第5話

 翌朝、目を覚ますと昨日シャルルが着ていた服が掛かっていたため、シャルルが帰っている事が分かった。

 しかし寝室からは物音も聞こえず、起こすのも忍びないため、簡単な書置きを残し、家を出る。


 登ってきた太陽が眩しくて目を細める。

 白壁に赤色の屋根に統一された住居地域は襲撃を受けた場所から離れていたため被害は少なかった。


 軒先には彩り様々な花が咲き乱れている。無事に討伐を終了させ、この綺麗な街並みをこれ以上破壊させないようにしなくては。

 気合を入れ、指定された東門に向かう。


 東門にはすでにいくつかのパーティと公国騎士団が集まっていた。

 ギルド職員と思われる人に割符を見せると出発まではもう少し時間があるとのことで、必要ならば連携のために他の冒険者と話していたらどうかと言われた。


 引っ込み思案で人見知りな性格のサラはそういう役割をソフィに全て任せている。

 これもソフィとパーティを組んでから助かっていることの一つだ。


 いくつかのパーティとやり取りをしていると、やはりサラの装備が気になるのだろう、怪訝そうな視線を投げかけられた。

 二人が拠点としているセレンディアのギルドでは、すでにサラの装備のことは有名で、絡んでくるのは事情を知らない新参者くらいだ。


 しかし、この場に集まっているのは様々な所から来ている冒険者で、当然サラのことを知る者は少ない。

 かと言っていちいち説明する必要も義理もないのだからそのままにしておく。


 しばらくして出発の時刻になり、二人はオッド山脈へ向かう馬車に乗り込んだ。

 今回参加するのは全部で十組のパーティだった。


「思ったより参加するパーティが少ないわね?」

「きっと、タイラントドラゴンが居るオッド山脈の環境のせいでしょ? 受付の時聞かれたじゃない」


「ああ。ソフィが居るから大丈夫だし、受付はソフィに任してたから忘れちゃってた」

「はいはい。頼りにしてくれるのは良いけど、ちゃんと大事な話は覚えておいてね? じゃないと毒ガスを吸って死んだ後じゃ遅いのよ?」


 タイラントドラゴンが居ると考えられる中腹以降は、多くの溶岩だまりが出来ていて、周囲は常に人を死に至らしめる毒ガスが充満している。

 今回集団討伐クエストの参加条件として、なんらかの形で毒ガスに対処できるパーティであることが明記されていたのだ。


 これはいたずらに死人を増やさないようにすることが目的だ。

 裏を返せばいくら高ランクとは言え、その程度の対策も持てないような足手まといを連れて行かないようにするため、が一番の理由だった。


 草原を抜け、オッド山脈の麓に着くと、同行した公国騎士団から激励の言葉が投げられる。

 今回公国騎士団は討伐に参加せず、行き返りの手助けをするのみだった。


 精鋭である公国騎士団も専守防衛が主であり、訓練もそのようなことを主眼になされている。装備も身軽とは言えず、足場の悪い山を越え、魔物と戦うのに適しているとは言えないのだ。

 事実、各国も騎士団を有しているがそれは主に対人や街の周辺の警護を意識しており、討伐は冒険者に頼むのが普通で住み分けされていた。


「それじゃあ、サラ。さっそく魔法をかけるわね」


 そういうとソフィはぶつぶつと呪文を唱え、水の精霊を呼び出す。更に呪文を唱えると精霊から大きなシャボン玉のようなものが二つ発生し、二人を包んだ。

 そのシャボン玉は二人の動きに合わせ位置を変える。


 これは一種のバリアのようなもので、水の膜が外気の有害なものをある程度遮断する効果がある。

 毒ガス対策の他に周囲の熱を遮断する効果もあった。


「これでよしと」

「ありがと。ソフィ」


 周囲を見ると他のパーティももろもろ様々な手段で毒ガス対策をしている。無事全員の準備整い、討伐へ向け集団は足を進める。

 途中何度かの亜竜の襲撃を受けたが、足場が悪く普段より動きづらい以外は問題なく進む。


 さすがは高ランクの冒険者の集団と言うべきか。

 けして弱いとは言えない亜竜もまるで低ランクの討伐対象の魔物のように、なす術なくやられていった。


「それにしても嬢ちゃんのそれ、恐ろしく切れ味がいいな」


 中年の冒険者が声をかけてくる。

 彼は大剣を携えており、屈強な体つきをした見るからに剣士だった。


 そういえば、ソフィの他に誰かの目の前で、父から貰った剣を振るうのは初めてだったかもしれない。

 なんて答えようかと悩んでいたら、男は続けて言葉を発した。


「なんで高ランクなのにそんな剣をと思っていたが、嬢ちゃんのはもしかして宝具かい?」


 宝具。旧時代の遺跡などから極稀に発掘される強力な性能を持つ道具の総称だ。

 そのどれもが現在では解明不可能とされる性能を持ち、特に武具のそれは冒険者にとって垂涎の一品だった。


「ええ。そんなようなところよ……」


 都市に来て多くの武器屋や防具屋で武具を見てきた結果、彼女の装備は逸脱した性能を有していることが分かった。

 その見た目とは裏腹に。


 そのためその事実をなるべく人に知られないようにしていた。

 無理に隠すつもりはなかったが、あえて見せびらかせるようなこともしなかった。


 彼女は装備を父が用意してくれた、と親しい間柄には説明している。

 彼女のことを長く知っているものは、見た目通りの性能の装備ではないと思っているだろう。


 高ランクになり、それなりの収入を持つ彼女が未だに使用しているのだから。

 しかし、それが宝具だとは誰も確証は持てずにいた。


「その年で宝具持ちとはねー。まさかとは思うがその防具も宝具なのかい?」


 男はサラとは正反対の性格をしているのだろう。

 初対面にも関わらずぐいぐいと話をしてくる。


 知らない人との会話が苦手なサラは困ってしまった。

 そこへ、タイラントドラゴンの居場所を探しに行っていた斥候が戻ってきた。


「見つけたぞ! 奴はこの先の開けた場所にいる。周囲にはまだ多くのワイアームやワイバーンもいるぞ。開けてはいるが、所々溶岩だまりもできている。足場には気を付けるんだな」


 先ほどまでサラに話しかけ人懐っこい顔を見せていた冒険者も、斥候の話を聞いて、途端に冒険者の顔つきに変わる。

 サラはソフィと顔を見合わせると小さく頷いた。



 昨日までの雨が嘘のように雲一つない空が続いている。

 雨に晒された土は湿っていて、所々ぬかるんでいるようだが、この調子だと昼過ぎには乾くだろう。


 恵みの雨を受けた作物は数日間収穫されなかったのもあり、多くが収穫に適した大きさに育っていた。

 育ちすぎると味が落ちたり保存性が悪くなるため、数日分の収穫を一度に終わらせる。


 周りも似たようなもので、多くの村人が自分の畑で収穫を続けていた。

 小屋に閉じ込められていた家畜の羊や牛も今は嬉しそうに外を歩き回り、美味しそうに牧草を食べている。


 カインが住む村オティスは娘サラが拠点としている冒険都市セレンディアから、北に馬車で半月ほどの国境沿いの辺境にある小さな村だ。

 村人の多くは農業か牧畜を営んでおり、たまに行商人が訪ねてくる以外にはほとんど訪れる人の持たない村だった。


「やっぱり行商人を待つよりも隣町に持っていった方が早いかな」


 カインは書き終わった娘への手紙と、その贈り物をどうやって娘の手へ送るか思案していた。

 まだ手紙も贈り物も出来ていないのに気が早いことだ。


 隣町はこの村から馬車で二日程の距離にあり、村では手に入れることの難しい日用品を仕入れたり、村で出来た特産品を売ったりと、いつ来るか不明な行商人と違い、定期的に村人が行き来していた。

 ちょうど次に隣町に行くのが三日後で、一度隣町に届けてもらってからセレンディア方面に向かう行商人か誰かに頼むのが、より早く手紙を届ける手段と言えた。


「よし。そうと決まればさっさと用意をしないとな」


 収穫を終え、家に戻るとカインは引き出しを開け、青白く輝きを放つ金属の棒のようなものを取り出した。

 それはまるで杖の先端だけ取り出したような形と長さで、実際遠い昔カインがまだ冒険者をしていた頃に使っていた杖の先端部分だった。


「意外と残っていなかったな」


 カインはぶつぶつと呪文を唱えながらその棒を両手で持ち、ちょうど半分になるように両側に引っ張った。

 硬そうに見えた金属の棒は淡い光を放ちながら、まるで飴細工のように引き伸ばされ、中心で二つに別れた。


 その後さらにカインが何か念じると、二つに別れた金属は涙形に形を変え、それぞれの手のひらにコロンと転がった。

 よく見ると、端の方にちょうど紐が通せるような小さな穴が空いているようだった。


「指輪はサイズが分からないからなぁ。ペンダントなら問題ないだろう」


 形を変えた金属はミスリル。魔銀と呼ばれるこの金属は非常に高い魔力伝導率を持ち、魔力を込めることにより自在に形を変えることが出来る。

 しかしカインにとってはこの金属の持つ他の性質がもっと重要だった。カインが開発した技術、付与術の媒体である。

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