第1章 仲の良いきょうだい(?)

第2話 どこにでもあるような朝食風景(?)

「ユイ、醤油取ってー」

「はいはい、っていうか、塩分取り過ぎじゃあないのー?」

「大丈夫大丈夫、減塩醤油だから平気よー」

「アイ、30%減塩とか言ってても、30%多く使ったら意味ないよ」

「うっ・・・ま、まあ、そこは聞かなかった事にしておけば大丈夫」

「相変わらずねー」

「ニッポン人なら朝は和食!ご飯と味噌汁、味付け海苔は基本よー。細かい事は気にしないの!」

「はいはい」

 そう言うと藍は唯の手から醤油さしを受け取って自分の小皿に醤油を継ぎ足すと、そのまま味付け海苔を醤油にボチャッと漬けてからご飯の上に乗せた。


 どこにでもあるような普通の家庭の朝食風景のようだが・・・この家では普通の朝食風景ではない。

 俺の左に座っているのは姉だ。右に座っているのは妹だ。

 だが、この二人は全然血の繋がりはない。いや、俺を間に挟んで再従姉はとこ再従妹はとこだから血の繋がりが辛うじてあるにすぎず、いわゆる『義理のきょうだい』でしかない。

 いや、が正しい。


 姉・・・正しくは義姉あねと表現すべきかもしれないが、幼稚園は一緒だったが小学校と中学校は別だ。でも、高校は俺と同じく、浜砂市にある私立さくらおか高校に進学した。1年生の時は同じクラスだったけど今年は・・・いや、同じクラスになるはずだ。

 元々は浜砂市中心部のマンション住まいで、3月までは通称『赤電』と呼ばれる遠江とおとうみ鉄道の電車で通学していたが、俺の姉になったのだから新学期は俺の家から通う事になる。


 妹・・・いや、正しくは義妹いもうとと表現すべきかもしれないが、幼稚園、小学校、中学校と一緒だ。高校は俺や姉と同じ私立桜岡高校に進学したけど、幼稚園の年長組以来同じクラスになっていない。今年は・・・いや、同じクラスになるはずだ。

 元々は俺の小学校の校区内ののマンションに住んでたけど、高校入学の直前に父親が海外に転勤する事になったから、高校の入学式の2日前に引っ越しをして俺の家に下宿するようになった。まあ、俺の家は桜岡高校から歩いて15分くらい・・・学校とは赤電、つまり遠江鉄道の線路を挟んだ反対側にあって通学に便利で、妹の実母が俺の母さんに掛け合う形で下宿する事になったからだ。


 でも・・・これは父さんも母さんも知らないが・・・俺と姉のは「元カレ・元カノ」だ。俺と妹のは「今カレ・今カノ」だ。

 俺と当人同士しか知らないの、まさに超の上に超が2つも3つもつくトップシークレット扱いなのは言うまでもない・・・でも、断っておくけど、俺だってこのんで6親等の女の子・・・国民的長寿アニメ「〇ザエさん」の登場人物で言えば「〇ラちゃん」と「〇クラちゃん」の関係に当たる女の子と付き合って、疎遠になった後に逆側の血筋にあたる6親等の女の子と付き合う事になろうとは、高校に入学するまでも考えてなかったのは事実だ。しかも妹とは現在進行形なのだから、姉にも妹にも、ましてや父さんや母さんにも言えない。


「ちょっとー、あなたたちが朝から浮かれてるのは結構だけど、これで時間に間に合うのー?」


 母さんが朝食を一緒に食べながら話しているけど、口調は至って呑気そのものだ。

「えー、だってー、今日は登校日じゃあないし、それにあんまり早く行くと学校側も迷惑だよー」

「ユイの言う通り!午前中なら全然問題ナッシング!!」

「それだと母さんが困ります」

「「「!!!!! (・・;) 」」」

 母さんの口調は相変わらず呑気だけど目は座ってる!藍と唯が隣にいるから抑えているんだろうが、もし俺一人しかいない状況だったら「拓真!早く食べろー!」とでも噴火するのは確実だ。

「今日はわたしが保護者として学校へ行く事になってますから」

「えーーーー!!!!」

「「????? (・・? 」」

 いきなり俺が大声を上げたから藍と唯が朝食を食べる手を止めて俺の方を向いた。しかも二人共「何で大声を上げたの?」と言わんばかりの表情だ。

「か、母さんが行くんですか?・・・」

「当たり前です」

「俺はぜーったいに父さんだと思ってた」

「はーー・・・拓真がそう思うのも無理ないけど、父さんはさっき出掛けたわよ」

「出掛けた?」

 母さんが素っ気ない表情で言ったので、俺は逆に拍子抜けしたくらいだ。

「そう、さっきセントレア(作者注①)へ。新幹線に間に合うよう、赤電に乗ってね」

「セントレア?」

「そう、バンコクに向かったわよー」

「バンコク?」

 おいおい、俺がこの言葉から閃いたのは・・・嫌な予感しかしないけど・・・

「・・・日本では過去に昭和45年(1970年)の大阪や平成17年(2005年)の愛知県など、合計5回行われた・・・」

「それはバンパク」

「いたずら盛りで、大人の言うことを聞かない子供を指す言葉・・・」

「それは『わんぱく』。拓真、いい加減にしないと母さんも怒るわよ」

「はいはい、分かってますよ、東南アジアのタイの首都」

「そうよー」

「まさかと思うけど、唯の・・・」

「そう。だからバンコクに向かったわ。まだ全部終わってないから、父さんがケリをつけに行ったの」

 やっぱりー。俺の予想が見事に的中したと言うべきだが、この場合はに的中したけど・・・

 母さんはそう言いつつ唯の顔を見て「ニヤリ」としたから、唯は苦笑いするしかなかった。当然だが俺も藍も苦笑いするしかなく、藍と唯は顔を見合わせて「ハハッ」と言って誤魔化している。

「・・・典弘おじさんも悦子おばさんも、父さんが相手だから逆にホッとしてるかもね」

「確かに拓真の言う通りかもねー。わたしが乗り込んでいったら二人共土下座して詫びまくるだろうけど、父さんなら『ゴメンナサイ m(__)m 』で済むから大歓迎でしょうね」

「父さんなら穏便に済ませられるだろうけど、母さんが行ったら血を見る事になったかも・・・」

「うーん、その表現はある意味正しいかもね。その代わり父さんには『お金の問題でこじれると面倒だから1円単位で全部精査してきなさい!』と厳命してあるわ」

「うわっ!父さんにそこまで言ったの?」

「当たり前です。互いの財産分与に加えて唯ちゃんへの財産分与、うちの事務所への手数料も1円単位で全部済ませたら帰国していいって言ってあるから、1週間は帰ってこないんじゃあないかなあ」

「「「・・・・・ (・・;) 」」」

 おいおい、母さんの口調は呑気だけど、言ってる事は相当辛辣だぞ。父さん、お気持ち察します・・・

「・・・昨日までに分かった分は全部済ませてあるけど、お金の事はわたしより父さんの方が嗅覚が鋭いからねー。典弘君も悦子も、互いの隠し金庫の中に金の延べ棒とか宝石だけでなく有価証券まであったのには正直ぶったまげたわ。唯ちゃん、亮太じいさんがホントに呆れてたわよ。全部でいくらになると思う?」

「「「・・・・・ (・_・;) 」」」

「まあ、本当なら金融商品取引法違反とか脱税容疑で告発したいけどさあ、その辺りは穏便に済ませるよう父さんにも言ってあるから修正申告で済ませるという事で亮太じいさんもOKしたから大ごとにならずに済みそうだけどね。それにしたってさあ、わたしは全然気付かなかったけど父さんが見付けて二人を問い詰めたら渋々白状したけど、二人ともケイマン諸島(作者注②)に隠し口座を持ってたって事はいい度胸してるわねー」

「マジかよ!?・・・ケイマン諸島と言えば・・・」

「「有名なタックスヘイヴン(作者注③)・・・ (・・;) 」」

 おいおい、俺も正直母さんが言ってる事が俄かに信じられないし、藍と唯も「信じられない」という表情をしてるけど、ホントに呆れたような顔をしている母さんを見てると俺も事実だとしか言いようがない・・・

「そういう事。だから互いに自分の財産を相当隠してたってことは、ある意味、典弘君も悦子も、父さんの言葉を借りるなら『確信犯』ね」

「「「・・・・・ (・_・;) 」」」

「ま、唯ちゃんには耳の痛い話かもしれないけど、それがあなたの実の両親の正体だったという事よ」

「「「・・・・・ (・_・;) 」」」

 た、たしかに母さんの言う通りだ。俺や父さん、母さんだけでなく唯も訳だ。堅実家、倹約家夫婦という顔の裏で資産を密かに隠していたとは・・・それに、唯がなぜ高校に進学した時に一人で住むという選択肢ではなく俺の家に下宿させるという方法を取ったのか、その時には全然不思議に思わなかったけど『互いに持っている財産を隠してから離婚するつもりでいたから、唯の存在が自分たちの足を引っ張るのを嫌がった』と考えれば納得がいく!ある意味、金の亡者同士が仮面夫婦をしていたという事か・・・さすが地元浜砂の大物の子同士、やる事が派手だねえ・・・

「・・・父さんが相当頑張って昨日までに殆ど調べ上げたけど、さすがにバンコクに行ってからの分は不明な点が多いから現地で調べるのが確実だからねー。本当はわたしが行っても良かったんだけど、わたしは幸太君と和美のケリをつけて来るから」

「「「!!!!! (・・;) 」」」

 そう言った時の母さんの顔は、さっきまでの呑気な顔から怒りに満ちた顔に変わってる!うわー、母さん、本気で怒ってるぞ・・・父さんをバンコクに行かせた理由はこれだったのかよ!! 

「そういう事だから、学校の方はさっさと終わらせるわよ!」

「・・・母さん、だから朝から気合が入ってるんだ・・・」

「当たり前でしょ!悦子も和美も完全に自分の我が儘だからね!本当はどっちにも文句を言ってやりたいけど、別に従妹だからと言って悦子に情けを掛けるつもりはサラサラ無いけど悦子と和美を天秤に掛けたら、ぜーったいに和美にガツンと言わないと気が済まないから!」

 そう言うと母さんはテーブルを『バン!』と叩いたから母さんのコップが倒れたけど、幸いにして中身は空だったから零れることはなかったけど相当怒ってるというのはこれだけでも十分過ぎるほど分かる。

「藍ちゃんには申し訳ないけど、『それが美穂に対する返答なのか!』って本気でブン殴ってやりたいわよ!」

「母さん、そこまで言わなくても・・・」

「「・・・・・ (・_・;) 」」

「はーーー・・・さすがに本当に手を出すのはやめておくけど、父さんどころかお爺ちゃんも相当ご立腹なのは事実だから、和美にはわたしが直接乗り込んで行って、ぜーんぶケリをつけて来るから安心してね」

 それだけ言うと今度は藍に向かって「ニヤリ」としたから、藍も苦笑いするしかなく、先ほどと同じく藍と唯は互いの顔を見合わせて「ハハッ」と言って誤魔化している。

「・・・幸太おじさんも和美おばさんも災難だけど、校長先生と教頭先生も災難だね・・・」

「あー、そう言えばそうだったわねー。拓真もいい事を言うわね」

「『たまには』は余計だ!」

「まあまあ、物事を正しく判断するのは弁護士の必須スキルよ」

 それを言うと母さんは今度は俺に向かって「ニヤリ」としたけど、藍と唯は意味が分からず、互いに顔を見合わせて「何の話だ?」と言わんばかりの顔をしていた。俺はそんな三人を見て「はああああーーーー・・・」とため息をつくしかなかった。


作者注①

 愛知県常滑とこなめ市にある中部国際空港のこと。愛称であるCentrairセントレア は、英語で「中部地方」を意味するcentralセントラルと「空港」を意味するairportエアポートを組み合わせた造語。


作者注②

 中米カリブ海に浮かぶ西インド諸島を構成する諸島の1つで、3つの島からなるイギリスの海外領土。陸地総面積は約264平方キロメートルで東京23区の面積の4割程度。カリブ海の中でも屈指のダイビングリゾートとして知られている。


作者注③

 タックスヘイヴン(英語: taxタックス havenヘイヴン)とは、一定の課税が著しく軽減、ないしは完全に免除される国や地域のことであり、租税そぜい回避地かいひち、低課税地域とも呼ばれている。havenヘイヴンは日本語にすると「避難所」であり、「楽園」「天国」のheavenヘヴン ではないので注意のこと。

 

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