第54話

 コルマールに住む人々は怒涛の日々を過ごしていた。

 ミューによって伝えられた、クーデター、それに伴うヴァンの死。


 各国の重鎮が招待された博覧会の最中でなされた出来事に、多くの人が驚きを隠さずにいた。

 また、その後に起こる変化に対応出来るよう、様々な所からもたらされる噂話や正式な発表を、漏らさず耳にしていた。


 クーデターの首謀者である、ルーク、ミュー、ララが、新たな独裁者になると噂話が流れたが、直ぐに彼らから元のように、コリカ公国の一都市に戻ることが発表された。

 博覧会に参加していた、ルティの父を通じて、コリカ公国の大公にその事が伝えられ、正式にコルマールは独立国からコリカ公国の属領となる事が承認された。


 その話を聞いて慌てたのが、様々な商人たちである。

 ヴァンのおかげでコリカ公国を含め、ほとんどの国では違法とされる商売をしていた商人達は、慌てて商品の廃棄や、別の合法な国へ移動したりと、大急ぎで行動を始めた。


 しかし、ルーク達による取り締まりにより、奴隷などの命は、廃棄されることなく、無事保護された。

 ルークは、奴隷の中から希望者を募り、自身がマスターとなった新しいクランの冒険者育成機関に入れ、多くの有能な冒険者による教育を施している。


 ルークの作ったクラン、つまり、特定の志の元集まった冒険者達の集団は、その居心地の良さから、所属する冒険者達から『#桃源郷__ユートピア__#』と呼ばれ、親しまれた。

 カインや、サラ、ソフィもそのクランに所属し、初心者への指導や、逆に優れた冒険者達と切磋琢磨をしていた。


 現在、コルマールで発行させるクエストの多くは、ヴァンの作った国を再興しようと目論む、既に他の国では捕えられるしか道の残っていない、犯罪者達の集団の取締だった。

 領主がまだ決まっていないため、暫定的に街の事は、ルーク達に一任されていた。


 そもそも大公から、街の統治者として、リーダーのルークに騎士の称号を与えると言われたのだが、ルークはこれを断った。

 自分は生涯現役の冒険者でいたいとの考えから、誰かに仕えるつもりは無いのだと答えたのだ。


 使者として伝えたルティの父は、その返事に対して、立腹したが、ルークのひと睨みで黙った。

 その後、大公にルークの傲慢さについて進言したが、大公は逆にルークを気に入り、領主決定までルークによる統治を任せたのだ。


 ルークはそれを素直に受け、件のクエストを街の財源、ヴァンの遺した資産を使い発行していた。

 犯罪者の摘発に多くの手が入った事により、新しく刷新された警備兵達は、街の秩序を守るため、小さな違法の芽も取り締まることは出来た。


 かくして、コルマールの街に、昔と同じく良識と秩序の伴った風景が戻りつつあった。


「やっと、ここまで来たな」


 ルークは口から煙を吐きながらそう言った。

 その目は連日の夜更かしにより、隈ができており、顔にも疲労が見える。


「ルークちゃん。この書類に目を通してサインしてね」


 ミューが書類の束を持って、ルークの居る部屋に入ってきた。

 ララも一緒だ。


「マスター。クランの皆が、訓練場をもう少し大きくして欲しいって言ってたよ。また加入したいって人が増えて、訓練する場所が足りないんだって」


「だー! お前らは俺を過労死させる気か! ちったぁてめぇらも手伝え!」

「叫んじゃやーよ。ルークちゃん。私やララにサブマスターが務まるわけないでしょう? それに街の仕事はルークちゃんしか権限ないし」


「ちっ! 好きでやってる仕事だが、こうも多くちゃ回らんな。訓練場の件はカインに任せろ。クランの他の要望もひとまずカインに話すよう伝えろ。あいつなら必要だと思ったやつだけ、俺に通すだろう」

「分かったよ。でもカンちゃんそろそろ、娘ちゃんとソフィちゃんと一緒に旅に出るって言ってたよ?」


「なんだと?! あいつめ。俺がくそ忙しいってのにどういうつもりだ?」

「なんでも娘ちゃんの武器の素材を採りに行くんだって。あの時、娘ちゃんの武器折れちゃったでしょ?」


「ああ。そう言えばそうだったな。という事はミスリルか。市場に出回ることはほとんど無いから、採掘現場にでも行くのか?」

「そうみたい。私も一緒に行きたいなー。ルークちゃん、行ってきていい?」


「ふざけるな。お前は魔術師達の指導があるだろうが。俺もしばらくは動けん。お前らだけついて行くなど認めんぞ」

「あらあら。だめよララ。ルークちゃんには内緒で出かけて、旅先で手紙でも書いて知らせるつもりだったのに」


「てめぇもか。ミュー。お前もタンクの指導があるだろう。それに警備兵との連携もお前の仕事だ。投げ出すことは許さんぞ」

「分かってるわよー。ただちょと旅に出たいなーって、ほんとはカインちゃんと一緒にいたいなって思っただけよ」


「十分だめだろうが。それにしてもカインの野郎。補助系魔法はあいつの担当だったろうが。どうする気だ?」

「それがねぇ。カインちゃんの指導を受けた子、皆辞めちゃったのよね」


「なんだと? どういう事だ?」

「カインちゃん、教え方はすごく上手で、最初は人気があったんだけど、厳しすぎたみたいね」


「カンちゃんの訓練は鬼だよ! オーガだよ! 魔法に慣れるためって言って、毎日、魔力枯渇まで魔法を使わせるの。そもそも魔力枯渇なんて普通の状況でなれるはずないのに、そこまで魔力を使うんだーって」

「私はなった事ないから分からないんだけど、魔力枯渇に近付けば近付くほど、頭痛や吐き気が出て、普通の人なら失神するくらいらしいわよ。それを毎日やらせるんじゃあ、ね」


「おいおい。カインってそんなスパルタだったのかよ」

「なんでも、自分はこうやって教わったって言ってたよ。カンちゃんの師匠ってあのカリラなんでしょ? さすが最悪。やる事がえげつないね!」


「それを言うなら災厄でしょ。とにかく、カインちゃんの強さの秘密は少しわかった気がするけど、それを初心者に求めるのは酷よね」

「そういう訳で、教える相手がいなくなっちゃったから、旅に出るって言い出したのー」


「ちっ。それなら文句言うやつもいないのか。俺以外な。ひとまず俺の所に挨拶しに来たら、文句を言ってやる」

「あ! 噂をしたら、来たみたいだよ!」


 ドアをノックする音が聞こえ、カインがルークの部屋に入ってきた。

 サラとソフィも一緒だ。


「ルーク、折り入って話があるんだが」

「ララとミューから聞いた。旅に出るんだって?」


「聞いているなら話が早い。ああ。サラの武器と防具の素材を手に入れたくてね。本来は防具の分だけだったが、剣も必要になった。ヴァンの集めたものの中にもミスリル製のものはあったが、量が足りない」

「それだけが目的か?」


「相変わらず鋭いな。実はそれはついでで、本来の目的は、フェニックスを殺す方法を探すことだ」

「フェニックスだと? どういう事だ? 詳しく聞かせろ」


 カインはフェニックスとの出来事を詳細にルーク達に説明した。

 3人は驚きを隠せず、ただただ話を聞き入っていた。


「なるほどな。とんでもない頼みをされたもんだ。俺も戦ったことがあるが、あいつは不死身だ。危うく逆に焼き殺される所だった」

「やはり、普通の武器や魔法では無理か」


「ああ。だが、世界は広い。どこかにあいつの不死性を妨げる方法のヒントが転がってるかもしれん」

「そうだな。とりあえず当てもないが、色々と探してみるよ」


「分かった。俺も何か情報がないか、調べておくよう、クランのメンバーに言っておこう」

「それは助かる。それじゃあ、ルーク、ミュー、ララ。名残惜しいが、俺は行くよ」


「待て、カイン。これを忘れてるぞ」


 ルークが投げたものをカインが受け取る。

 それはカインの冒険者カードだった。


「間違いなく本物の冒険者カードだ。Sランクのな。これで俺らはお前の居場所が分かる。知ってるな? Sランクは自分の居場所を逐一ギルドに報告する義務がある。俺らも目処が着いたら旅に出る予定だ。その時にまた一緒に冒険するぞ」

「マスターほんと?! やったぁ! カンちゃんまた一緒に冒険できるね!」


「分かった。有難く貰っておくよ。本当は自分の力で取りたかったが、ルークから貰ったんなら文句はない。それに今は他の目的もあるしな。これも色々と役に立ってくれるだろう」

「ああ。それじゃあな。間違っても死ぬんじゃねぇぞ」


「ルークさん。お世話になりました。稽古つけてくださってありがとうございました」

「ララさん。ご指導ありがとうございました。おかげで新しい魔法も覚えましたし」


「ああ。サラ。お前はセンスがある。これからはもっと対人もこなせよ。素直過ぎる剣だけじゃなく、邪道も学べ。剣に善悪はない。強いか弱いか、それだけだ」

「ソフィちゃんは覚えが良くて楽しかったよー。また今度精霊さんのお話聞かせてね」


「あらあら。お姉さんに挨拶してくれる人はいないのかしら。寂しくてすねちゃおうかしら」

「ミュー。相変わらずだな。そう言えば言い忘れてたが、あの時、俺を見捨てず、運んでくれてありがとう。ミューのおかげで今俺は生きている」


 そう言うとカインはミューに握手をした。


「やーね。カインちゃん。こういう場合は、抱きしめるのがマナーよ。それに気にしないで。カインちゃんを見捨てるなんて、パーティの誰も出来るはずがないでしょう?」

「ああ、そうだったな」


 いつまでも居たい気持ちを抑え、カインは再度挨拶をすると、静かにルークの部屋を後にした。

 これから始まる、新たな自分の旅に想いを馳せながら。


 肩にとまっているマチが、私を忘れないでと言わんばかりにぴよっ! と一声、大きな声で鳴いた。

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