第6話

 もう夕刻だがこの時期の夜は遅い。幾分か気温が下がったものの外はまだ明るく汗ばむような暑さが残っている。

 牧舎へ帰る羊や牛の鳴き声が、遠くから聞こえてくる。


 カインは先程金属を出した引き出しから、今度は小さな針を取り出すと、おもむろに自分の指に先端を押し当てる。ぷくっと血が出るとその指先で涙形のミスリルに触れる。

 再びぶつぶつと呪文を唱えると今度は赤色に光り輝き、その輝きは次第に光度をまし、ほとんど見えないカインの目をしても眩しいと感じられるものだった。

 しばらくその状態が続き、やがて光は弱まり元の青白い金属光沢の外観に戻っていた。


 カインは襲ってくる頭痛と吐き気を堪えながら、ふうっと大きく息を吐く。魔力枯渇の症状だ。


「何度やっても慣れないもんだな」


 しばらくその場でじっとしていたが、時間の経過で少し和らいだのを確認し、寝床に移動する。


「1日1個が限界だからな。友達の分は明日にしよう」


 娘の手紙には彼女は精霊術士だと書いてあった。どのような付与がいいかなと考えながら横になると、すぐに意識を失い深い眠りに落ちた。


 翌朝目を覚ますと、昨日の頭痛や吐き気は嘘のように消えていた。魔力が回復したのだ。

 朝食を食べ、片付けを済ますと日課の野良作業に出かけた。食べる分は昨日の収穫で十分に手に入っているから今日は村の共有畑で作業するつもりだ。

 野菜などは各家庭で食べる分を作るが、領主へ税として納め村の主食でもある小麦は、まとめて栽培した方が効率的なので、村の西側に共有畑を作りそこで栽培している。

 当番などは特にないが、働き者が多いこの村ではいつも誰かしらが作業をしていた。


「やあ、ウィル。精が出るね。もうすぐ刈り時だね」

「ああ、カイン。いい天気だね。今年もよく育ってくれた。この分だと近い内に刈れるだろうよ」


 茶色に所々白が目立つ髪を短く刈り揃えた、しっかりとした体つきの男はカインの方を振り向き、挨拶を交わした。

 視力が無いはずのカインが、先にこちらに気づき更に誰なのかを言い当てても、驚く者はこの村にはいない。魔力による#視界__・__#を持っていることを知っているからだ。

 関心はするものの、村にはカイン以外に冒険者を経験したものも、まして魔力を操る者もいないから、それがどれだけすごいことか分からず、元冒険者ならそんなものかと受け入れている。


「ちょうど良かった。ウィル。今度隣町に行く時に届けて欲しいものがあるんだ。いいかな?」

「珍しいな。もちろんだとも。物は一体なんだい?」

「サラへの手紙と贈り物を届けてくれる馬車を探したいんだ」

「なるほど! うん? カイン。前に字を書くのは難しいと言っていなかった? 誰かに書いてもらったのかい?」

「昔試した時はなかなか難しくて諦めていたんだが、久しぶりに試したらすんなり出来てね。実を言うと手紙も贈り物もまだ出来ていないんだが、当日には間に合う予定だよ」

「そうか。大好きな父親から手紙をもらったら、サラちゃんも喜ぶだろうさ。しかし、セレンディアまで届けてくれる馬車を探すとなると一仕事だな。誰か買い出しの他に人を用意しないといけないな」

「やっぱりそうなるか。じゃあ、俺が直接行くよ。乗せてってくれ」

「それなら助かるな。今回はロロが行くんだ。後で伝えておくよ」

「ああ、頼む」


 ウィルは代々村長を担ってきた家の長男で、昨年先代の村長だった父がなくなってから村長を襲名していた。強面の見かけによらず親しみやすく村民からの信頼は厚い。


 カインはウィルと一緒に小麦畑で作業を済ませ、家に戻ると娘への手紙を書き始めた。今回送るペンダントに付けた付与の説明と近況、Aランク昇級のお祝いなどを取り留めもなく書いた。

 書き終わると昨日出来なかった、もうひとつのペンダントへの付与を始める。


 精霊術士だと言うから魔法に関わる補助がいいだろうとあれこれ考えていた。

 娘と同じ防御系の補助をとも思ったが、恐らく娘が前衛に立ち攻撃を受け止め、友達は後衛にいて直接狙われることは少ないだろうと思い、それならば精霊術を強化させる補助を、といくつか候補を考えついた。


 初めに思いついたのは魔力変換向上の付与だった。

 魔法を使う場合、自身の魔力を望んだ魔法に適した性質に変換させて発動させるのだが、その際に魔力変換効率が悪いとせっかく多くの魔力を消費しても、放たれた魔法の効果は小さいものとなってしまう。

 同じ魔法を繰り返し使ったりすることにより、変換効率が高くなり、より魔力の消費を少なくしたり威力を高めたりすることが出来る。これがいわゆる熟練度の上達だ。


 友達はサラと同じ歳だと言う。いくら才能あったとしても熟練度はやはり経験が物を言うから、改善の余地は多分にあるだろうということは想像に難くない。

 しかし、一度道具にたよってしまっては、それ以上の習熟を望む場合にむしろマイナスな気がして却下した。

 自身も魔術師だからだろうか、魔法の扱いが上達していくのはある意味快感にも似た楽しさがあるのだから、前途ある若者の喜びを、上達の機会を奪ってしまうのは憚られた。


 色々考えた結果、結局たどり着いたのは単純でかつ後々まで使えると思われた、魔力増幅の付与だった。多少詠唱の時間が増えるが、このペンダントを経由して魔法形成を行った場合、単純にその威力が増すというものだった。

 これならば初期のうちは魔力変換向上の効果の代わりにもなるし、熟練度が上がれば単純にその威力を増大させることで、より強力な魔法を放つことが出来るようになる。


「よし始めるか」


 昨日と同じような作業を行い、同じく魔力枯渇状態になったカインは、まだ日も傾いたばかりだと言うのに寝床に入り、再び意識を無くし深い眠りについた。



 戦いはこちらの予想以上に苦戦を強いられていた。

 タイラントドラゴンが陣取っていた広く遮るものない中腹は、足場がしっかりしているものの、所々に溶岩溜りがあり移動にも気を使う。

 いくら熱対策をしているとはいえ、溶岩に落ちたら人など一溜りも無いだろう。敵は翼竜であり、足場など関係なく、遮るもののない場所ではあらゆる方向から攻めることが可能だった。

 加えてタイラントドラゴンの持つ特殊スキル、眷属強化、つまり周りの亜竜を強化させるスキルが厄介だった。

 オスローを襲撃したワイアームやワイバーン程度など、ここにいる冒険者達には本来障害にもならない魔物であったが、タイラントドラゴンの近くにいるこれらは、その数や地形的不利も相まって中々の強敵になっていた。


 それならばと本丸のタイラントドラゴンを攻めようと試みるが、亜竜はまるで主を守る騎士のようにその行く手を阻んだ。また、タイラントドラゴンも積極的に攻撃に加わらず、上空から様子を伺い、時たま強力なブレスを浴びせてくるのだった。


「くそ!ひとまずワイバーン共をやっちまわないととてもじゃねぇが手を出せねぇな!」


 大剣を手にした男は襲いかかってくるワイバーンを打ち倒しながら毒づいた。その男の後ろでは同じパーティの魔術師2人が上空に飛んでいるワイアームやワイバーン目がけて魔法を打ち出し倒している。


 他のパーティも似たようなもので、前衛は降下してきた亜竜を後衛を守りながら倒し、遠距離攻撃を担う後衛は上空からのブレスに気をつけながら、上空の亜竜を撃ち落としている。

 中には戦線を離脱せざるを得ない傷を受けた者もいるようだ。


「亜竜達はまだ集まってくるみたい...。このままじゃ埒が明かない。ソフィ。敵を撃ち落とすのお願いできる?」

「えーと。そうね。かなりの集中と詠唱が必要だから、1分間はここを動けなくなるわ。その間お願いね」

「了解」


 ソフィはそう言うと持っている杖を地面に立たせ、魔力を練り始めた。

 杖は地面に刺さっている訳でもないのに垂直に立ち、先端に埋められた黄色い宝玉は静電気を帯びたように時折パチパチッと音を立て始める。


 ソフィが自身に及びうる魔法を発動させようとしていることに気づいたのか、タイラントドラゴンが1度咆哮すると、多くの亜竜がソフィ目がけて攻撃を始めた。

 サラは先ほどよりも苛烈な攻撃をなんとかいなしながらソフィを守る。

 サラの技量もさることながら、恐ろしいのはその装備の性能で、襲いかかってくる亜竜はその刃に触れるとまるで抵抗なく切り落とされ、鋭く強力な牙や爪の攻撃も数が多いせいで何度か鎧部で攻撃を受けとめているが、傷一つつくことなく、覆われている体への衝撃すらも防いでるようだ。


「驚いたな。まじで防具も宝具かよ」


 その様子を横目で見ていた男はつぶやく。そうしている間にソフィの集中が頂点に達したらしい。詠唱が始まる。


「古の精霊よ。天の王よ。そなたは力にして光。我が眼前の愚かなるものを打ち砕きひれ伏させよ。我ら審判の怒槌をもて」


 雲ひとつ見えない空から、突然巨大な稲光がタイラントドラゴン目がけ放たれた。近くにいた亜竜共々撃ち落とされ、タイラントドラゴンは地上に墜落した。

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