第11話
始めこそかなり胡乱な目で見られていたカインだったが、丁寧な説明と生来の人当たりの良い人格が幸いし、3人の冒険者は打ち解けてくれた。
その後、カインも混ざって周囲をしばらく探索したが、もう魔物の気配も見られなくなったようだと全員の意見が一致し、今は町に戻った。
3人の話では熊のような魔物は本来もっと北の方に生息する魔物だと聞いたので、念のため北に向かって出来るだけ範囲を広げて探索してみたが、気になるような魔物の気配は感じられなかった。
一匹だけとても遠くの方に熊の魔物など比較にならないほど強力な魔力を持つ生き物の気配を感じたが、すぐにこちらの探知が届かない距離に離れてしまったため、距離もあることだし問題にならないと放っておいた。
町に戻った後は酒場で遅めの夕食を食べながら、冒険者達からしばらく会っていない娘の話を聞いていた。
酒場に来る前に宿屋で休んでいたロロにも声をかけたのだが、すでに食事を済ましてしまっていたようで、遠慮されてしまった。
また、町に来る間に少し話したのだが、どうやら3人の冒険者はサラのことを知っているらしい。
「まさか、サラさんのお父さんに出会えるなんて思いもしなかったですよ」
そういいながらソニアはこの町特産の果実酒を飲む。
赤い皮を持つ小さな実がいくつも連なって成る果実をもとにして作ったこの酒は、独特の苦みと芳醇な匂い、そしてほのかな甘みを持ったとても上品な味の酒だった。
「私もまさかサラの知り合いの冒険者と出会えるなんて思ってもいませんでしたよ」
「いえ! 知り合いだなんて。こっちが勝手にお世話になっただけで! でも、右も左も分かっていなかった私たちに冒険者のイロハを教えてもらってすごく助かりました。Cランクになれたのもサラさんのおかげです!」
「そうですよ。僕たちと同じ年代だとは思えないくらい冒険の知識もあって! しかも強い! あの年でもうAランクなんて凄すぎですよ!」
マークは興奮気味にそういうと、手に持っていたジョッキに並々と注がれていた泡立った琥珀色の酒をぐびっと飲んだ。
こちらはこの町の特産というわけではないが、色々な地方で独自に作られている酒で、発砲しており、飲むと独特の苦みとのど越しから、量を飲みたい若者に人気の高い酒だ。
話によると、彼ら3人がまだ駆け出しの頃、サラにクエストのアドバイスを色々と貰ったらしい。
特に駆け出しの冒険者が良く受ける薬草の採取で、森の中で薬草を見つけるコツや適切な採取の仕方、気配の殺し方や察し方などを教えてもらったのだという。
その甲斐あって、3人の達成するクエストの成果は上々で、駆け出しの冒険者が多く陥る資金難に喘ぐことなく、今まで順調に実力を育てながらランクを上げてこられたらしい。
それにしてもカインにとっては人見知りだったサラが同郷とはいえ、他人にそんなに親切にしてあげているのが驚きだった。
しかし、かつてカインがサラに教えた知識が、巡り巡ってこの冒険者達のためになったというのだから感慨深いものがある。
「それにしてもさっきは驚いたなー。まさかこんな所でグリズリーと出くわすなんて。よく無事に生きて帰れたもんだ」
盾を担いでいた少年、名はアレックスというらしい、が先ほどの熊に似た魔物との戦いを思い出したのかそう呟いた。
残りの2人もそうそうと強く頷きながら調子を合わせる。
「ほんとだよ。アレックスの盾にグリズリーがぶつかる瞬間、やられた! って思ったもん。まさか逆にグリズリーを跳ね返すなんてな」
「そうそう。絶対ダメだって思ったもの。それにマークの振り下ろしだって、普段の威力じゃなかったわ。グリズリーの首を一刀両断なんてよほどの達人じゃないと無理よ」
「それを言ったら、ソニアだって。なんだよあの魔法の威力。グリズリーのどてっぱらを貫いただけじゃなくて辺り一面氷だらけになってたじゃないか」
3人は再び自分達の起こした結果が信じられなくも誇らしげにお互いを称賛し合っていた。
種を明かせば、カインが3人に絶妙なタイミングでいくつかの補助魔法を唱えた結果だったのだが、カインは敢えてそれを明かさないでいた。
理由は単純なもので、本来他の冒険者が魔物と戦っている際に勝手に手を出すことはタブーとされていたからだ。
これには色々理由があるが、過去にそれなりに腕の立つ冒険者が下位の冒険者に対して不要な手助けを無理やり行いその見返りとして金品をゆすることが起きたり、貴重な魔物の素材を得るために冒険者間で争いが起きたりしたため、無用な諍いを避けるために魔物の討伐権利は初めにその魔物と遭遇した冒険者が持ち、特に向こうから頼まれない以上は手出し無用の暗黙の了解が出来ていた。
また、そもそも冒険者はプライドが高い生き物であるから、勝手に手助けされたとあっては、自分の能力を低く見られたと同義であり憤る者も多いのがひとつの理由でもあった。
ちなみに、一般的な補助魔法はカインのように瞬間的にかけるようなものではなく、戦闘が始まる前や途中にかけられ、その後も長く継続するのが普通だったから、3人はあの瞬間だけ補助魔法で自身が強化されていたなどとは露にも思わなかった。
何故、カインがそのような特殊な補助魔法のかけ方をしたのかというと、冒険者時代の創意工夫にその理由があった。
カインは攻撃魔法が使えなかった。学ばなかった訳では無いが何故か初歩的な魔法でさえ、攻撃を目的とした魔法を使うことが出来なかった。
人によって得意とする武器が異なるように魔術師も人によって得意な魔法が異なるものだが、精霊魔法など特殊な条件が必要なものは別として、ある系統の魔法が全く使えないというのが稀有だった。
しかし事実何故だか分からないが、冒険者を辞めるその時まで攻撃魔法を使うことが出来なかったのだ。
代わりにカインは様々な補助魔法を得意としていた。自身や仲間にかけることにより、身体能力や魔法の威力を上げたりできる便利な魔法だ。
しかし便利な反面弱点もあった。消費する魔力量が多いのだ。もともと魔力量の多くないカインがそれしか使えない補助魔法を連発していてはすぐに魔力が尽きてしまう。
魔力回復薬と言うのも市販されているが、初級の冒険者が気安く手を出せるような値段ではなく、そんなものを頼ろうとしたらすぐに破産してしまうのは火を見るより明らかだった。
そこでカインが考えついたのが瞬間的な補助魔法の付与である。
必要な強化を必要なタイミングで必要な時間だけかける。時間を本来よりも極端に短くすることで消費する魔力量も小さくでき、これにより長期のクエストにも対応できた。
そもそもそのパーティが適切なランクのクエストをこなしているのならば、強化が必要なタイミングはここぞという時だけだ。
かける魔法の種類やタイミングなどに気を使う必要があるが、そもそもそれ以外のことが出来ないカインにとっては問題にならず、もともと物事を俯瞰的に見ることに長けていたから、要所をいち早く判断し、適切な補助魔法を使うことは難しくなかった。
それがカインが3人に内緒で補助魔法をかけた理由でもあった。攻撃手段を持たないカインが出来ることは3人が戦っている間に補助魔法をかけ、強化させることだった。
3人がやられた後でも逃げ出した後でもいけない。カインは誰かに戦ってもらわないといけなかったのだ。
しかし、突然声をかけても先程の3人の態度が示した通り、カインに協力を請うことなどありえなかっただろう。
それにしても、とカインは未だに興奮気味に話している3人を見ながら思う。もしかしたら最初から手助けなどいらなかったのではないかと。
いくら補助魔法で強化したとはいえ、あれだけのことをやってのけたのだから、地力が十分にあったはずだ。自分は冒険者だった時と変わらない感覚で補助魔法を使ったのだから。
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