第35話

「おや? おじさん。俺とやりたいのかい? いいけれど。それなりのもんは持ってるんだろうね?」

「ああ。これでどうだ?」


 カインは先ほど入口の男達に見せた袋の中身を、男にも見せた。中にはウィルから分配された羊毛の代金が入っている。

 男は一瞬眉を動かしたが、すぐに表情を戻し、なんともないという体で答えた。


「まぁ、そのくらいのはした金じゃあ、そんなに持たないだろうが、いいだろう。俺がやるのはこのカードを使ったゲームだが、説明が必要かい?」

「ああ、後でルールについて揉めるのも嫌だから念のため説明してくれ。さっきの男とのやり取りを見てたから大体のことは理解している」


 説明によると、一枚ごとに異なる数のマークや絵が描かれたカードを使い、配られたカードの組み合わせの強さで勝敗を決めるのだという。

 ただし、分かるのは自分の手札のみで、相手の手札は勝負を決める時まで分からない。


 初めに手札が配られた後、決められた片方が掛け金の額を決める。

 もう一方はその時点で、掛け金の増額、同額を掛ける、ドロップするから選択ができ、その選択は同額を掛けるが選択されるまで、交互に繰り返される。


 その後任意に手札の交換をお互いが一度だけ行い、同様に掛け金の掛け合いを繰り返した後、互いの手札を晒し、より強い組み合わせを持っていた方が、場の掛け金を全て貰うというゲームだ。

 一方、途中でドロップすると、手札の強弱によらず宣言した方の一方的な負けとなり、その時点で場に出ていた掛け金は、勝者のものとなる。


 このゲームは一見すると強い組み合わせを作ったものが勝つように思われるが、実際は相手の手を読み、強いと思われる場合には早急に手を引く、もしくは自分の手札がより強いと相手に錯覚させドロップを誘うなど、高度な心理戦を要求されるものだ。

 先ほどの戦いも、負けた男の手札が特段弱い組み合わせばかりだったとは言えなかったが、結果的にはここにいる男の大勝利に終わった。


「それじゃあ始めようか。ひとまずこっちが親からでいいかな?」

「構わない」


 数度ゲームが繰り返され、カインも男も少ない額を勝ったり負けたりしていた。

 次のゲームが始まり、それなりに強い組み合わせでカインが勝利した。


「ふーん。おじさんなかなかやるわねー。私おじさんのこと気にいっちゃった。私おじさんの応援しちゃうね」


 男が侍らせていた女の一人が、男のそばから離れ、カインの斜め後ろに立つ。

 どうやら貴族などが使う香油を付けているらしく、横を通り過ぎる際に甘ったるい匂いがした。


「おいおい。まいったなー。今まであんなに貢いでやったのに」

「うふふふ。私はいつも勝ちそうな方につくのよ。私の感が今日はこのおじさんが勝つって言ってるの」


 その後、ゲームが繰り返され、状況に変化が生じてきた。

 負ける回数が極端に増えたわけではないが、大事な局面で負けることが多くなった。カインが負けるときは掛け金が多く、逆に男が負けるときには掛け金が少ないのだ。


 気が付くと、袋の中身は初めの半分以下になっていた。

 カインの隣に佇んでいるフード付きのローブのような恰好をした短身の人物は、焦りを感じてきたのかカインの服の裾を軽く引いた。


 大丈夫、とカインはその手に自分の手を重ね、次のゲームを促した。

 斜め後ろでは先ほどの女性が、「大丈夫、次は大勝ちするよ」などと応援の声を上げている。


「ところで、随分と羽振りが良さそうだが、何かうまい話でも当たったのか?」

「ああ? ははは。その通りさ。馬鹿な女を騙してぼろ儲け。まったくうまい話さ」


「馬鹿な女?」

「興味があるのかい? いいさ。特別に教えてあげるよ。ああ、同じことをしようたってもう無理だよ。あの女は今や一文無しだからね。髪飾りだかなんだかを作るだけが取り柄の世間知らずな女がいてね。ああ、女って言ってもドワーフなんだよ。こーんな小さいね。そいつにすこーし優しくしてやったら、勘違いしやがってね。あとは簡単さ。そいつが貯めた金も、高く売れる髪飾りも根こそぎ奪ってやったのさ」


「ほう。その髪飾りは結構な額で売れたのか?」

「ああ。馬鹿みたいに高い値段で売れたね! その金で今やこの街で好き放題さ。この街はいい。金が全てだからね。金がある奴が偉いんだ」


「そうか。分かった」

「うん? 何を分かったっていうんだい? それしてもいいのかい? そろそろ大きく勝たないと資金が心もとないんじゃないのかい? よかったら俺がいくらか貸してあげてもいい。なに、勝てばいいんだ。このゲームは資金が多い方が有利なんだから悪い話じゃないだろう?」


「いいのか? それじゃあ遠慮なく借りるとしよう。そうだな。額は、借りれるだけ貸してくれ」

「そうこなくっちゃ。それじゃあこれが借用書だ。ああ。念のためだよ。後から返せないって言われても困るからね」


 カインは細かな文字がたくさん書かれた紙にサインをすると、男から金を受け取った。

 ゲームが再開され、今回はお互いそれなりの金額をかけた後手札を見せ合う。


「そうそう。負けている時は大きく掛けないとね。ああ。しょうがないね。今回も・・・」


 笑顔だった男の声が途中で止まる。

 晒された手札は、カインの勝利を示していた。


「ああ。これは失礼。どうやら今回はおじさんの勝ちのようだね。その調子で勝てるといいね」


 再びカードが配られた。男がカインの手元をよく見ると、5枚あるはずの手札が4枚しかないように見える。


「おや? おじさん。残りの手札はどうしたんだい? 4枚しかないじゃないか。もしかしてイカサマをしてるんじゃないだろうね。気を付けておくれよ。イカサマがばれたらここじゃあ袋叩き程度じゃあすまないからね」

「ん? ああ、ちゃんと5枚持っているさ。2枚重なっているだけだろう」


 その後もカインは先ほどとは打って変わって、大きな掛け金の時は必ず勝っていた。

 回を重ねるごとに手札の重ねる枚数が増えていき、今や5枚を一重ねにして持っていた。


「おじさん。何に気付いたか知らないが、いつまでもそんなまぐれ当たりが続くと思ってたら間違いだぞ」

「うん? 気にしないでくれ。それよりも続きをやろうじゃないか。借りた分はもうとっくに勝ったからな。ひとまず返すことにするよ」


 そういうとカインは先ほどの借用書をビリビリと破いて捨てた。

 手札が配られると、今度はカインは机に置いたまま手に取ることすらしなかった。


「何をしている。早く取りやがれ!」

「俺はこのままでいい。掛け金はこれだけだ」


 そう言うと、カインは先ほど返した額と同額を掛けた。

 男は明らかにいら立ち、声を荒げた。


「てめぇ! ふざけてるんじゃねぇ! 見てもいねぇってのにこんな大金かけるてんのか! いいだろう。勝負してやるよ!」


 男は同額を掛け、その後2枚を交換すると、満面の笑みを浮かべた。


「は! てめぇの運もここまでだ。ほら手札を見せな! 見てもいねぇカードがこれに勝てるもんなら勝ってみろ!」


 男が見せた手札は、同じ数が書かれたカードがそれぞれ2枚と3枚組み合わされたものだった。

 男は机に置かれたままのカインの手札を一枚一枚開いていった。


 3枚目のカードが開かれた時点で男の手が止まる。

 それまでのカードには男の手札と同じく、全て異なるマークが同じ数だけ描かれていた。


 次のカードを開く男の手が震えている。開かれたカードは先ほどまで開かれたカードとは異なる数が描かれていた。

 最後のカードが開かれる。それを見た男の手が止まり今にも手の中のカードを握り潰すかのように見えた。


「ふ、ふざけんじゃねぇ! なんだこれは! てめぇ! イカサマだろう!!」

「おい。そのカードを早く置きな。間違っても下手な真似をするんじゃないぞ? それに、配られた後俺はそのカードに一度も触れていないだろうが。イカサマするって言ってもどうやってするっていうんだ」


「うるせぇ! てめぇか? てめぇか? それともてめぇか! これからは俺が配る! 他の奴は誰も信用ならねぇ。これでじじいのイカサマもこれまでよ!」

「おいおい。落ち着けよ。イカサマなんて証拠は何処にもないだろう。#たまたま__・__#運が良かっただけだ。だが、お前が配りたいっていうならいいだろう。その代わり俺が止めるというまでゲールを続けてもらうぞ?」


「は! 粋がっても無駄だぞ! もうイカサマは使えねぇからな! おら! てめぇらも俺の近くに寄るんじゃねぇ! どうせてめぇらもあのじじいとグルだろうが!!」


 侍らせていた女達を遠くに押しやり、男はカードを配ると、自分の手札を裏にしたまま机の端まで滑らし、屈みながら、誰にも覗かれない様に一枚一枚をこそこそと覗き込んだ。

 カインは相変わらず自分の手札には手を付けず、机に配られたままにしていた。


「よし。俺はこれだけ掛けるぜ。じじい、さっさと掛けな」

「いや、これはドロップだ。次を配ってくれ。おい。どうした? ドロップだ。次のを配れ」


 男は青筋を何本も立てながら、再びカードを配った。

 先ほどとは異なり、今度はお互いの手札を見せ合い、カインが勝利した。



◇◇◇◇◇◇


いつも読んでいただきありがとうございます。


念のため補足です。

なるべく分かりやすいように記述していますが、2人が勝負しているゲームはトランプを使ったポーカーです。

途中でカインに近寄ってきた女性は、男とグルで、カインの手札を事前に用意された方法で男に伝えていました。

一方、カインはそのことに初めから気付いており、途中からそのイカサマを防ぐ方法として、手札を重ねたり、机から開かずに置いたままにしています。

手札を見れない以上、グルの女性は男にカインの手札を教えることが出来ないのです。

一方、カインにはアレがあります。

可視光を通さないようなものも別の波長の光は通したりします。

身近な例だとレントゲンとか空港の手荷物検査とかですね。

同じようなことがカインのアレにも適用されます。

ということでカインは初めから無双できたわけですね。

ちなみに作中で表現された役は男がフルハウス、カインはフォーカードです。

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