまで済ませているのだから、こちらも「スーパー主婦」である。しかも、あえて実年齢は伏せておくけど既に孫が一人いるにも関わらず見た目は30代後半にしか見えない『リアル美魔女』だ。スーツをビシッと決め、胸に弁護士バッジをつけた母さんは威風堂々として怖いくらいだ。

「さあ、全員揃ったから行くわよ!」

 母さんは俺と藍、唯に出発を宣言し、そのまま俺たち4人は学校へ向かった。

 超人気弁護士だから、普段乗ってる車もさぞかし豪華な車・・・と思うかもしれないけど、母さんが普段使っているのはシルバーの軽自動車だ。母さんに言わせると「軽自動車は小回りが効くし使い勝手がいい。何よりも税金が安い」から、長く使えば使うほど愛着が出るみたいだ。なのだから、走行距離を見たら既にスクラップにしてもおかしくない程で、実際、あちこちに錆が浮いてるどころの状態ではないけど母さんは全然気にしていない。しかも今となっては珍しいマニュアルトランスミッション車だ。

 当然だが運転席には母さんが座って、俺はというと・・・当たり前だが助手席だ。藍も唯も当然の如く後部座席に座ったので、玄関の鍵を閉めた俺は残った助手席に座ったにすぎない。

 まあ、本来なら歩いていくほどの距離の学校へ車で行くのは、母さんはつもりだから、乗るのは行く時だけで帰りは歩く事になる。そんな俺たちが乗った車は3分もしないうちに『赤電』の踏切に差し掛かったけど、渡ろうとした直前に「カンカンカンカン」と警報器が鳴りだしたのでそのまま止まった。

 電車は新浜砂しんはますな駅発の西神島にしかみじま駅行き2両編成だが、4両運転するのは平日の朝夕のラッシュ時と金・土曜日の最終電車だけで、それ以外は2両運転が基本だ。でも、電車は『桜岡さくらおか高校前こうこうまえ』駅で停車するから、電車が発車するまでは遮断機が上がる事はない。今日はまだ春休みだし、この時間では電車から降りてくる高校生とおぼしき人はゼロだったが、それでも何人かが駅で降りて目的地へ歩いていくのが見えた。

 やがて電車が発車し、遮断機が上がったので母さんは車を動かし、あっという間に桜岡高校へ着いたから母さんは来客者専用駐車場に車を止め、俺たちは車を降りた。

 暖冬の影響で3月の終業式の時には丁度桜の開花の時期だったけど、もう殆ど葉桜になっている桜並木を横目に俺と藍、唯は生徒用昇降口から校舎内に入った。けど、今年のクラスが分からないから取りあえず昨年までの靴箱に自分の靴を入れて職員室へ向かった。因みに母さんは職員用昇降口から『来客』として堂々入り、来客者用のスリッパを履いて職員室前へやってきた。

「「「「おはようございまーす」」」」

 俺たち三人は少し緊張気味に挨拶しながら職員室のドアを開けたけど母さんはニコニコ顔の営業スマイルで挨拶しながら職員室へ入った。春休みとはいえ、明日は入学式。その準備作業もあるから先生方は全員出勤する日で、生徒会メンバーと一部の運動部の連中も今日は登校している筈だが、職員室に生徒は誰もいなかった。

 本来ならクラス担任のところへ行くべきなのだが、今年のクラス分けを知らされていない以上、誰を訪ねればいいのか分からないので俺たち四人は真っすぐ水野みずの忠国ただくに教頭先生の机に向かった。

「教頭先生、おはようございます」

「おう、おはよう。平山拓真君だね」

 教頭先生はずっと書類に向かって格闘していたけど、俺が声を掛けたので顔を上げて俺にニコッと返事をした。けど、俺の横に母さん、さらに藍と唯が一緒にいたので怪訝な顔をした。

「教頭先生、お久しぶりです」

「あ、これはこれは優子ゆうこ先生ですね。こんな朝早くからどうされましたか?」

 教頭先生は柔和な顔をしていたけど、内心はどう思っていたのだろうか?「朝から難題を持ち込んできたのかなあ」と思ったかもしれないけど、それを表情に出す事をしないのは、さすが名門の武士の家系だ。あ、因みに教頭先生は母さんに仕事を依頼しているから「拓真君のお母さん」ではなく「優子先生」と呼んだのだ。要するにのだ。

 母さんはニコッと営業スマイルで微笑んだ後、急に真面目な顔になった。

「すみませんが、校長先生と教頭先生、それとと面会をしたくて本日はお伺いさせて頂きました」

「この子たち?拓真君と藍さん、唯さんの三人ですか?」

「はい、そうです」

 教頭先生は眉間に皺を寄せて母さんに真意を問いただしたけど、母さんは「詳細は校長先生を交えて、校長室でお話しします」としか言わないので、教頭先生も頷いて手元にあった内線電話で校長室へ電話をした。

 その電話を終えると教頭先生は立ち上がった。

南城なんじょう先生、ちょっといいですかあ?」

 教頭先生は大声を上げて一人の先生を呼び出したから「はーい」と声を上げて一人の若い女性教師が教頭先生のところへやってきたけど、この先生以外に声を掛けてないからこの瞬間、俺たちの担任はこの先生でだと確信した。

「南城先生、すまないが一緒に校長室へ来てもらうけど、構いませんか?」

「あー、はい。わたしは構いませんけど」

「分かりました。それでは優子先生、それと拓真君たちも一緒に行きましょう」

 そう言うと教頭先生は先頭に立って俺たち4人を連れて校長室へ向かった。


 俺たちが校長室へ入ると校長先生は立ち上がり、俺たちにソファーに座るよう促したので俺たちは座った。

 横長のソファーの中央に母さん、母さんの右に藍、左に唯が座った。テーブルを挟んで母さんと向き合う側の席には校長先生と教頭先生が座り、俺はテーブルの短い面を前にして南城先生と向かう形で座る事になった。

 全員が席に着いたところで母さんが営業スマイルから超がつくほどの真面目な顔になって口を開いた。

「今日は朝早くからアポなしで来た事を最初にお詫びします」

 そう言って母さんは軽く頭を下げたけど、校長先生も教頭先生も「いえ、別に気にしていませんよ」と軽く答えを返した。

 教頭先生が笑顔で俺の向かいに座っている女性教師に右手を向けながら紹介した。

「拓真君、藍さん、唯さんの今年の担任になる、2年A組の南城なんじょう佳乃よしの先生です」

 そう教頭先生が紹介すると、南城先生は立ち上がった。

「南城です。3月までは音ノ木おとのき高校の2年生を受け持っていましたが、この4月から桜岡高校で教鞭を取る事になりました。よろしくお願い致します」

 南条先生はそう言うとニコッとしながら頭を下げたけど、いやー、相当美人な先生だぞ。しかもという事は独身か・・・

 母さんも同じように立ち上がってニコッとしながら南条先生に名刺を差し出した。

「平山拓真の母で優子と申します。弁護士をしております」

 母さんがそう言うと南条先生も自分の名刺を差し出して、お互いに名刺交換をした後に着席した。校長先生と教頭先生は母さんを知ってるどころか今さら名刺交換をする必要がないからね。

 だが、着席した母さんが発した言葉に校長先生も教頭先生も、それに南城先生も驚愕の顔をした。

「今日は弁護士としてではなく、この三人の母親としてお話をしたくて学校へ来ました」

 そう切り出すと母さんは淡々と話し始めた。

 唯の両親、それに藍の両親から離婚の調停の話があり、父さんが調停をしていたが3月にどちらも離婚が成立したけど、どちらも子供を引き取る事を拒否し、お互いに兄弟姉妹がいないので祖父母の家庭に打診したけど、高齢を理由に引き取る事に難色を示し、曽祖父母そうそふぼ(作者注①)の家庭も高齢を理由に難色を示し、他の親戚も引き取りを拒否したので、父さんと母さんが引き取る事になったと淡々と語った。

「・・・校長先生と教頭先生は既に御存知ですが南城先生は御存知ではないと思われるので簡単に説明しますが、拓真の父と藍の実母が従兄妹いとこ同士ですので拓真と藍は再従姉弟はとこ同士の関係になり、拓真の母であるわたしと唯の実母が従姉妹いとこ同士ですので拓真と唯も再従兄妹はとこ同士の関係になります。ですので、わたしたち夫婦が、いとこ夫婦が離婚して親権を手放した子供を養子として引き取った事になりますが、法律上の建前もあり、わたしたち夫婦と養子縁組をした後に両親が離婚したという形にしています」

 それだけ言うと母さんは淡々とした表情のまま足元に置いてあった鞄の中から証拠として戸籍謄本の写しを校長先生に手渡した。

 校長先生は戸籍謄本の写しをサラッと見た後に教頭先生に渡し、教頭先生もサラッと見た後に南城先生に渡した。南城先生はそれをマジマジと、特に藍の戸籍謄本を見つめた後、軽く「はー」とため息をついた後に写しを母さんに返した。もちろん、俺は藍と唯の戸籍謄本の中身を全部知っているし、何故、本当の理由も知っている。

 母さんは戸籍謄本の写しを鞄に戻した後に、さっきまでの淡々とした表情から普通の表情に戻った。

「ここからは学校内での三人の立場について相談したいと思いますが、母親として個人的意見を述べても構わないでしょうか?」


作者注①:ひいおじいちゃん・ひいおばあちゃんのこと。

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