閑話 王になった不運なゴブリン

 仄暗い洞窟の中、ヴァンは自分の死を待っていた。

 自分の築き上げたものは全て失ってしまった。


 もう生きる気力を無くし、洞窟の中で一人、ただ無為な時間が過ぎるを待っていた。

 もう何日も食べていない。このまま餓死するだろうか。


 それとも冒険者というのが来て、自分の正義を振りかざし、弱い者いじめを楽しむための、道具とされるのだろうか。

 それならいっそ、他の魔物に襲われ、その魔物の血肉にでもなった方がいい。


 ヴァンはぼんやりと考えながら、何も無い暗闇を見据えていた。

 突如、目の前の空間が歪み、そこにヴァンと同じくらいの身長の生き物が現れた。


 フードを深く被った二足歩行の生き物。

 ヴァンと一緒で、成人でこの大きさなのか、幼いがゆえの小ささなのか分からない。


 しかし、ヴァンは目の前の生き物に対しても、無頓着に、変わらず中空を意味もなく眺めていた。

 その生き物はヴァンに近づき、顔を覗き込むような仕草をした。


 不思議なことに、明らかにヴァンの顔が眺められているはずなのに、ヴァンからはその生き物のフードの中身は見えなかった。


「うん。いい素材が見つかったね。君、名前は?」


 その生き物が発する声は、ヴァンとは異なり、流暢で、若々しかった。

 生きる希望を失ったヴァンだったが、その声が羨ましいと思った。


「ヴァン」

「ヴァンと言うのか。ヴァン。君はなんでこんな所にいるんだい?」


「ミンナウシナッタ」

「失ったって? それでふてくされているのかい? だったら奪い返してやればいいじゃないか」


「オレチカラナイ。ウバウ、チカライル」

「そうだね。でも安心して。僕は君に取っておきのプレゼントがあるんだ」


「プレゼント?」

「そう。この力があれば、君は何でも望むものを手に入れることが出来る」



 ヴァンがジェスターと出会う数日前、ヴァンは自分の家族と暮らしていた。

 ゴブリンは婚姻という習慣を持たず、特定の2人で暮らすなどと言うのは特殊なことだったが、確かにヴァンは妻と1人の子と一緒に暮らしていた。


 家と言うにはおこがましい、建物の中で、3人仲睦まじく暮らしていく、ヴァンはそう信じていた。

 ヴァンの家の庭には牛が1頭飼われていた。


 近くの村から盗んだ牛だった。

 ゴブリンは、盗んだ牛を直ぐに殺して食べることはあっても、飼って、乳を絞るなどをすることなどなかった。


 しかし、ヴァンはここでも普通のゴブリンと違い、牛を直ぐには殺さずに、乳を絞っていた。

 種付の知識などないから、来年には殺して肉を食うことになったろう。


 食料は飼っている牛を1頭村から奪った以外、自分で調達していた。

 その蓄えも十分にあった。


 その日もヴァンは食料を得るため、家の近くの森で狩りをしていた。

 残念ながら、その日は何も手に入れることが出来なかった。


 収穫がないことを悔しがりながら、しかし、いつも温かく出迎える家族を想像しながら家に着くと、想定外のことが繰り広げられていた。

 まず、小さな不格好な小屋である、我が家が燃えていた。


 何事かとヴァンが家の近くまで行くと、今度は飼っていた牛が目に入った。

 牛は横向きに地面に寝そべっており、その体を自身の血の中に浮かべていた。


 多くのゴブリンが群がり、肉を切り刻んでいた。

 おそらくこの後食べるのだろう。


 ヴァンは慌てて自分の最愛の家族を探した。

 見つけた! 良かった。どうやら無事らしい。


 しかしヴァンの嫁は、何故か周りのゴブリン達と一緒にいる。

 抗議を述べているようには見えない。


「ナンダ? ナンノサワキダ?」


 ヴァンは無駄だと分かりながらも語りかける。

 嫁がヴァンに気付き、ニヤけてる。


 そんな嫁とやり取りの結果、以下のことが分かった。

 ヴァンの家は目の前にいるゴブリン達の略奪先に選ばれてしまったのだ。


 嫁はより強い相手に付いていくと、他のゴブリン達と一緒に下品な声を上げ、笑っていた。

 その直後、後頭部を殴られ、ヴァンは気絶した。



「ナンデモ?」

「ああ。なんでも手に入る。方法を教えてあげよう」


 かくして、ヴァンは借り物だとしても、こちらが望んだものを対象から奪うスキル手に入れた。


「オレ、ウバウ!」


 まずは自身から生きる気力を失わせた相手から。

 そしてどんどんと目につくものから、多くのものを奪っていった。


 奪う事にヴァンは自分が賢く、強くなることに気づいた。

 またあの日聞いた生き物に似た声も手にすることが出来た。


 奪われた者から、奪う側に変わったヴァンはそのなんとも言えない幸福に身を委ねていた。

 もっと、もっと欲しい。その情動に突き動かされ、気が付けば、その身体は漆黒に染まっていた。


 奪うだけではなく、買い集めるという事もヴァンは冒険者から奪った知識により、知ることが出来た。

 ヴァンはその知識を元に人間の街へと入っていった。


 正体を隠し、手に入れた知識や強さ、そして何よりスキルを最大限に生かし、ヴァンは次々と自分のぞむものを手に入れて行った。

 自分の正体を見た者は全て殺し、奪った命を使い、傀儡のようにして、自分の屋敷の使用人として使った。


 一国の王となった今も、欲しいという願望が湧き上がり、自身の興味が引くものは全て手入れていった。

 しかし、最近はこの底から湧き上がる気持ちを満足させる物に、出会えることが少なくなってきた。


 ヴァンはある日、借金で首が回らなくなった男の姿を奪った。

 今まで、自身のことを格好良いと褒めてくれた嫁の言葉が忘れられず、姿を変えることは無かった。


 姿を変えた後は、何故今まであの姿に固執していたのか分からなかった。

 身体中に化粧を塗ると、誰がどう見ても人間だった。


 せっかく人の前に姿を表せるなら、と世界中から珍しいものを手に入れる、博覧会を開くことにした。

 思っていたほど、ヴァンの興味を引くものを持っている人間はいなかった。


 ただ1人を除いては。

 興味がわく布と、それを高々と上げる少女。


 布の性能を確かめるために、けしかけた遊びで、思わぬものも見つけることが出来た。


 この少女の能力を手に入れる方法を考える。

 目の前にいるエルフの少女に語りかける。


「気に入ったよ。この布と、君も、ね」

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