第36話

 何度目の勝負が決しただろうか。

 気づけば机の上にはおびただしいほどの金貨が積み上げられていた。


「ふっ! ふっ! 次だ! 次こそてめぇのイカサマを見抜いてやる!!」


 唾をまき散らしながら男は叫ぶ。その目は充血し、せっかくの端正な顔立ちが醜く歪んでいる。

 男が次のゲームのためのカードを配り始めた。


 突然カインは立ち上がり、男の右手を掴む。

 男はぎょっとしてそのまま固まる。


「おい。その手の中にあるものはなんだ?」


 男に配られるはずのカードを持つ男の手の中には複数枚のカードが持たれていた。

 カインに掴まれたままの手は小刻みに震えていた


「お粗末だな。先ほどの話によるとここじゃあイカサマがばれたら袋叩き程度じゃあすまないはずだが?」

「て、手を! 手を放しやがれ!!」


 暴れる男の身体を屈強な男が押さえつける。どうやらこの場の人間のようだ。


「放せ! 放しやがれ! イカサマをしてるのはあのじじいの方だ! どう考えてもおかしいだろうが!! お前ら! 俺を誰だと思っていやがる! あれだけ美味しい思いさせてやっただろうが! くそ! 放せ!!」

「おい、放してやれ。分かった。こうしよう。俺は元通り、手札を見ながら勝負してやる。さっきのもみなかったことにしてやろう。だが、これで終わりだ。俺はここにある有り金全て掛けよう。お前も残りの金を全部掛けろ。お互い交換後にその手札で勝負するかどうかお前に決めさせてやろう。まどろっこしい駆け引きはなしだ」


「くそ! なめやがって! 3枚交換だ!!」

「俺は2枚交換だ」


 男はカインの斜め後ろに控えている女を凝視する。すでにカインの応援も忘れ、青白い顔をしていた女は何やら合図を送った。

 男の顔が大きく歪む。おもむろに片隅に置かれていた箱から金を取り出すと机に乗せた。


「これで勝負だ。おい。さっきの話、今更変えようたって無駄だぞ。これで勝負なんだ。さっさとお前も有り金全部掛けやがれ」

「ああ、問題ない。これでいいんだな?」


 お互いが机の上に手札を晒す。男の手札は同じ数が書かれたカードが2枚ずつ2組含まれていた。

 一方のカインの手札には同じ数が書かれたカードが3枚含まれていた。


「俺の勝ちだな。これで終わりだ。世話になったな」

「な! てめぇ裏切りやがったな?! こいつのカードは俺よりも弱いはずだ!」


 避難された女は必死の形相で首を横に振っている。


「なんだ? まるで俺の手札が分かっていたかのように言うじゃないか。まぁなにはともあれ俺の勝ちだ。もう行かせてもらうぞ」


 カインは立ち上がると机に置かれていた金を一つ残らず荷物の中に入れ、その場を後にした。

 男は何やら叫びながら暴れていたが、その場で押さえつけられ、その後奥の方に連れていかれていた。


「あの・・・。ありがとうございました。夫、いえ、あの男はやはり私を騙していたんですね。私こんなことをされてもまだ信じていたくて。でも目の前ではっきり言われて目が覚めました」

「ああ。辛い思いをさせてすいませんでした。これからどうするつもりです?」


「故郷に戻ろうと思います。人間の世界に憧れて、皆の反対を押し切ってここまでやってきましたが、決心がつきました。私には向いてなかったようです」

「全ての人間があのような男ばかりだとは思わないでください。ただ、色々な人間がいるのは確かです」


「ええ。最後にあなたみたいな人に出会えて良かったです。あの、結局お礼もできていませんでした。このくらいしかできませんが、もらってください」


 手には以前見せてもらった、秀逸な出来栄えの髪飾りが握られていた。

 カインは受け取ると、一瞬つぶやき、それをニィニィの髪に飾った。


「道具はやはり使われるのが一番です。よく似合っている。男の私では女性もののそれは似合わないですからね。それに怪我をした腕も良くなるでしょう。そうしたらまた素敵な髪飾りが作れるようになるはずです。その時に私に合う飾りを作ってください」


 でも、とニィニィが言おうとして自分の手の感触を確かめる。

 男に暴力を振るわれ握力が無くなってしまっていた左手は、何故か以前と変わらぬほどの力を取り戻していた。


「分かりました。ぜひ私の国まで来たときは会いに来てください。それまでにあなたに似合う飾りを作っておきます」

「楽しみにしてますよ。ああ、それと道中色々と入用になるでしょう。これを受け取ってください。元々あなたのお金だ」


「いえ! そんなことまでは!」

「ドワーフの国はここから遥か北にあると聞きます。そこまでの旅費が必要でしょう。馬車を雇うのにだって金がかかるし、宿代やそこまでの食事代だって必要だ。それにさっきも言いましたが、これは元々あなたが持っているはずのお金だ。何もおかしなことはないんですよ」


「すいません。何から何まで。カインさん。このご恩は一生忘れません」


 ニィニィは深々と頭を下げると、カインから金を受け取った。

 すでに日も傾き、今日は宿を取ることにした。

 

 次の日カインは本来の目的のための行動を開始し、ニィニィは故郷に戻るため、馬車乗り場へ向かっていった。

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