第43話
カイン達は今コルマールにある広場に立っていた。カイン達の他にも大勢の人垣が出来ていて、目当てのものをこの目で見ようと押し合いをしているため、至る所で言い争いや殴り合いの喧嘩が起こっていた。
ルークは目の前の人々を一瞥することにより退け、騒ぎの中心となっている人物が見える位置まで歩を進めた。
騒ぎの中心にいるのはある一人の男。この街、いやこの国の主、今まで一度も公の場どころか、人前にもその姿を現さなかった男、ヴァン・ベン、その人である。
端正な顔立ちを持つ色白の優男で、歳も予想以上に若く見えた。
「はっ! いったいどういう風の吹き回しだ? これまで一度も顔を見せなかった奴が突然広場なんかに現れ演説をするなんてよ」
「あらあら。意外といい男じゃない? でも想像以上に若く見えるわね。あれだと初めて街に来た時にはまだ子供くらいに見えるけど」
「ねぇねぇ! 全然前が見えないよ。ミューぴょん私を肩車してよー」
思い思いに発言する仲間を尻目に、カインは二重の意味で驚愕していた。
今広場の中央の壇上に立っている男、コルマールの主だという男は、先日カインが懲らしめたある男に酷似していた。
他人の空似を通り越し、顔だけでなく背格好も含め、全てにおいて先日の男と一つの相違もなかった。
これは視力ではなく、魔力による視界を有するカインにしか分からない純然たる事実であった。
そしてその事実よりもカインを驚愕させているのは、男の表層の内側、まるで体全体に薄く膜を張っているかのように形成された薄皮の中が、カインには空洞に見えることだった。
否、カインはこの感覚を知っていた。少し前、村の近くで戦った、サラ達がオークキングと呼んでいた魔物と同じだった。
男の表面にある薄皮はどうやら厚塗りされた化粧のようなものであるらしく、何故男がそのようなもので全身を塗り固めているのかも、何故中身がオークキングと同じ、カインの魔力による視界の外にある生き物なのかも分からなかった。
そもそも、何故この男は、ギャンブル狂いの詐欺男の姿を有しているのか、カインは正解のない思考の波に沈んだ。
ヴァンは集まった群衆に向かって、演説を続けていた。どうやら、近々珍しい物を一堂に集める博覧会を開催するのだという。
見事ヴァンのお眼鏡にかなう品を用意できた者は、言い値でのその品を買い取り、また、ヴァンとの会食を用意するのだという。
それを聞いた商人や冒険者達は、一攫千金と恐らくこの世で最も贅沢を享受できると思われる会食への参加を夢見て、さっそくめぼしいものを用意しようと、散り散りに消えていった。
ルーク達も何か思うものがあるらしく、足早に広場を後にした。カインもその場では何も発せず、ルーク達の後に続いた。
「それにしても、どう見ても人間じゃねぇか。これは当てが外れたか?」
「あえて言うなら、ヴァンの姿は誰も知らない。本人がそう言ってるだけで、あの場に居たのがヴァンである保証はないわ」
ルーク達の拠点である屋敷に帰ると、今見てきた男について話し始めた。
「だが、今まで誰にも姿を見せなかった男が、今更替え玉を周囲に見せる必要がどこにある? それに少なくとも奴には隙が無かった。近くまで行ったが、あの距離でも仕留められる保証が持てないのは、かなりの腕前を持っていると思って間違いない」
「ねぇねぇ。さっきのお兄さんさー。なんか嫌な雰囲気だったよ?」
「どういうことだ? ララ」
「うんとねー、なんか呪いの力っていうのが全身から漏れ出てる感じ」
普段はマイペースで見た目も幼く、一見すると高ランクの冒険者には到底見えないララだが、実際はこのパーティ一番の年長者で、森の賢人と名高いエルフである彼女は、絶大な魔力の他にも、様々な知識や感知能力を持った凄腕の魔術師だった。
その彼女が言うには、先ほどの男、ヴァンと名乗った男からは強い呪いの力が隠し切れずに漏れ出ていたのだという。
「俺も一ついいか」
カインは先ほど見た男の正体について、自分が知っていることを仲間に伝えた。
その話を聞いた2人は驚きの表情を見せ、もう1人は何故か勝ち誇ったような顔を見せていた。
「ということは、だ。広場に居たあいつは、人の皮を被った何かで、強大な呪いの力を持っている、と。しかもその姿はカインが前にぶちのめした野郎の姿をしている。いったいあいつは何なんだよ」
「とにかくやばいやつなのは間違いないわね。そう考えるとあれがヴァン本人っていうのも信憑性が出てくるわ」
「すると、俺らの狙いを達成するには、是が非でも例の博覧会でお眼鏡にかなう品物を持っていかないとな。やつとの会食の場、奴が魔物ならぶっ殺す恰好のチャンスだぞ」
「でも、肝心の品はどう調達するのよ。恐らく相当のものじゃないと、目に留まるのは無理よ?」
「そこはあれだ。カインに頼めば何とかなるだろ」
「どういうことだ?」
「もちろんこういうことに決まってんだろ」
ルークは悪い笑顔を見せながら、右耳のピアスに触れた。
◇
「王子が失踪するなんて一大事ですね」
ソニアはギルドから戻ってきたサラ達と食事をしながら、サラ達から聞いた話にそう切り返した。
一瞬とは言え、一度会ったの事のある人物、しかも一国の王子が姿を消したというのだから、サラもソフィも事実を確かめるべく、裏を取ったのだが、どうやら紛れもない真実のようだった。
5人はオスローでは一般的な食べ物である、鳥の内臓を取り出し、その中に穀物や木の実、香草などを詰め、薄味のスープで身が柔らかくなるまで煮た料理を食べていた。
一人当たり一匹丸々の鳥が大きな器に入ったスープの中に浮かんでいるが、その味は優しく、疲れがたまり、また絶食に近い状況にあった3人の胃への負担も少ない食べ物だった。
「そもそも王子が失踪したという経緯について、誰も何も分かっていないようなのよね」
サラとソフィが調べた結果、王子が失踪したのは間違いないようだが、何時、何処でという情報がすっぽり抜け落ちていた。
大公から出された依頼は、失踪した王子の行方を捜すというだけで、いかなる可能性も否定していなかった。
「駆け落ちでもしたんじゃねぇの? 女遊びが好きだったんだろ? その王子」
「馬鹿ねぇ。マーク。金のないどっかの男や、親が決めた許嫁がすでにいるような貴族じゃないんだから、王子が駆け落ちなんてするわけないでしょ? 好きな女なんていくらでも囲うことが出来るんだし、そもそも王子には許嫁だっていなかったんだから」
「じゃあ、誘拐か?」
「その線も薄いと思うのよね。王子を誘拐するなんて大それたことするなんて、相当の実力が無ければ不可能だし、身代金目的や政治的な要求のためだったら、身柄を確保した後、早急に大公に何らかの連絡をすると思うのよね。その場合、大公がこんな大々的に冒険者に捜索の依頼を出すなんてちょっと考えにくいわ」
「結局、何も手掛かりなしか。サラさん達は捜索に加わるつもりですか?」
王子のことが少し気がかりなのは間違いないが、手掛かりがない以上、捜索で重要なのは質ではなく量だ。
当然、2人が参加すれば2人分の手が増える訳だが、聞き取り調査などサラの最も不得手とするものであるから、2人が参加してもしなくてもさほど事態の進展に違いは生じないと思われた。
「私達は悪いけどコルマールに向かうわ。そこでお父さんと会う約束をしているの。あまり待たせても悪いもの」
「え? カインさんがいるんですか? 会いたいなぁ。サラさん。私達もコルマールまでご一緒させてもらってもいいですか? あ! そうだ。この幸運のコインが一緒なら、道中魔物に襲われずに済みますよ」
3人は知らぬ仲でもないし、カインとも一度だが面識がある。
カインと会いたいというより、サラ達と道中共にしたいというのが本心のようにも見れたが、特に断る理由もないため、同行することを承諾した。
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