ある昼下がりの午後に
ヨル
第1話 隠れ場所
桜は綺麗だ。桃色の御守に刺繍されてる柔らかくて優しい色の花弁を見つめながら、そんなことをぼんやり考えていた。あー。痛い。体が痛い。今は、一ミリも体を動かしたくない。別に、筋肉痛とかじゃない。ただ、上半身を打撲してるから痛いんだ。あ、誰かと喧嘩した訳じゃないよ?
まあ、ただ殴られただけ……親に。
屋上だから、風がもろ私の顔に当たる。アイス食べたいな。殴られた跡は、赤黒くなるから、とても人様に堂々と見せられるものじゃない。いつもは、目立たない所を殴るのに、今日は相当機嫌が悪かったらしい。パーカー持ってくるの忘れた。これじゃ、お店入れない。
私は、適当に投げて置いたリュックを、自分の近くまで持ってくる。グシャグシャになったスカートのポケットから、スマホを取り出して時間を確認する。時刻は、丁度昼の十二時。
殴られた日は、いつも決まって行く場所がある。自宅から、少し離れた町外れの使われてないマンション。そこの屋上が私の隠れ場所。小さい頃に毎日続く暴力に耐え切れなくて、逃げ場所を探して走り回っていた時、たまたま見つけた。ここは、管理が甘いのか簡単に侵入出来るようになっていた。屋上に入るには、各階に繋がっている階段と、管理室?みたいな所から繋がっているドアの二箇所だけだ。本当に何も置かれていない殺風景な所だけど、開放感があって結構気に入ってる。何故か、いつ来ても、チリ一つ落ちてないし。自宅からこのマンションに来るまで、あまり人目につかない道なのも、気に入ってる理由の一つ。だって、ボロボロの姿を誰にも見られずに移動出来るし。
こんな私だけど、ちゃんと高校に行ってるし、友達もいる。ただ、家のことは秘密にしてる。言ったところで、心配かけるだけだし、もしかしたら、普通に生活出来なくなるかもしれないから。全てを打ち明けられる親友なんて私にはいない。殴る相手は、日によって変わる。母親だったり、父親だったり。
何で、逃げないのかって?それは、私の下に大事な妹がいるから。妹は、私より五歳離れてる。こんな危険な家庭にいたらいつ怪我するか分からないから、幼稚園に入る前に私が両親を説得して、祖父と祖母の所で生活させてもらってる。まぁ、その時も散々怒鳴られて、殴られたけど、妹が殴られないなら安いものだ。妹がいない代わりに、私が毎日家事し、家に残ることを条件に両親は妹を送り出した。
あれを思い出すと、未だに吐き気がする。血と涙の味が口の中に広がった気がして、思い出すのをやめた。
胸糞悪くなった私は、自分の長い髪を軽くいじりながら、考える。いつになったら、この地獄から開放されるのだろうと……。
自然と温かいものが目から流れてきた。
ニャーンと猫の鳴き声が聞こえて、足元に目をやると、黒猫が座っていた。愛らしい黄色い瞳で私を見つめているから、その瞳に吸い寄せられるようにじっと見つめ返した。大方、階段の方から入って来たのだろうか?
「君が私の親友になってくれる人を連れてきてくれたらいいのに」
ふーん。とでも言いたげな顔をした黒猫は、そのまま去っていった。
いつの間にか、本格的にお腹が空いてきて、リュックの中を適当に漁ると、見慣れた黒いジャケットを見つけた。流石は私、昔から殴られなれてるだけある。無意識に、持ってきていたらしい。
これなら、痣も隠れるし、万が一友達にあってもフードで顔も見られない。過去の経験上、案外不審な目で見られることも無いから安心だ。さて、移動しますか。
そう思って、リュックからジャケットを取り出そうとした瞬間 ガチャっと、屋上のドアノブを回す音が聞こえた。咄嗟に振り返る。そこに見えたのは自分のクラスメイトの女子の顔だ。
なんで、今まで誰も来たことなかったのに……。しかも、なんでクラスメイト?怪我を怪しまれるかな?いや、でも、入り口から私のいる距離は遠いから、痣までは見えないかも。
頭の中がごちゃごちゃし始めて、寝不足の頭を無理矢理をフル回転させた。
結果、出てきた言葉は……
「お、こんにちは!こんな所で会うなんて偶然だね!」
あ、これ、失敗した……。
とりあえず、持っていたジャケットを素早く着る。相手の顔を見るのが怖いけど、見ないと益々おかしいので、真っ直ぐ見つめる。
「ほんと、偶然だね。まぁ、この猫に案内してもらったようなもんだけど」
「猫?案内?」不思議なことを言う彼女に、つい疑問が口についた。
「あぁ、ごめん、今のは忘れて。」
「とりあえず、興味本位でこの猫について行ったら、ここに辿り着いたって言いたかっただけだから」
彼女は綺麗な顔で恥ずかしそうに笑った。その時の私の顔は相当気の抜けた表情だったと思う。
「そ、そうなんだ」
適当に相槌を打ったけど、彼女はのほほんとした様子で、「あ、今心の中で馬鹿にしたでしょ?」とまた笑った。よく見たら、彼女の足元にさっきの黒猫が行儀良く座っていた。
黒猫は、連れて来たけど?とでも言いたげな顔をしていた。
これが、彼女との始めての出会い
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