第10話

 カインはでこぼことした道を走っていた。

 周囲を魔力探知で確認しながら走っていると、道の右前方、街道から少し森に入った先に複数の生物の反応を感じた。

 ここに来るまでも何匹かの魔物の死体が転がっていたから、街道沿いに魔物を狩っていき、そのまま茂みへと進んで行ったのだろう。


 今感じられるのは人が数人とそれ以外の生き物が数匹。

 その内一体はそれなりに強力な生物の波長が感じられた。


 残念ながら娘ではないようだ。

 確かに、仮にもAランクの冒険者がこんな辺境の地の大して大事にもなっていないような魔物討伐にくることなどありえないことだ。

 しかし、娘に会えるかもしれないという一縷の望みを持っていたのもまた事実だった。


 何はともあれ、どちらにしろ冒険者に用があるのだからと気を取り直し、先ほどとは打って変わってゆっくりとした足取りで歩みを進めた。



 冒険者達は焦っていた。なんともない依頼のはずだった。

 むしろボランティアと言ってもいいくらいの。

 普段魔物など縁のない地域に最近魔物が姿を見せるようになった。


 まだ実害はないが不安なので討伐してほしいという領民の頼みを聞き入れた領主がギルドに依頼した仕事だった。実害がないということは未だ問題が発生したわけではないということだ。

 それなのに領民の頼みを聞き、わざわざ私財を使いギルドに依頼を出すなどよほど領民思いの領主らしい。


 ギルドもその内容から駆け出しの冒険者でも対応可能とEランク相当のクエストとして張り出していた。

 しかし、残念なことに領主のいる街からもこの冒険者達が拠点としている街からも、問題の発生している地域は少し遠かった。


 ランクの低い依頼は当然報酬も低い。普通の報酬では片道の費用がやっと出せるかどうかだった。

 領主もその点は考慮したのだろう。普段よりも高めに報酬を設定していたが、それでも往復をすればほとんど残らない額だった。


 移動にかかる日数を考えれば、街に残って他のクエストをこなした方がましだった。

 それでもこのクエストを受けたのはパーティの魔術師であるソニアがこの地方出身で半ば恩返しのような意味合いだった。

 里帰り気分ついでにクエストをこなす、そんな軽い気持ちでこの町にやってきたのだ。


 初めは快調だった。ソニアが言うには確かにこの地方では珍しく、街道に魔物の姿があった。

 しかし、それはまさに駆け出しの冒険者の練習相手のようなとても弱い魔物だった。

 Cランクのパーティである冒険者にとっては練習にもならないような相手だ。


 まるで散歩でもするような軽い気持ちで魔物の気配を追いながら進んでいき、街道をそれ、森の中に入って少し経った時にそれはいた。

 冒険者達も話に聞いたことはあるものの実物を見るのは初めてだった。


 大の大人の二倍はあろうかという背丈の灰色の毛を持つ熊の魔物は、それなりの樹齢であることが確かな木々を横手でなぎ倒しながらこちらにゆっくり近づいてきた。

 グリズリー。本来ならばこの地方のさらに北の山を越えた極寒の地域に住むBランク討伐対象の魔物だ。

 グリズリーは鼻で荒く息を吐きながら冒険者を睨み、敵意をむき出しにして大きく吠えた。



 ああ、これはちょっとまずいな。カインは素直にそう思った。

 行商人は高ランクの冒険者だと言っていたが、遠くから感じていた冒険者のそれはお世辞に言っても上等なものではなく、おやっと思っていたのだが、近くに来てそれは確信に変わった。


 恐らくあの冒険者達はそこまで強くない。

 ランクは分からないが、少なくとも魔術師と思われる女性の魔力の流れ方やタンクと剣士と思われる男性の体の動かし方から見て、あの熊に似た魔物に勝つことは難しいだろう。


 盾はそれなりの強度がありそうだが、熊の一撃を受けきる力をタンクの彼が持っているようには思えないし、魔術師や剣士にあの熊に致命傷を与えるだけの力や技能があるようにも思えなかった。

 しょうがない。少し手助けをしてあげるか。

 そう思うとカインは彼が冒険者だった頃に頻繁に使用していた魔法を唱え始めた。



 グリズリーが起こしていた体を前に倒し、前足を地面につけると勢いをつけて冒険者目がけて体当たりを仕掛けてきた。

 とっさのことに前衛に立っていた大盾を担いだ少年はその体当たりを正面から受け止めようと盾を前面に押し出し体を盾にぴったりと当てると両足をしっかりと広げ、体中に力を込めた。


 明らかに無謀だった。

 体重差、筋力、技能どれを取っても正面から受け止めるのは愚策中の愚策だった。

 せめて受け流すべきで、それでも大怪我を負っていたかもしれない。


 彼の能力を考えると避ける、それが最善策だった。

 しかし、タンクの矜持と仲間を守るという意思、何よりこういう状況でとっさに行える行動は、普段から何度となく繰り返し行ってきた動作だけだった。


 インパクトの瞬間、タンクの少年は自身の身体に普段では出せないような力が湧き出てくる感触があった。

 また、体は堅牢さを増し、今までに感じたことのないような衝撃を受けたにも関わらず、少し後ずさっただけで体のどこにも痛みを感じることはなかった。


 とっさの出来事とに呆けたのはタンクの少年だけではなかった。

 グリズリーはまさか自分の体当たりがこんな小さな生き物に受け止められ、ましてや自分がはじき返され背を地面に着けることになるなど思いもよらなかった。


 あまりの出来事に一瞬空気が固まったが、最初に動き出せたのは魔術師の少女だった。

 仰向けに転がったまま驚愕の顔つきを見せているグリズリーに向かって魔法を放った。


 しかし、彼女もまた、突然の出来事で気が動転していたのだろう。

 放ったのは先ほどまで弱い魔物を葬るために使用していた一条の氷の矢だった。

 しまったと思いつつ魔法を放った瞬間少女は目を疑った。


 現れた氷の矢は見たことのないような輝きを放ち、凄まじい速度でグリズリーに向かって飛んでいき、普段の威力ならばその分厚く固い皮膚に阻まれ、表面に少し霜をつける程度の威力しかないはずの矢は、グリズリーの腹部をいとも簡単に貫き、地面に突き刺さると辺りを氷床に変えた。


 次に動き出せたのは剣士の少年だった。

 仲間2人の行動に驚愕しながらも、普段通り、タンクが受け、魔術師が敵の足止めをし、剣士の自分が止めを刺すという一連の流れを完遂すべく、グリズリーの太い首元目がけて剣を振り下ろした。

 その瞬間普段感じたことのない速度で剣が地面に到達し、グリズリーの首どころかその下の地面まで切り裂いていた。


「お、おま! お前! 今の! 今のどうやったんだよ! なんで無事なんだよ!」

「いや! マークこそその剣なんだよ! 地面切っちゃってるじゃん! なんだよそれ!」

「私・・・氷の矢でグリズリー貫いちゃった・・・」


 三者三様に今起きた出来事が信じられないと騒ぎ立てていると、森蔭から一人の男がゆっくりと姿を現した。

 騒いでいた3人もとっさに身構える。

 気が付けば先ほどまでいた他の魔物達は今の出来事を見てとっくに逃げ出していたらしく、辺りにいなくなっていた。


「いやぁ。すごいですね。さすがは冒険者。こんな大きな魔物を倒せるとは」


 村人のような恰好をした長身の黒髪の男が声をかけてきた。

 武器は持っていないようだが、むしろそんな恰好で魔物が出没するという話が出ている街道の、しかも道からそれた森の中にいるのは逆に怪しかった。


「誰だお前!」


 マークが男に剣を向けながら叫ぶ。


「ああ、すいません。そんなに怪しまないでください。私この近くのオティスという村に住むカインという者です。ちょっと娘に届け物をしたくて、届けてくれそうな人を探していたのです。みなさんセレンディアから来たんですよね? 娘も今セレンディアのギルドを拠点にしている冒険者でして。どうでしょう、みなさん。帰るついででいいので、セレンディアのギルドにこの手紙とこの贈り物を届けていただけないでしょうか」

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