第9話

 きらびやかな装飾がなされた照明に照らされ、上品にかつ豪華に飾られた調度品が置かれた寝室で、サラは禍々しくも見える真っ黒な肉片を手にしていた。

 先ほど討伐した黒く変異したタイラントドラゴンの心臓の小片だ。


 サラが自身の長剣にこの小片が張り付いているのに気付いたのは少年が姿を消した直後だった。

 その時何故だか分からないが、この事実はこの場の誰にも知られてはならないような気がして、サラは素早くその小片を掴むと自分の腰につけたカバンの中に隠した。


 中に入れていたいくつかの物が黒く変色してしまったが、誰にも悟られず、今こうして取り出してソフィに見せているのだ。

 元々父の目を治すための薬、エリクサーの疑似薬を手に入れるための原料として欲した心臓であるが、今実際に手にしてみるとこれをどのような処理をするにしろ、大好きな父に飲ませたいとは思えなかった。


「サラ。それってもしかしてタイラントドラゴンの心臓?」

「そう。長剣を心臓に突き刺したでしょう? その時に剣に張り付いていたのよ」


「あなた! なんで今まで黙っていたの!」

「し! 静かに。分からないわ。でも何故か誰にも言ってはいけない。あの時は強くそう思ったのよ」


「そう...。ねぇ、それ凄く嫌な魔力を感じるわ。なんだか分からないけれど、すごく不安になるような魔力よ。ねぇ、それってエリクサーの原料なんでしょう?とてもじゃないけれど薬になるとは思えないわ。まるで逆。毒って言われた方がしっくりくるわ」

「正確にはエリクサーの疑似薬、ね。ソフィもそう思う? 私は魔力とか分からないけれど、いやな感じがするのは確かね」


「どちらにしろその大きさじゃあみんなで分ける訳にもいかないでしょうし、秘密にしたいならそうしてるといいわ。ただ、そのままカバンに入れるのはあれでしょうから、えーと、この瓶に無理やり入らないかしら?」

「うーん、入れるのは出来るだろうけど、出すのが無理じゃない?」


「出すときは瓶を割ればいいもの。何度も取り出すものじゃないし。前に聖水が入っていた瓶だから汚くはないはずよ」

「そうね。えーと。よし入った。え...」


 サラが瓶の中に心臓の小片を押し入れ、小片が瓶底に着いた瞬間、黒い煙が発生し、瓶の中を満たし、瓶口からも噴き出した。

 突然の煙に視界を遮られ、むせ込みながら煙が落ち着くのを待った。


 しばらく経ちやっと普通に呼吸が出来るようになり、瓶の中を見てみると、先ほど真っ黒だった肉片は、本来の色、鮮やかな桃色に変色していた。


「なにこれ...」

「ちょっと、サラ! いきなり何するのよ!」


「な、なによ! ソフィが瓶に入れろって言うから入れたんじゃない! むしろあんたのせいでしょ?!」

「私のせいだって言うの?! 大体あなたがそんな変なもの手に入れるのが悪いんじゃない!!」


「何ですって?!! あんた一体どういうつもり?!!!」

「「なによ!!!」」


 突然喧嘩を始めた2人はそのまま顔をも見るのも嫌だとばかりに、それぞれベッドの端に反対を向きながら眠りについた。

 明くる日2人は目を覚ますと昨日の喧騒を思い出し、何故自分があんなに怒っていたのか分からず、お互いばつが悪そうに謝り、再び元通りの仲に戻ったのだった。



 日の光をキラキラと反射する水面が町の中央を走っていた。

 いくつかの船が浮かび、運ばれてきた荷を降ろしたり、これから運ばれるであろう荷を積んでいる人の姿が見える。


 この町はカインの村からそう遠くない所謂辺境の地にあったが、自然の河川を利用した内陸運河があり、それなりに栄えていた。

 と言ってもあくまで周りの村々に比べたらの話だが。


 特産品の果物は寒暖の激しい風土の影響で独特の触感と風味を持ち、特にその果物を用いて醸造した酒類がなかなかの人気を博している。

 昔は漁業でも有数の町であったが、いつからか漁獲量が減り、その頃町を訪れた一人の変わり者がこの地が酒造に適していると唱え、それなりの苦労はあったものの一代でこの町を漁業の町から酒造の町へと変えたのだ。


 確かに、夏でも雪解け水をふんだんに含んだ川は枯れることなく、北に位置する山々に濾過された水は、飲む人によってはそれだけで美味しいと感じるほどだった。


 カインは手紙を誰に託そうか思案しながら何気なく町の中を歩いていた。

 その歩みはしっかりしていて、それを見た人がこの男が失明しているという事実を知ったならさぞかし驚いたことだろう。


 都市ならばギルドに行くのが手っ取り早いのだが・・・。そう思いながらカインは行商人が集まる広場まで足を運んだ。

 周りに比べれば栄えていると言っても高々地方の町にギルドがあるはずもなく、行商人の旅のついでに運んでもらうのがこの辺りの常だった。


 しかし、今回は一つ問題がある。

 手紙だけならば失われても大したことはないが、今回は贈り物があるのでそうもいかない。

 そのまま持ち逃げされる危険性もある。

 いくらミスリルを素材に使っているとはいえ、それほど大きなものでもないし、ましてや自分で簡単に整形したものなのだから素材の価値以上の値段はつくまいが、それでも娘やその友達のためにまさに苦しい思いをして作った自分にとっては大切な品だ。


 できるだけ信用のおける人に任せたいと思いながら、誰か良さそうな人はいないかと辺りを見渡していた。


「おい。聞いたか? どうやらやっと領主様に願いが届いたらしい。都市から冒険者が魔物の討伐に来ているそうだ」

「おお。それは本当か? この辺りに魔物なんて珍しかったのになぁ。今じゃあ運河はともかく北の街道を行くには護衛を雇わないといかんくらいだ。これでここらもまた安全になればいいがな」


ふと行商人同士の話し声が聞こえてきた。この辺りに魔物が出没するようになったらしい。

 そんなことは村に住み始めてから初めて聞くような話だ。


 ここ一体は辺境にも関わらず魔物の脅威がないことで有名だった。

 もちろん森や山の中など人里離れた場所ではそうとも言えないが、村々をつなぐ舗装もされていないような道ですら魔物が現れるのは稀有であった。

 だからこそこんな辺境の地でも村人達が安穏と暮らせるのだ。


「あの、もし。すいませんが」

「はい! いらっしゃい!」


「いえ、ひとつ訪ね事をしたいのですが、先程話されていた冒険者というのはどの都市から来たかご存じですか?」

「あー、なんでも領主様のいらっしゃるアルザスよりも近いって言うんで、セレンディアっていう都市から来たって聞いたな。かなりの高ランクだが、出身がこの地方の子がいるとかなんだかで、わざわざ来てくれたようだ。俺もちらっと見かけたが、いやー高ランクだと言うのに俺の息子と同じくらいに若かった。たまげたねーありゃ」


 話したくてしょうがないというような勢いで話す行商人の言葉にカインは一瞬ドキッとした。

 高ランクの冒険者でこの地方出身、しかも若い・・・。

 ふと過った考えをまさかと自嘲しながら万が一のこともあると心にしまい、慎重に次の言葉を紡ぐ。


「それはそれは。ありがたいことですね。それで、その冒険者は今何処に?」

「そりゃあ、お前さん。北の街道の方へ魔物を討伐に行ってるだろうさ。なんてったってそのために来たんだから」


 行商人は何が面白いのかガハハと笑いながらカインの肩を叩く。

 カインはお礼にと行商人からお土産品であろう安い銅で出来たメダルを買うとその場を後にした。

 焦る気持ちを抑えてロロを探す。広範囲に魔力を拡散し、覚えのある波長の人間を探る。

 いた。出来るだけ速く移動し、ロロを捕まえる。


「わぁ! 驚かさないでよカインさん。どうしたんだい? そんなに慌てて。手紙を送ってくれる人は見つかったのかい?」

「いや、まだなんだ。ところでロロ、どうやらセレンディアから冒険者が来ているらしい。行商人を探すより安全だろうから一度会ってみたいんだ。どうやら北の街道に出没する魔物の討伐に来たらしい。ちょっと見に行ってきてもいいかな? ロロは用事が住んだら先に宿を見つけて置いてくれ。居場所はこちらで見つけるよ。夜が空けるまでには必ず戻るから」


 そう一息に話すとカインはロロの返事も待たずに北の街道へひた走った。


「ちょ、ちょっとカインさん! 魔物って! 冒険者って! あーあ、行っちゃったよ。そもそも冒険者に荷物の配達を頼むだなんてそんな金持ってるのかな・・・」


 ロロは普段見慣れない慌てたカインの姿を思い出し笑いしながら、買い出しの続きに勤しんだ。

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