1-2 適材適所
「なんで僕がこんなこと……」
ぼやく少年の手には、大きな荷物袋がふたつ。ヴァリアンスした姿で両手が塞がるほどであり、さらに背中にはその三倍ほども大きな荷物袋が背負わされている。とても普通の人間には持てない荷物量といえるだろう。
「おまえが動物を逃がしたりしていなければこんなことはせずに済んだんだ。グチグチと無駄な文句を叩いてないでしっかりと働け」
ものぐさなふうに言う男は少年の頭の上にあぐらをかいており、まるで馬の尻を叩くようにして少年の頭頂部を軽く数回ほど叩いた。
少年は村の人間たちが飼っていた動物を放ったことで追われており、男は化け物を退治する旨の依頼を受けてやってきていた。依頼内容と男の行動は一致しなかったが、男は少年が自分の言うことを聞くものと示して、村人たちを一旦承諾させた。そして依頼の代わりに、村から町へ商売へ行くのに手伝わされている。大量の荷物はすべて売り物と商売道具である。
「僕は……助けたかったんですよ。動物はみんな野生で生きていける。それなのに人間たちの勝手で自分のものにされて、家畜として生かされる。何の自由も与えられずに……それが、僕には凄く……悲しいことだと思えて」
「なるほど、浅いな」
「えっ?」同情の言葉でもなく、ただ憐れむでもなく、氷塊を投げるような突き放す言葉が頭上から飛び込んできて、少年は戸惑いを隠せず肩を揺らした。
「おまえは悲劇のヒロイン、いやヒーローか。まぁどっちでもいい。とにかく悲劇の主人公気取りでいるようだが、おまえのような人間の姿をした魔物など探せばどこにでもいる。それと、動物が救ってくれと頼み――感謝をしたのか?」
「それは……だって、言葉まではわからないから……」
「そうだ。言葉が通じない相手なら、仕草で判断するしかないだろうな」
「そうですよ、動物たちは柵を破ってやるとみんな喜んで逃げ出した。だから僕のしたことは間違ってなんかないんです」
「それが浅いと言っているんだ」
「浅い浅いって……」むっとした少年の頭に、男はぽんと手のひらを乗せた。
「確かに、動物は本能で自由を求めるだろう。たとえ人のそばで生きていても、狩りの習性を忘れられずに外を目指して走り出すこともあるだろう。しかし、しかしだ。人の手で育てられた奴らは酷く狩りが下手なんだ。誰にも教えてもらってないからな。だからそういう奴らは野生に帰ることなどできない」
返す言葉が見つからなくて、少年は歩を進めながらもうつむいたまま押し黙ってしまった。男は一呼吸置いてから、さらに話を続ける。
「奴らを可哀想と感じたおまえの心は決して間違ってはいない。しかし、行動までしてしまえば酷く独善的だ。おまえの尺度で他者の幸福を決めつけるな。そもそもの話、奴らも俺たちと同じ生き物だろう。だから可哀想なんて思ったんだろう? そうであれば、奴らが『何もしなくても食事をもらえてラッキー』と考えていた可能性も考えるべきではないか?」
「それは……」
自分のしたことの重さがようやくのしかかってきて、少年は灰色の手を見つめた。太い鉤爪の生えた醜くしわがれた巨大な手。自分の手であって、忌み嫌われた呪われし手。魔物である自分を、初めて直視したような気がした。
どうしてここまで自分の行動を肯定し、そして否定し、正そうとしてくれているのかわからなかった。否、理解はしたが、いまひとつ納得はできなかった。答えが見つからないまま、一行は町の入り口に辿り着いた。
「僕は、罪を償えるんでしょうか」
荷物をすべて運び終えたあと、少年は元の小さな姿に戻ってから口を開いた。
「見ろ」男はうつむきがちな少年の顔を見下ろしながら、先ほど荷物を運んだ店の方に向かって親指を向けた。そこには笑顔で礼を言う者たちの姿があった。恐怖に歪む引き攣った顔ではない、普通の笑顔がそこに並んでいた。少年は初めて自分に対して向けられた『感謝』が、くすぐったくて、照れくさくて、だからこそ胸が熱くなって、何よりも大切なものを得たような気持ちを感じた。
「あなたは……僕にあの笑顔を見せるために……?」
零れ落ちた涙が頬を伝って、少年は自分が感極まったことに気がついた。男はやはり自分を憐れんでいたわけではない。同情して諭していたわけでもない。彼は自分を人間と変わらない存在として、人間としての気持ちを教えてくれようとしていたのだ。少年は礼を言いたくなって彼に向き直った。
「礼などいらん! このフンババが運んだ分の金をさっさとよこせッ!」
男は、手を振る男たちに向かって目一杯の苛立ちを込めながら吼えた。
「このひと大丈夫かな……」
少年の名はフワワといったが、訂正する気力は失せた。彼の旅についていこうと決心した矢先の出来事が『感謝する者たちに向かって金を払えと言った』では、己の決断が間違っていたのではないかと躊躇したほどだからである。
男の名はシュセンド・フェルナンド。魔物を従わせて稼ぐ悪名高き男である。
シュセンドー! いまひとちはみ @imahitotihami
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