20.最終試験

 教官に最終試験を言い渡された。これに合格すれば、適合試験を受け、晴れて国の部隊の一員に昇格する。思い描いていた幸せな未来とは、もしかしたらちょっと違うかもしれないけど、これが第一歩なんだと思った。


「ハクレイ、なんか嬉しそうだね」


「ムクは……いつもと相変わらず変な顔だね」


「え、ちょ、いきなり悪口言うのやめてよ。照れるでしょ」


「照れるんだ……じゃなくてさ。最終試験だよ、最終試験っ。これに合格したら、私たちはただの実験体じゃなくなるんだよ」


「あー、だからうれしそうなんだ」


「ムクはどうなのさ、合格したらって考えたらうれしい気持ちにならない?」


「うーん、そうだね」


 顎に手をやり、ムクは考え出す。そして、私とは全く異なる意見を出した。


「私は……割とこのままでもいいかなって思ってるよ」


「え、どうして?」


「訓練は大変だけど、皆いるから。あんまり変わってほしくないなって思って」


「ムク…………」


「へへ、私らしくないこと言っちゃったかな」


「本当のこと言いなさいよ。ただ何も考えていないだけなんじゃないの? そこんとこどうなの」


「え、今真面目なこと言ったよっ! なんで信じてくれないのさ」


 別にムクが嘘いっているとかそういう風なことは思っていない。ただなんか、うれしくて、ちょっと誤魔化した。

 私もムクと一緒にいる時間は好きだ。この時間を大切にしたいと思っている。でも、私は永遠なんてないことを知っていた。

 お母さんと一緒に暮らしていた時、あの、幸せだった時のことだ。どんなに貧しくても、きっとこの幸せがずっと続くんだと信じていた時期があった。でも、あっけなくそれは終わりを迎えた。だから、ムクの言っていることは分かるけど、そのままでいたくはない。この関係を保ちつつ、もっと幸せになれる未来を歩きたい。


「私も……」


「え、何いきなり真顔になって。ちょっと気持ち悪いんですけど」


 私は無言でムクを叩いた。少しだけ真面目な話をさせてほしい。マジで、お願いだから、本当に。


「なんで私が真顔になると気持ち悪いのよ」


「いや~、そう言っておかないといけない気がして。今の笑い取れそうだよね」


「アンタはいったい何を目指しているのやら」


「お笑い芸人?」


「よそでやれ」


 なんか、ムクが茶化すから言うのが恥ずかしくなってきた。この気持ちは胸の内にしまっておこう。



 最終試験の内容は、後日教官から教えてもらった。試験内容は、やっぱりろくでもないものだったけど。これさえ乗り切れば、幸せな生活に近づけると思うと、頑張ろうという気持ちがわいてくる。


「にしても、また人殺しか……」


 最終試験の内容は、殺し合いだった。ターゲットを殺すのではなく、同等の力を持った敵と真っ向から戦うということだった。

 暗殺などを生業とする場合、メインは後ろからブスリなので、敵と戦う機会なんてそこまでなさそうに思うのだが、この殺し合いで一体何がわかるのだろうか。ただ殺し合うことの意味が、私には分からなかった。

 とりあえず命令に従おう。私自身が敷いたレールの上じゃなくて、誰かが敷いてくれたレールの上だけど、しっかり歩いていけば、きっと幸せな未来に辿りつけるはず、そう信じて。


 試験内容を知ったその日から、さらに訓練をするようにした。


「ハクレイ、なんだか気合入ってるねっ」


「だってもうすぐ最終試験だもの。しっかりやっておかないと」


「うわ、まじめ……」


「ムクもまじめにやって。二人で一緒に合格するの」


「たはは、ちゃんとやるって、ハクレイの寂しがり屋さんっ」


「…………ぶっ飛ばす」


「なんでっ!」


 おっといけない、ムクが私をからかってくるから、またムクをぶっ飛ばそうとしてしまうところだった。まあ、私なりの冗談でじゃれ合いなんだけど、たまにムクが本気にして泣きそうになる時がある。私はいじめっ子じゃないよ。

 こんなしょうもないじゃれ合いだけど、私は楽しいと思っていた。

 この日常がいつまでも続いてほしくて、訓練に力が入ってしまう。なんとしても、二人で合格したい、そのために、多少辛くても頑張ろうと思ったんだけど……。


「このいじめっ子っ!」


「私、いじめっ子じゃないっ」


 ムクが悪ふざけを入れてくるので、まじめな訓練もまじめじゃないように見えてしまう。私としては、二人で一緒に合格したいのに、そう思っても口には出さなかった。

 最終試験まではまだ時間がある。しっかり仕上げていけば、きっと合格できるだろう。


 最終試験は、数日後に行われる。理由は、その日に適合試験も行うからというものだった。なぜ最終試験の日に適合試験を、と思うが、上の人が考えることだ、私には分からない。

 おかげで、試験に向けていろいろと準備することが出来たと思う。ムクはいつもおちゃらけているが、訓練もしっかりやっていた。この分なら大丈夫だろう。

 こんな調子で、私たちは試験に備え、日々が過ぎていった。




 そして、最終試験の日。私たちは、別々の部屋に呼び出された。互いに「頑張ろうね」とエールを送って別れた後、私は呼び出された場所に向かう。


 部屋の中で待っていると、教官がやってきた。


「ハクレイ、気合は入っているようだな」


「ばっちりです教官。今なら何でもできそうです」


 私の気合は十分、やる気も十分、気分的にはもうすでに合格した気でいた。

 あれだけ訓練をしたのだ、きっと大丈夫に違いない。そうやって大丈夫だと思い込むことで、不安をなくし、集中する。


「ふむ、気合たっぷりのようだな。じゃあまずこれに着替えてもらおう」


 そう言って教官が渡してきたのは、真っ黒い服装と、これは仮面だろうか。

 何故に仮面が必要なのかは分からないが、まあ着替えろと言うのなら着替えるしかない。

 私はその場で黒い服に着替える。何だろうこの服装、どこかで見たことあるような。

 あ、思い出した。部屋に置かれていた、ムクお気に入り、世界の変な服装大辞典に載っていた、ニンジャという服装にそっくりなんだ。

 確かあれは、東の国の暗殺者の服装だっけ。ムクが興奮着気味に教えてくれたから、ちょっとだけ覚えている。

 本格的な装備をして、実践をしろ、ということなんだろう。


「教官、着替え終わりました」


「じゃあ次は、ここから好きな武器を選べ。今回の試験は、同業の敵と遭遇してしまったという状況を想定したものだ。自分が任務にあたる際に最も適した武器を選べ」


「わかりました」


 多数ある武器を眺める。あまり時間をかけると教官がイライラしてきそうだと思ったので、私は手ごろなナイフを手にして、教官に報告した。私がナイフを選んだのを見て、教官は「ほう」と意味ありげに言ったので、私は割といい武器を手に入れたんじゃないのかと思った。


「準備は出来たな」


「はい、教官」


「では向こうの部屋に行け。このルームの別室だ。そこに相手が待っている。俺はほかの部屋で見ているから、しっかりやれ」


「はいっ!」


 気合十分、最終試験、絶対に合格して、幸せの切符を手に入れてやるんだからっ。

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