第44話
オスローの町外れ、ルティは物語の構想を練るために、自分の家の周りをひたすらに歩いていた。
椅子に座っていてもなかなかいい案が浮かんでこない時、ルティはいつもそうやって体を動かして気分転換をするのだ。
大抵はこの運動は徒労に終わり、何も浮かばないまま、無為に時間を過ごすだけなのだが。
今日はどうやらいつもとは、異なる展開を見せたようだ。
「あら?」
彼女の家の敷地は、この辺りではそれなりに広い。
何故ならば、彼女の父は子爵で、少なくとも明日の着るものや食うものには困らないだけの資産家だからだ。
その敷地内に、普段は見かけることの無い、薄汚れた栗色の毛並みの大きな犬が迷い込んできたのだ。
薄汚れてはいるものの、その毛並みは美しく、街に出かける時に道端で時折見かける犬のように、痩せ細ってもいなかった。
「首輪がないけれど、飼い犬かしら」
襲われるかもしれないなどとは露にも思わず、彼女は自らその犬に近づいて行った。
頭から背中にかけて撫でてやると、犬は気持ちよさそうに頭を垂れて、じっとしていた。
手に当たる毛の感触が心地よい。
やはり表面の汚れを除けば、この犬は毛並みも肉付きも野犬とは異なる、十分な栄養を取っていた飼い犬に違いないとルティは思った。
「おいで、水で洗って綺麗にしてあげる」
ルティはそういうと使用人を呼び、水を持ってくるよう命じた。
水が用意される間、ルティはずっと犬の背を撫でていた。
水が持ち込まれると、ルティは自ら犬の体に水をかけ、丹念に犬の表面に付いた泥や小さな砂を洗い流した。
よしっとルティが言うと、犬は体を震わせ、自分の体についた水滴を振り払った。
「きゃ! 冷たい!」
水しぶきが顔にかかり、ルティは楽しそうな声を上げた。
大体の水は飛んだものの、まだ乾ききるには時間が必要なようだ。
「おいで、乾くまで私と一緒に歩きましょ。今日は何か面白い話が浮かんできそうだわ」
そういうと、ルティはまた、敷地内を歩き始めた。
汚れが取れ、栗色と言うよりは金色に近い毛並みになった犬は、そのルティの足元に張り付き、歩調を合わせゆっくりと前に進んだ。
陽の光に照らされて、湿った犬の体はキラキラと輝いているようだ。
ルティはその様子を見て、何故かよく知る男の顔を思い浮かべた。
この犬と同じ色の髪を持つ男性、知的で憧れの存在。
以前はよく顔を見せてくれていたのに、ここ最近はめっきり顔を見せなくなった。
嫌われてしまったのだろうか、いや、元々その男性にとっては、自分など多くいる女性のうちの一人に過ぎないのだ。
淡い期待は持つべきではない、そもそもいくら子爵の娘とはいえ、相手は遥かに高貴な存在なのだ。
ふーっと息を吐き出すと、思考を変えた。
今は物語のことを考える時だ。
犬と一緒に冒険に出る話にしようか。
そう思いながら、ひたすらに歩く。気がつけば、陽が最も高い位置まで登っていた。
「あら? 大変。もうこんな時間だわ。食事に遅れるとお父様に怒られてしまう。おいで、あなたも何か食べるでしょう?」
そう言うとルティはすっかり乾き、金色の毛を風になびかせる犬を連れて、屋敷の中へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇
いつも読んでいただきありがとうございます。
本日、作者の体調不良により、いつもより大幅に少ない投稿になってしまいました。
すいません。
今回は新たな登場人物の話ですが、ある人物の行方を知る手がかりとなるようです。
次回からはまたカインとサラの話に戻ります。
これからもよろしくお願いします。
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