第2話 あの日あの場所で

ジリジリジリジリッ!─── ダンッ!


忌々しいスマホのアラームを止めて、背伸びをする。もう、朝のルーティンになりつつある行動。高校に入って、何度繰り返しただろうか。止めたつもりがいつの間にか、スヌーズになっていた時は、怒りのあまり、無表情でアラームをもう一度切る。


さて、準備しますかね。元々強めのストレートだからか、癖があまりついていない髪を一応とかし、顔を洗い、うがいしてから、制服に着替え、昨日買っておいた菓子パンをテキトウに鞄に放り込んで家を出た。

こういう時、オートロック式のマンションで良かったと思う。「鍵がない!」とか朝からバタバタしなくていいし。まあ、確認はするんだけど。


まだ、朝の6時だからか、辺りは凄い静かだ。朝の通勤ラッシュに巻き込まれたくなくて毎朝早起きして学校に向かうのも慣れてきた。鞄からヘッドホンを取り出しお気に入りの曲を流す。あ、「行ってきます」言うの忘れてた。


まあ、言っても返事をする人はいないんだけど。


なんとなく、防犯対策で言った方がいいかなくらいの意識で毎日言ってる。ご近所は、私が一人暮らしなの知ってるから意味あるかは分からないけど。


あー、今日でテスト最終日か。学校入ってすぐの実力テストが終わって開放感味わってたのに、次は中間テスト。


赤点回避出来ればいいか。とか、不真面目なことを思いつつ学校に向かった。


……………


 やっと、帰れる。「愛ちゃんバイバイ!」とか、「マック行こうぜ!」とか聞こえる中、さっさと早足でバス停に向かう。


 テストの日は、午後には家に帰れるようになっている。それは、テスト最終日の今日も例外ではない。途中、「未菜ちゃんバイバイ!」と言う挨拶に「バイバイ」と手を適度に振り返す。未菜みなとは、私の名前である。帰りのバスは、一時間後に来るのを確認して、ベンチでお気に入りの本を開いた時だった。足元にふわふわしたものが当たる感覚がしたのだ。不思議に思って、見てみると黄色い瞳の黒猫がスリスリと頭を擦り寄せている。



動物、特に猫が大好きな私は、触らせてもらおうと手を伸ばしたけど、スルリと避けられた。あ、おしい。あと、ちょっとだったのに。


猫は、スッとベンチに乗り、私の隣にある鞄についていたストラップが気に入ったのか、ずっと、戯れている。その愛らしい光景に、思わず笑みが溢れる。

そういえば、小学生の頃は、暇を持て余したら、野良猫の後を追い掛けてた時があったなぁ。

しばらくして、ストラップに飽きたのか、何処かに向かおうとする猫。


────久しぶりに追い掛けてみるか


どうせ、バスは一時間後に来るし。私が知らない場所に行きそうだったら、後を追うのをやめればいいし。


猫特有の路地裏とか通って行くかと思ったけど、意外とそんなことなくて、普通の歩道を通って、信号を渡り、住宅街を抜け、何故か空きマンションの階段を登っていく。

さっきから思っていたけど、誰とも出会わない。今更だけど、マンションに勝手に入り込んだから、怒られるかも。

でも、確かここって、放置気味な空きマンションだったはず。


とか、考えていたら、屋上に繋がるであろうドアの前で、猫が止まった。

開けて、開けてて催促するようにニャアと可愛らしく鳴いてみせる。

何だか、良いように使われている様な気がする。猫は、賢いと聞くけど、まさか私が付いてくるのも計算の内だったりして。

馬鹿なことを考えながら、ドアノブを回す。

空きマンションだし、誰にも合わないでしょう。そう思って、軽い気持ちで開けた。


しかし、最初に目に入ったのは、びっくりした様にこちらを見るクラスメイトの姿だった。


あ、え? 愛さん?


屋上には、私のクラスメイトの小林愛こばやしあいが黒いジャケットを急いで着ようとする姿があった。まるで、何かを隠すように。


何か、言うべきだろうか。いや、でも、とか迷っていると、相手の方が柔らかい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「お、こんにちは!こんな所で会うなんて偶然だね!」


昼間の日差しが可愛らしい彼女の顔に当たって、キラキラ光って見えた。普通なら、ここで、ドキッとかするものなのかもしれないが、学校では見たことのない、その儚げな笑みが頭から離れなかった。



「ほんと、偶然だね。まぁ、この猫に案内してもらったようなもんだけど」


まぁ、案内というか追い掛けて来ただけだけど。


「猫?案内?」

不思議そうに首を傾げる彼女。その仕草が何だか子供っぽくて可愛らしい。




「あぁ、ごめん、今のは忘れて。」


「とりあえず、興味本位でこの猫について行ったら、ここに辿り着いたって言いたかっただけだから」




何だか恥ずかしなってきて、つい、自虐的な笑いが出てくる。そんな私の様子に、嫌な表情は一切出さずに


「そ、そうなんだ」

と相槌を打つ彼女は、いい人なんだと思う。



不思議そうな顔をする彼女を見てると少しからかいたくなって


「あ、今心の中で馬鹿にしたでしょう?」

と言うと、

「え?そんなことないよ!いや、ちょっと、不思議には思ったけど!」と必死にフォローしようとする彼女。そんな姿を見ると、さっきの儚げな表情は、気のせいだったかもしれないと思った。


これが、私と彼女の最初の出会い



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ある昼下がりの午後に ヨル @kuromitusan

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