第37話
薄暗い少し湿った岩肌を持った洞窟の中に、魔物の断末魔が響いていた。
既に地面はおびただしい量の死骸で埋め尽くされていた。
しかし、その死骸はほとんどが燃やし尽くされたかのように、消し炭と化していた。
また一匹、薄赤く輝く刃を持つ長剣にその身を切りつけられ、その切り口から上がる炎に焼かれながら倒れていく。
「しかし、カインさんもとんでもないわね。何その武器? もう魔術師もいらないんじゃない?」
「えへへ。そうだよ。お父さんはすごいって前から言ってたでしょ」
カイン達はオティスからセレンディアまでと、そこからオルヴォーまでの間、眷属となったマチと精霊魔法を色々と試していた。
その結果分かったことは、やはり精霊魔法でも攻撃魔法は使えないという事だった。
そのことにソフィは驚いていたが、出来ないものはしょうがないと、その後も検討を続けた。
そこで精霊魔法と付与魔法の並列行使という方法にたどり着いた。
その威力は凄まじく、武器ならばたった今見たように、耐性のない魔物であればその切り口から炎が上がり対象を燃やし尽くした。
しかも不思議なことにその炎は対象以外に延焼しないことも分かった。
そのためサラの長剣に改めて付与をかけたのだ。
このおかげで大量に現れる魔物の殲滅が、これまでよりも随分と楽になっていた。
突如天井に張り付いていた赤い体をしたトカゲのような魔物が2人の背後に降り立ち、口から炎を吐き出してソフィを襲った。サラマンダーだ。
ソフィは慌てて、羽織っていたマントでそれを防いだ。
「ソフィ!」
「大丈夫」
強力な水鉄砲のような魔法でサラマンダーを穿つと、ソフィはサラになんともないというふうにその場でくるりと回った。
これもカインの精霊魔法と付与魔法の複合による効果で、その効果は一切の炎を遮ることが出来た。
試しにこの付与魔法をかけた布を焚き火にくべてみると、いくら経っても火もつかず、燃えることは無かった。
また、この布で手を包み同じく焚き火の中にその手を入れてみると、一切の熱さを感じることもなかった。
しかし、こちらも不思議なことに、炎による熱は遮断するが、冷たいもの温かいもの触れる分には、通常通りの冷たさや温かさを感じられた。
この付与魔法もサラ、そしてソフィの防具にかけられていた。
ただし、防具の方は、まだミスリルが手に入っていないため、サラの武器や以前のサラの防具のように永続性は有していない。
しかし、カインと離れた今も、効果の劣化は見られず、先程のようにサラマンダーの炎をことも無く防ぎ切っていた。
「でも、カインさんの魔法、世の中に知れ渡ったら大変なことになりそうね」
「そうなの! でもお父さん、そのことに関してはあまり理解していないみたいなのよね。自分がどれだけ凄いか。人や状況を見る目は凄いのに、自分の評価になると途端に低くなっちゃうんだから・・・」
「あははは。でもそこがカインさんのいい所じゃない? 俺は凄いんだぞーって威張り散らしてる高ランクの冒険者達なんかよりずっと好感が持てるわ」
「そうなのよねー。そこがお父さんの魅力でもある・・・。うーん。お父さんが認められたいのと変わって欲しくないのと、悩むー!」
2人は軽口を叩きながら、今も絶え間なく襲いかかってくる魔物を次々と倒していた。
そんな中、サラは喜んでいた。大好きな戦友と、今まで誰にも話すことの出来なかった話題を話すことが出来るのが嬉しかったのだ。
カインはシャルルと別れたあと、精霊魔法と付与魔法の並列行使の試みを、隠す様子もなく見せていた。
サラは驚き、それとなくカインに伝えたが、逆に諭されてしまった。
曰く、生死を共にする信頼出来る仲間は、時に親子の繋がりすら超える。
もし、そのような仲間が見つかったのなら、その間に重要な隠し事はしてはいけない。
信頼は強く、そして脆い。
信頼がしっかりしているパーティは個々の何倍もの能力を発揮できるようになるが、少しの亀裂が容易にその信頼を瓦解させてしまう。
カインは2人の様子から、お互いが強い信頼で結ばれていることは疑いようのない事実だと感じた。
それならばソフィに隠し事はいけない、とカインはソフィに自身の魔法に付いて事細かに説明したのだ。
実際、その話を聞いたソフィのアドバイスにより、正確にはソフィが精霊に聞いてくれたのだが、精霊魔法と付与魔法の並列行使の実現がなされたのだった。
「さーて、そろそろ元凶が出てきてくれないかしらね」
サラはいつになく陽気にその剣を振るった。
◇
怒鳴り声や笑い声、物の壊れる音など店中に響いている。
カインは入口から体を乗り出すと、客を見渡した。
目当ての人物はいないようだ。
ここでもないか。店員が席を勧めてくるが、すまないと断り店を出る。
カインは昔の仲間を探すため、先日ニィニィの夫の情報を買った情報屋に再度足を運んで、彼らの最近の見た目と、よく顔を出す場所を聞き出した。
どうやら格好は昔とほとんど変わっていないようだ。
おそらくそれぞれの装備も質はランクに応じた高品質のものに変わっているだろうが、見た目という点に関しては昔の記憶と変わりなかった。
パーティのリーダー、双剣使いの剣士であるルークは、全身を黒一色で統一された装備をしていた。
暗闇ではその姿を視認するのが難しいほど、武器の刃すら黒く艶消しをしていて、まるで暗殺者と見紛うようだという。
唯一、その頭上にある短く後ろに撫で付けられた銀髪だけがコントラストを与えていた。
カインにとって、色はヒントになり得ないから、ルークを探し出すのは中々骨が折れるだろうと思われた。
もう一人の男性、ミューも昔と変わらず、その身を全身鎧で包んでいるのだという。
ルークとは対照的に、ミューの全身鎧は全体が白を基調としていて、その大きな体もあいまって、非常に目立つ存在だと説明された。
また、鎧の中は間違いなく男なのに、女のような口調をすることで有名だった。
なんでも本人曰く自分は本当は美女の踊り子で、呪いによりこんな姿になっているのだという。
ミューというのも偽名で、誰も彼の本名を知らない。
ご丁寧に冒険者登録にもその偽名を使っていた。
こちらも大柄で全身鎧の冒険者は多くはないが珍しくはないから、それを目印に探すのは難しそうだ。
近寄って話しかけたら分かるかもしれないが。
パーティの紅一点、魔術師のララは容姿すら昔と変わりないらしい。
彼女はエルフで、実年齢は知らないが、明らかにパーティの誰よりも歳上だというのは分かった。
彼女は冒険者らしからぬ格好をしていて、毎日のように服装を変える姿は、まるで金持ちの娘のようだと情報屋は言った。
カインは苦笑し、稼ぎのほとんどを衣類に費やすのも相変わらずかと昔を思った。
どうやら一人一人探すにはカインにとっては難しいようだが、この3人が集まっていればかなり特殊な状況だと言えるから、見つけることも出来るだろう。
ふと、あることを思い出し、情報屋に3人がそれぞれある物を身につけているか聞いた。
それは遠い昔、信頼の証にと、カリラの魔力操作の練習にずっと使ってきた物を細工し、カインが3人に贈った物だった。
情報屋は少し驚いた顔をして、今もそれらを彼らが肌身離さず持っていると言った。
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