18.力に溺れた末路3

「ムクとハクレイ、お前ら二人協力して、その実験体を処分しろ。もし、お前らの邪魔をする奴が目の前に現れたら、一緒に処分しても構わない」


 教官は男を指差して私とムクに言ってきた。なんとなく予想はしていたので特に驚かないが、勝手に処分してしまってもいいのだろうか。


「あれを処分していいいいいいいんすかっ! なんか実験の成功体ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽいんですけどっ」


 ムクは教官に質問したけど、ちょっと動揺しすぎだろう。しょうがない、私が代わりにちゃんと質問してあげよう。


「教官、質問していいでしゅか」


 ……………………あう。

 ムクなんか、こっち見てクスクス笑ってやがる。すごく恥ずかしい。教官も目を逸らして、クスクス笑ってる。しょ、しょうがないじゃん。噛んじゃったんだから。


「お前ら、同様し過ぎだ。ムクは、なんか馬鹿にされているようでムカついたので後で特別実習。ハクレイは、可愛いから許してやろう」


「なぜに私だけっ!」


「日頃の大度の問題だな。お前はいつもお茶ら気過ぎだ。んで、質問だが、あれの処分についてか」


「はい、あれ、成功体っぽいんですけど、処分していいんですか」


「別に良いだろう。研究所で暴れまわる奴だ。あんな与えられた力に飲み込まれて暴れるだけの失敗作、捨てたところで何の影響もないだろう。むしろ生きているほうが問題だな」


「周りに被害を与えるからですか」


「ああそうだ。ああいうのは迷惑だ。国の為にならん。ゆえに殺せ」


「了解しましたっ!」


 私は暴れた男を制裁しようと立ち向かったのだが、ムクに服を引っ張られてしまう。すべてが台無しだ。


「ねぇ、よく聞いてなかったんだけど、何話してたの」


「ったく、あんたは……。あれを処分していいよって話をしていたの」


「なーんだ、そんなこーー」


「ムク、お前はさらに追加で補習な」


「ちょ、だからなんで私だけっ」


「話聞かないアンタが悪いんでしょうに……はあ」


 私たちが無駄に話している時も、絶えず私たちのことを男は攻撃してきていた。だけど動きが単調過ぎて、簡単に避けることが出来る。余りにもひょいひょい避けるせいか、男は苛立ちを表情に出していた。

 なんとなく、教官が言っていたことが分かった気がする。命令も聞かず、自分の好き勝手に暴れまわる、そして簡単に自分の感情を表情に出してしまう奴が、使いものになるはずがない。

 自分より強いものが現れた瞬間、屈服して媚び諂い、情報をバンバン流してしまいそうな、そんな予感すらした。この予感はあっさり的中する。

 私は殴りかかってきた男の拳を受け流し、私の横を通り過ぎる男のふくらはぎ辺りを思いっきり踏み抜いた。私程度の力じゃ、骨を折ることなんてできないけど、相手に痛みを与えつつ転ばすことは出来る。

 思いっきりこけた男を、ムクが追撃した。


「打つべしっ! 打つべしっ!」


 何だろう、ムクが元気にひのきのぼうで男をたたいている姿を見て、ちょっと不安を感じた。この子、大丈夫なんだろうか。頭とか。というか、そのひのきのぼう、どこから持ってきたんだろう。


「ん、どうしたのハクレイ?」


「それ、どうしたの?」


「教官がくれた。刃物を使ったらあっさり殺しちゃって訓練にもならないだろうから、これで殺せって」


 ひのきのぼうで殺せって……。たぶんできるだろうけど、この男はかなり苦痛を感じて死ぬことになる。少し可哀そうだと思ったけど、ムクやほかの子達への仕打ちを考えれば、当然の罰だと思った。ゆえに私は……。


「教官っ」


「うむ、ハクレイもこれを使うといい」


「ありがとうございます」


 教官からひのきのぼうをもらい受け、男の攻撃に加わった。ムクから受けたダメージは大きかったが、その攻撃を振り払って、男は立ち上がる。息を荒げて気持ち悪かった。


「てめぇら、俺に逆らっていいと、いて、いてぇ!」


 立ち上がる男をムクが再び足払いして転げさせ、ひのきのぼうで再び殴った。痛いとのた打ち回る男を、周りの実験体が唖然とした表情で見ている。

 ぶっちゃけこいつ、力はありそうだけど、それ以外が全然だめだ。これでは知能の一切ない危険種と変わりない。


「ムク、安全第一、いのち大事にで。こいつ、力が強いオークかオーガみたいだけど、知能はヘドロとか粘液と一緒だから、転ばしてたたけば問題ないと思うよ」


「ヘドロと粘液って何っ!」


「え、そんな危険種いなかったっけ?」


「いない……いやいたかな? それっぽい姿のやつはなんかいた気がする」


 思い出せないともやもやするが、今はこの男をひのきのぼうを使って処分しなければならない。そっちに集中しよう。


「お前らっ! いい加減にしやがれっ」


「「うわぁ」」


 やっぱり力が強く、私達のことを簡単に振り払う。これではらちが明かない。どうすればいいだろうか。いくつか案はあるのだが、うーん、困った。


「これ、折っちゃダメかな」


 ムクがひのきのぼうを見つめながらそんなことを呟く。私もそれ考えたけど、ダメだよ。とがったら刺さっちゃう。


「くそがぁくそがぁ、俺は成功したんだよ。俺は選ばれた人間なんだよ。なのになんでお前らは俺に抵抗するんだっ! なんで俺の攻撃が当たらないんだよっ」


「「うわぁ……」」


 まるで、おもちゃを買って貰えなくてイヤイヤ言っている子供みたい。ろくでもない場所でお母さんと暮らしていた時によく見かけたことある。そういえば、お母さんが私から距離を置く前に、私に「あまり我儘言わない良い子ですね」って、我儘言っている子供を一緒に見ながら言われたっけ。あの時はちょっとうれしかったなー。すごく褒められたみたいで。


 こいつも私達みたいに拾われてきているんだったら、今どんな状態なのか自分でわかっているような気がするんだけど。

 まるで癇癪を起こす普通に生まれた子供みたいだよ。私達には縁遠いい、普通の家庭に生まれた……子供みたいだ。


「俺に抵抗するなぁ!」


「いや、暴力振るわれたら抵抗するでしょう、普通」


 男は少し涙目になりながらも、潔く私達に立ち向かってきた。膨れ上がった筋肉と柔らかいからだから繰り出される一撃は、すごく重いと思う。だけど軌道が単調過ぎて簡単に読めてしまう。ちゃんと訓練していないからこうなるんだよ。禄でもないけど場所だけど、話を聞いていてよかったと、本気で思った。


 私とムクは、特に苦戦することもなく、男をフルボッコにした。教官に殺せとの命令もあったので、私たちは、もらったひのきのぼうを膝で降り、めった刺しにしてやった。一発でやろうにも、適合した危険種のせいでなかなか殺すことが出来ず、無駄に苦しめることになってしまった。


「お、お願いだ、もうやめて、やめて」


「「と、言われても、命令ですからコレ」」


 頼む人が違った。私たちに言われても困るんだけど。こういう時、どうすればいいのだろうか。教官に視線を向けると、とても面白そうなおもちゃでも見つけたような顔になっていた。


「ハクレイ、ムク。やっぱりそいつを殺すのはやめだ。まさかここまでして死なないとは。これはいい実験材料になりそうだ。連れて行けっ」


「「イエス・マム」」


「……変な返事は誰からの指示だ」


「ムクからです」


「ちょ、ハクレイっ! この裏切り者」


「ムクは後でじっくりとお話しなきゃならねぇな」


 教官にすごまれたムクはちょっと涙目になっていた。でも、これから悲惨な目に遭うであろう男の方がもっとひどい表情になっていた。

 これが自分の力に溺れ、好き勝手した人間の末路か。ろくなもんじゃないな。

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