第3話 特権?いや、針の筵(むしろ)だあ!

 そう、うちの父さんと母さんは弁護士だ。それも『凄腕弁護士夫婦』とまで呼ばれる程の弁護士である。ただし、父さんの父さん、つまり俺の爺ちゃんが開いた弁護士事務所の2代目夫婦だ。

 形の上では爺ちゃんが社長で父さんが副社長、母さんが専務だ。でも、爺ちゃんは既に弁護士業を引退して経営に専念してるから、会社の顔は父さんだけど実際には母さんが事務所を仕切っている。

 父さんが「スーパー弁護士」なら母さんは「ウルトラ弁護士」とまで言われる程で、母さんが弁護をしたら「黒を白にするのは容易い」とまで言われている。もっとも、母さんのモットーは「正しい物は正しい。だけど、悪いと認めたなら鉄槌を下すのではなく正しい道に戻してやるのが弁護士の努め」で、いくら大金を積まれても「悪い事を悪いと認めない人の弁護を引き受ける気はない」と冷たく突き放すほどだ。その代わり、二人とも義理堅くて受けた恩には必ず報いるし、どんな小さな訴訟やトラブルでも納得いく解決策を導き出すべく最大限の努力をするから、弁護士報酬以上の働きをすると評判の弁護士夫婦だ。

 そんな父さんと母さんが裁判で相まみえた事があるけど・・・結果は双方痛み分けに終わった。その時の依頼人は・・・まあ、俺は弁護士ではないから言ってもいいのだが、やはり本人たちの名誉のために伏せておく。

 父さんと母さんの影響を受けたのか、俺の姉貴も兄貴も弁護士で我が家は弁護士一家でもある。姉貴も兄貴も既に結婚して家からは出たけど、今でも「平山弁護士事務所」の一員である。

 つまり『元・ゲーセン部屋』今の唯の部屋は元々俺の部屋で、『元・書斎部屋』今の藍の部屋は兄貴が使ってた部屋だ。今の俺の部屋は元々姉貴が使っていた部屋で、この部屋だけ廊下を挟んで反対側で父さんと母さんの部屋の隣にある。当然ながら姉貴の旦那も兄貴の奥さんも弁護士で、本当の意味で平山家は弁護士一家だけど、ただ、俺は・・・まあ、これを話すと長くなるからやめておくけど、そんな弁護士夫婦が何故藍と唯を引き取る事になったのか、それは後で話すとして、普段の母さんはぜーったいに家事には手を付けず、ほぼ父さんがやっているけど、その理由がこれだったとは俺も想像してなかった。

 まあ、たしかに保護者として学校へ説明に行くのに、父親が行くより母親が行った方が自然なのは分かるけど・・・『校長先生も教頭先生も母さんの言いなりになるしかない』というのが手に取るように分かる自分が怖い(藍と唯は事情を知らないからハテナ顔をしていたのも無理はない)。


「「「ごちそうさまー」」」


 俺も藍も唯もその後は適当に食べて、軽口も言い合っていたけど長々と食べていると母さんのご機嫌を損なう(?)恐れがあったからさっさと済ませて自分の部屋へ戻った。

 今の俺の部屋はフローリングで正確ではないが8畳だけど、藍と唯が使っている部屋との違いは、俺の部屋は広さにして3畳ほどのウォーキングクローゼットがあるから、俺は姉貴が結婚して家を出た時にこの部屋に移り住んだ訳だ。だけど、藍と唯の部屋は1畳分のクローゼットがあるだけだ。日当たりは俺の部屋は西向きだけど藍と唯の部屋は東向きだから条件的には藍と唯の部屋の方がいい。俺の部屋のウォーキングクローゼットは『元・ゲーセン部屋』があった時には純粋に俺のクローゼットだったけど、今は大量のマンガとゲーム置き場に変わり、俺の服は新しく買ったクローゼットに入れたけど半分近くはリサイクルショップに持ち込んで処分している。

 朝食の時は俺はジャージ、藍と唯はトレーナーの上に1枚セーターを羽織っていたが、俺はジャージを脱いでさくらおか高校の制服に着替えた。学年が変わったとはいえ学年指定色のネクタイは変わる事が無いので、今年も俺のネクタイは水色だ。参考までに今年の新1年生は昨年の3年生が使っていた赤色であり、今年の3年生は緑色だ。

 俺が制服に着替えてリビングで待っていると次に来たのは藍だった。当然だが俺と同じ紺色のブレザーを着ているが、女子はネクタイではなくリボンで学校指定のブラウス、俺のスラックスと同じ色である薄いグレーのスカートだ。クリーニングしたばかりの制服をビシッと決め、姫カットの前髪の下から見せるクールな視線、さらに背中まであるストレートの黒髪を右手でさらりと払う仕草は、その口調と相まって「さくらこうの女王様」と言われているだけの貫禄を見せている。さらに言えばそのスタイルは見る者を魅了する。スラリとした長い手足にモデル顔負けの美貌と胸の大きさ・・・本人は「絶対に教えない!」と言って公表を拒否してるけど、俺の見立てで推定Eカップ、まあ、本当はDカップだと思うけど、それでも高校生男子にとっては目の毒だ。

 それに引き換え、唯はかなり手間取っているようだ。髪はショートなので藍より手入れは楽だと思うのだが、いまだにドタバタという音がしているという事は何か探し物でもしているのだろうか?

 ようやく唯がリビングに入ってきた。どうやらお気に入りのヘアピンが見つからなくてドタバタしていたようで、そのヘアピンをつけての登場だ。この辺が子供っぽい所であり、その話し方や仕草、妹キャラを地で行くような可愛らしさと愛嬌のある笑い方が人気を醸していて、ついたあだ名が「桜高の姫様」。ギリギリ貧乳ではない、微妙な推定Bカップの所も姫様と呼ばれる所以ゆえんでもある。

 しかも、二人の凄いところはなのだ。ノーメイクでもがつくほどの美少女だから、へこんだ女子の数は俺たちきょうだい三人の両手両足の指の数だけでは全然足りない。

 藍は唯がリビングに入ってくるとニコッと微笑んだ。

「ユイ、相変わらずねー」

「あー、ゴメンゴメン。ちょっと手間取ってね」

「私の方が髪の手入れに時間かかると思ってたから意外だけど、さすがに拓真君には敵わないわねー」

「たっくんは男だから身だしなみに気を使う必要がないからねー」

「あー、それは合ってるかも」

「ま、チャラチャラしてないのは褒めてあげるけど、もう少し女の子の気を引くような事をしてもいいような気がするけど、アイもそう思わない?」

「たしかにね。拓真君もそんな事やってるから、いつまでたっても小野寺君から馬鹿にされるんだよ」

「そうそう!あの智樹君だって彼女とラブラブなのに、たっくんは全然駄目だからねー。唯がコーディネートしてあげてもいいんだけど、たっくんのズボラな性格までは直せないから無駄足に終わりそうね」

「ユイの言う通りよ。少しは拓真君も自分を磨きなさい、これは姉としての命令です!よろしいですか?」

 唯はいつも通り少しニコッとした、俺が勝手に命名した『唯スマイル』で俺を半ば揶揄い気味に話してるけど、藍は俺が勝手に命名した『女王様モード』を早速発動してやがる。おいおい、こんな場所で女王様になるのは勘弁してくれよなあ。

「はいはい、俺も少しは気をつけますよー」

「語尾を伸ばさない!」

「はい!気をつけます!!」

「分かればよろしい!」

「あらあらー、たっくんもアイがお姉さんだから以前にも増して頭が上がらなくなったわねえ」

「ほっとけ!」

 はーーー・・・お前らさあ、俺が黙ってるから言いたい放題じゃあないか、ったくー。

 まあ、元カノの藍が俺を辛辣に言う気持ちは分からない訳じゃあないけど、唯の場合は完全に藍に話を合わせてるだけだからなあ。藍が本当の事を知ったらブチ切れる事はないと思うけど、それでもいい顔はしないだろうな。

 基本的にこの二人は俺が知ってる限り昔から、正しくは幼稚園の頃から仲がいいけど、それは義理とはいえ姉妹になった今も変わらない。むしろ二人ともように見えるのは気のせいだろうか・・・。

 桜岡高校の新2年生の人気を二分するほどの美少女二人が並んでる様子を間近で見られるのは他の男性生徒から見れば特権以外の何物でもないと思うけど、俺の立場からしたら『針の筵』以外の何者でもない。そう、この二人とというのがバレたら、同情どころか非難・やっかみの対象になるのは目に見えてるから、俺は正直に言うけど胃がキリキリしているぞ。ただでさえ去年の俺は『藍と唯の親戚』というだけで羨ましがられたし、唯が我が家に下宿しているというのが発覚した時には一時期騒動になったくらいだからなあ。

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