第8話

 青々と茂った自然の並木が並ぶ畦道を、馬車はゴトゴトと大きな音を立てながら進む。

 整備された街道と異なり所々に石が埋まっていて、それを車輪が踏む度にガタンと大きく揺れた。

 のどかな田舎道を馬車はゆっくりと進んでいた。


「カインさんが町に向かうなんて珍しいね。いつぶりだい?」

「最後に行ったのは三年も前かな。あの時はサラに贈るための装備を買い行ったんだったね」


「そんなに前か。それにしてもサラちゃんはすごいなぁ。よく知らないがAランクというのはそうそうなれるもんじゃないんだろう?」

「ああ。一番上がSランク、Aランクはその次だね。俺が冒険者を辞めたときはDランクだったんだからとっくの昔に追い越されちゃったな」


「カインさんよりもずっと強いのか! それは驚きだなぁ。あのサラちゃんが冒険者になるって言った時も驚いたけど」

「俺もまさか冒険者になると言い出すなんて思わなかったよ。絵本が読めない代わりに話してあげた冒険譚が少々効きすぎてしまったようだね」


 カインは馬車に揺られながら馬車の手綱を持つロロと他愛無い話をしながら昔を思い出していた。

 娘が6歳になってしばらく経ったある日、唐突に冒険者になると言い出したのだった。

 初めは子供の戯言と受け流していたが、何度となく真剣な目をして言ってくるものだから、とうとう根負けし自分の教えられる範囲で冒険者に必要と思われる知識や経験を教え始めた。


 初めは村の近くにある森の歩き方を教えた。森には様々な恵があり、そして危険があった。

 幼い我が子に危険が及ばぬよう注意しながら、それとなく危険への対処の仕方、森からもたらされる恵の受け方を学ばせた。


 並行して冒険者に必須といえる身の守り方を教えたのだが、ここで一つ問題が生じた。

 カインは魔術師で当然魔術については少なからずの知識があるのだが、残念なことにサラには魔術の才能がなかった。


 仕方なく一般的な武器である剣を学ばせたのだが、それは彼女に合っていたらしい。

 見る見るうちに上達し、村の者では到底敵わない程の腕前まですぐに成長した。

 と言ってもカインが出来ることはサラの動きを観察し、一つ一つの挙動が適した動きになるように何度でも繰り返すようアドバイスをあげることや、競う相手がいないサラの打ち合い相手となることだけだった。


 自身は剣を学んだことがなく適した型をやって見せることはできないが、魔力探知を使い、筋肉の動きや意識の方向などを観察しながらそれが適した動きであるかどうかを判断していたのだった。


 冒険者になると村を出た15歳の頃には、カインも安心して送り出せるほどの腕前を持っていた。

 餞別にと装備を贈ったが、村のほとんどゼロと言っていい収入ではお世辞にも立派と言えない、駆け出しの冒険者が身に着けるような装備しか買えなかった。


 それでも何もないよりはましだろうと、自身の付与を付け贈ったのだった。

 もうAランクになっているのならそれなりの蓄えもできているだろう。

 今頃は一端の冒険者と思われるような高性能な装備を身に包んでいるに違いないとカインは思っていた。


 まさか、3年経った今も後生大事にその装備を身に着けていようとも、自分の贈った装備が都市で簡単に入手できるどの装備よりも優れているとも夢にも思わなかった。


「カインさん、そろそろ日が落ちそうだ。今日はこの辺で野宿になるけど大丈夫かい?」

「ああ。問題ないよ。さっそく準備をしようか。ロロは馬の世話で疲れたろうから今日はゆっくり休むといい。明日もあるからね。夜の見張りは俺がやろう。道中ゆっくり休んだから一晩くらいなんとかなるさ」


「ほんとうかい?それは助かるよ。この辺に限って夜盗なんかは出てこないだろうけど、獣だって集まれば恐ろしいからね」


 カインは馬車から降り立つと積んであった薪を取り出し、火をつける。夏とはいえ吹きっ晒しの夜は冷えるし、何より獣避けに必要だった。

 ふと思いつき火に獣避けの付与術をかける。これで獣やそんなに強くない魔物は寄ってこないだろう。


 辛いほどに塩味のついた魚の干物を軽くたき火であぶり、持ってきた野菜を適当なサイズにちぎったものを切れ目の入れたパンに挟んで夕食にする。


 どれも村で取れた食材だ。カインは村の自給自足の生活に満足していた。

 養祖母の影響で冒険者を志し、晴れて冒険者になりそれなりの冒険をしたが、残念ながら自分には才能がなかった。


 いろんな知識も頭に入れ、人に負けないだけの努力をしたが、結局はDランク止まり。

 不慮の事故とはいえ視力を無くし、普通であれば今頃どこかの道端でのたれ死んでいてもおかしくなかった。

 そんな自分を助け、今や人並みの生活が出来るようにしてくれたのは、亡き妻や村の人々だった。


「カインさん。申し訳ないけどそろそろ寝るね。もし何かあったら遠慮なく起こして」

「ああ。大丈夫さロロ。朝までぐっすりとお休み」


 ロロは持ってきた寝袋に入り込み、数分もしない内にすーすーと寝息を立て始める。

 カインは火が尽きないよう薪を足しながらぼーっと過去の冒険の日々を思い返していた。


 久々の村の外の空気に触れて、忘れかけていた冒険心が顔を出したのかもしれない。

 そういえばすっかり気にも留めなくなっていたが、あの時の仲間は無事だったのだろうか。


 彼らは才能にあふれていた。

 生きていること、視力を失ったこと、冒険者をやめこの村に定住することなどを当時のギルド宛に手紙を書いたが、その後彼らからの便りはない。


 生きているのかそれすらも分からないが、生きていてまだ冒険者を続けているのなら、それなりの名声を得ていることだろう。

 サラの手紙に書けばよかった。もしかしたらギルドに聞けば所在を聞けるかもしれない。

 手紙に書きたすか、いやもう封をしてしまった。などと取りとめのないことを考えていた。


 結局その夜は何事もなく済み、朝日が昇ったころにロロを起こして、隣町へ再び移動を始めた。


「そういえば手紙と一緒に贈り物を贈るんだって?町で何か買うつもりかい?」

「いや、そんな金ないからね。自作さ」


「カインさんの作ってくれる道具はどれも便利なんだから、それこそ町で売ればそこそこの稼ぎになるんじゃないのかい?」

「ああ、あれかい。あれはね。ダメなんだよ。あれはあの村限定さ。村を出ると使い物にならなくなる。方法がないわけじゃないが、それを全部にするのは到底無理だよ」


「ふーん。そうなのかい。じゃあ俺たちはずいぶんと得をしているんだねぇ」

「ははは。そうだね」


 そうこうしているうちに隣町に着く。ロロは馬車を町の外にある馬車止めに繋ぎ止めると、荷台を引いて市場へと買い出しに向かう。

 カインは娘への手紙を届けてくれる人を探し始めた。



 凱旋した冒険者達はみな口数少なかった。

 目的であるタイラントドラゴンの討伐は達成し、街の危機を救った英雄なのだ。

 出迎える群衆の歓声は高く、街道中を人々が覆いつくし、英雄の帰還を祝った。


 確かに目的は達成した。しかし、冒険者達本来の目的である心臓は突然の闖入者に横からくすね取られたのだ。

 しかもSランクやAランクの冒険者パーティ複数がいる目の前でなす術もなく行われた。


 冒険者は元来プライドの高い生き物である。心臓を手に入れ損ねたことよりも、虚仮にされたことにみな憤りを感じていた。

 ましてやあの時の発言から、あの闖入者はこうなることを始めから予想していたようにも思えた。


 もしかしたら、突然に起こったタイラントドラゴンの変異も仕組まれていたことのような気がしてくる。

 あのような変異は話に聞いたこともないが、あの少年は特に驚いた素振りもせずさも当然のことのように扱っていた。


 そうならば、あの時死んだ戦士も弓使いもあいつのせいだと言える。誰もが言葉にせずともあの少年への復讐を決意していた。


 冒険者達を引き連れた一団は広場を通り、オスローの中心部、大公の城の前まで進んだ。

 すでに早馬により大公にはタイラントドラゴン討伐達成が伝えられており、一団が到着したときには大公自ら城門まで足を運んでいた。

 一団は大公の姿を確認すると全員膝を付き黙礼する。


 サラもカインが高ランクになったときに貴族などの前で恥をかかないようにと礼儀作法は一通り教えてくれていたのでそれを思い出し、周りに倣う。

 今思えばDランク止まりだった父が何故そのような作法を知っているのか疑問に思えてきたがその考えはすぐに消えた。


「此度の苦労、まことに大儀であった。聞けば敵は尋常ならざる変異を持ち、尊き命も失われたという。今この場にいる冒険者達はまさに護国の英雄である。それ相応の褒賞を与えるべきところであるが、遺憾なことに心臓は姑息な手段により奪われてしまった。しかし、代わりに相応しいだけの褒美を用意した。面を上げ、受け取るがよい」


 大公の言葉に顔を上げると、確かに相応しいと思えるだけの財貨が並べられていた。

 冒険者達は各々褒美を受け取ると一礼し、後ろに控えた。


 その後城内で晩餐会が開かれた。

 サラやソフィは普段着慣れぬドレスを身にまとい、食べなれぬ食事を口にし、慣れぬ会話に気疲れをした後、城内の寝室に案内された。


 戦いの疲れよりも晩餐会の疲れの方を強く感じながら、乗ったことのないようなふかふかのベッドの上で二人は顔を見合わせ、ほっと一息ついた。

 するとサラは思い出したように自分のカバンの手をやると中から何か取り出し、ソフィに話しかける。


「ねぇ、ソフィ。これどうしたらいいと思う?」


 その手の平には一欠けらほどの黒い肉片が置かれていた。

 タイラントドラゴンの心臓を射抜いたときに期せずして心臓の小片が長剣に切り取られ、張り付いていたのだ。

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