第42話

 何故上半身だけで生きているのか、そもそも生きていたのか分からないが、縦に切り裂かれ、剣に付与された魔法の力によりその切り口から赤い炎に包まれ、夢魔の身体は焼け落ちた。

 その瞬間、辺りにいた生き残りの魔物は正気に戻ったようで、まるで迷宮に迷い込んだ村人のように辺りをきょろきょろと見渡していた。


 正気に戻ったとしても魔物は魔物。特に今いる魔物は討伐ランクの比較的高いものばかりであったから慈悲をかける必要などなかった。

 燻ぶった黒い煙の中、一匹残らず討ち取って行った。


「ふぅ。これでひとまずは依頼達成かしら?」

「そうね。お疲れ様。さすがにちょっと疲れたわね」


「そうね。早く街に戻って湯浴みでもしたいわ」

「いいわね。ねぇサラ。どうせなら一緒に入る?」


 普段から仲がいい2人だったが、未だに裸の付き合いというのはしたことがなかった。

 そもそも浴場などは、金持ちや貴族などが入ることのできる特権的なものだったから、節約を旨としていた2人が使うことなど一度もなかった。


 サラの言う湯浴みも、水をためた大きめの桶に、沸かしたお湯を入れて温めたぬるま湯を体にかけるようなものだった。

 しかしサラは否定することもなく、歳に似合わぬ妖艶な面持ちでソフィの提案に乗ってきた。


「うふふふ。そうね。そうしましょ」

「サラの髪も洗ってあげるわね。きれいな髪・・・」


 ソフィはサラの髪を持ち上げ、撫でつけていた。

 サラもまんざらでもないような顔付きで、お返しにとばかりにソフィの少し丸みを帯びた頬を手のひらで優しく包んだ。


「サラ・・・」

「ソフィ・・・」


 ガンッガンッドガッガラガラガラ


「ふぅ! やっとそれらしい道に出られたぜ! ソニア! アレックス! やっと開けた場所に出れたぞ!」

「やっとね! マーク! それにしても・・・長かったわ・・・。生きてて良かった。でもここからが本番よ。無事に地上まで出る道を探さないと。それにさっきの光も何か発生源があるはずよ。気を付けていかないと・・・ってあれ? サラさんにソフィさん?!!」


 突如壁がこちら側に崩れ、中から顔を出したのは、昔、初心者用のクエストの手伝いをしてあげたことのある、同郷の魔術師とその仲間達だった。

 しばらく会っていなかったが、成長したせいか妙に凛々しく見える。


「たしか・・・ソニアと言ったかしら? あなたとっても綺麗ね・・・」

「え? え? サラさん何言ってるんですか? 急に。あ!! そうだ! ちょうど良かった! これ! サラさんのお父さん、カインさんからサラさんへ手紙と贈り物です!」


 恍惚とした表情を浮かべ近づいてくるサラに、肌身離さず持ち歩いていた手紙と小さな箱を押し付ける。

 サラに箱が触れると、それまでどんなに頑張っても開くことのなかった箱が音もなく開き、中には涙形をした金属の飾りが付いたペンダントが入っていた。


 それを何気なく手に取ったサラは、それまでの表情とは打って変わって普段通りの顔つきに戻り、先ほどまでの自分の行動を思い出し、顔を赤く染めながらばつが悪そうに辺りを見渡していた。

 首を動かすと、頭が後ろに引っ張られる感触がして、未だにサラの長い三つ編みを恭しく手に持ち、撫でつけているソフィに気付く。


「ちょ、ちょっとソフィ。いい加減にしてよ!」


 先ほどのペンダントを手に持ったまま、両手でソフィの身体を押しのけた。

 すると、ソフィも顔つきが元に戻り、慌ててサラの髪から手を離すと、わたわたと顔の横で両手を振った。



「それで・・・どうしてソニア達はこんな所にいるの?」

「それは、話すと少し長くなるんですが・・・」


 ソニア達は、カインから託された手紙と贈り物の箱を直接手渡そうと、拠点であるセレンディアの付近で達成できるクエストばかりを受けていた。

 その日も、セレンディアから日帰りできる距離にある遺跡で採取できる、薬草を取りに行くクエストを受けていた。


 カインから配達の報酬にと譲り受けた縁起物のコイン、3人は幸運のコインと呼んでるらしいが、のおかげで、3人は魔物に出くわすこともなく、無事に目的の薬草を手に入れ、街に戻ろうとした時、マークが地図に表記されていない、隠し通路を見つけてしまった。

 すでに調べつくされ、めぼしい物は全て持ち帰られてしまったはずの遺跡であるが、まだ発見されていない隠し通路の先ならば話は別だ。


 もしかしたら、宝具が眠っているかもしれない。期待に胸を膨らましながら、進んだ先にあったのは、転移陣であった。

 気づいた時にはすでにこの洞窟の中、更に今開けた壁の内側に転移していた。


 壁の中は非常に入り組んだ構造をしていて、狭くまた、どこへ行っても行き止まりだった。

 持っていた食料を食いつなぎ道を探したが、いつまで経っても見つけることは出来なかった。


 幸いにも中には飲用できる湧き水が有り、また、甘いもの好きのソニアが携帯していた甘味のおかげで、何とか今まで生き延びることが出来た。

 ただ、出口が見つからず半ば諦めかけていたその時、目の前の壁の亀裂から雷のような光が一条こちらに流れてきたのだ。


 もしかしたらこの壁の先に空間があるかもしれない。

 一縷の望みにかけ、必死で亀裂を広げ、壁を掘り崩した先に、先ほどの光景が広がっていたという。


「雷ってことはソフィの魔法かしらね? 良かったわね。あなたのおかげで可愛い後輩達が志半ばで餓死せずにすんだわよ」

「ほんと! その通りです! ソフィさんは俺達の命の恩人ですよ!」


 目を輝かせながら、マークはソフィの両手を取るとぶんぶんと上下に振った。

 それを見たアレックスが何やら羨ましそうな顔をしている。


「それにしても、さっきは何が起きたのかしらね? 多分正気に戻ったのは、お父さんの贈り物、このペンダントのおかげだと思うけど」

「さすがカインさん。まさかこうなることを始めから予想してたのかしら」


 カインの手紙によると、サラが貰ったペンダントは状態異常を防ぐ効果があるらしい。

 手紙には気休め程度の効果だと書いてあったが、この前のパイセーの結果やこれまでの実績を考えると、これもとんでもない効果を秘めているのだろう。


 もう一つ入ってあった、ソフィに向けたペンダントはすでに渡してある。

 こちらは魔力を増幅する効果があるようだ。使用する際には手紙に書かれていた短い呪文を唱えればいいらしい。


 ちなみにこのペンダントの効果や、カインの魔法については3人には秘密にしている。

 どうやらカインも3人には付与魔法を話していないようだし、3人は同じギルドの仲間だが、あくまで知り合いの域を越えない間柄だからだ。


 一方3人は無事に街に戻れる安堵感と、期待していたSランク冒険者の2人と親密に話せた幸福感とで妙な高揚感を見せていた。

 カインに貰ったという幸運のコインについても、一生懸命に話をしていた。


 恐らくカインが魔物避けの付与魔法をこのコインにかけたのだろうが、そのことを話すこともできず、サラ達は自身も長く続いた戦いにより疲れているのにもかかわらず、笑顔で話を聞いていた。

 オスローに戻ると、2人はギルドにクエスト達成の報告しに出向いた。3人はさすがに疲れたと、先に宿屋に向かった。


 魔物大量発生の原因とその駆除を行った旨をギルドの受付嬢に伝えると、早急に確認の手配をするので、達成受領はその確認を待ってくれとのことだった。

 確かに、何か証拠となる物を持ち帰ったわけでもないから、確認は必須だろう。


 元凶だった夢魔の身体はすでに燃え尽きて跡形もなくなっているが、元凶が駆除されたおかげで洞窟内はこれまで通りの魔物の密度に戻るだろう。

 確認の報告を待とうと、ギルドを後にしようとした2人の耳に、入り口で話していた冒険者達の会話が入ってきた。


「おい。聞いたか? あの遊び人の王子、とうとう行方不明になったらしいぞ」

「らしいな。今、大公は必死で探すための人を集めているって話だ」



◇◇◇◇◇◇


いつも読んでいただきありがとうございます。


今回はヒロインだけの回になってしまいました。

冒頭で百合設定に流れていくと思った読者の方々、ご希望に添えずごめんなさい。

我らがヒロインは清廉潔白です。


そのうち閑話で書かせてもらう予定ですが、今回出てきた夢魔、『色欲』の魔物の成れの果てです。

何故こんな所に突如現れたのかは本編で明らかにされます(多分)。

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