17.力に溺れた末路2

「なんだお前? 俺様に文句でもあるのかぁ?」


 ムクを吹き飛ばしたのは、でかい男だった。見た目がすごく気持ち悪い。おなかもぶよぶよだ。でも、教官の訓練を受けているからわかる。この男、とても強い。腹辺りがぶよぶよだが、腕や足の筋肉は人とは思えないほど付いていた。まるでエネルギータンクを背負った狂戦士のように、目がぎらぎらとしている。そんな男にたいして、私は負けないとばかりに睨み返した。

 こんな臭い脂ぎった男がムクを……許さない。

 なんか違うことに怒りを覚えた気はするのだが、まあいい。こいつ、ぶっ飛ばす。そう思って睨んでいたのだが、相手には伝わらなかった。すごく気持ち悪く、ニタニタと笑っている。


「お前ら、見たことねぇ顔だな、あぁ」


 私たち以外の子どももいると聞いていたが、私もムクも一度もあったことがない。その理由は簡単で、私たちだけ、別に管理されているからだ。訓練されている内容も、実験の内容も、たぶん全く異なる。以前さりげなくドクターに訊いたら教えてくれた。

 この子たちは、危険種でも比較的弱い部類に分類分けされているモノと適合した子供たちだと思う。近々実験を実施するようなことをドクターが言っていた。

 私達のような特別級の適合者はあまりいないらしいので、確実に実験を成功させるようデータを集めているとかなんとか。


 この気持ち悪いのは何かしらの適合して実験に成功したのだろう。多分、オークとか、オークとか、オークとか。もしかしたらオーガかトロールかもしれないけど。


「息が臭い、口を閉じてムクに謝って」


「ハクレイ、あんた馬鹿なの、口閉じたら謝ることもできないじゃない」


 冷静なツッコミを入れられてしまったが、すぐに言っていることが理解できなくて首を傾げる。ムクは私を馬鹿にしたように「あははは」と笑ったので、むっと顔をしかめた。

 そんな私達のやり取りが気に食わなかったのか、それとも口が臭いことを指摘されて起こったのか知らないが、拳を鳴らしながら威圧するように私たちに言ってきた。


「おめえらは俺の怖さを知らないようだな」


 威圧されているのだが、別に怖くなかった。確かに盛り上がった筋肉はとても強そうな感じに見える。だけど、タニャーシャが戦っていた騎士もどきの犯罪者の方が強くて怖かった。

 ここで初めて気が付いた。私はムクのことしか頭になかったからこのでかいのとムクしか目に入っていなかった。でもよく見ると私達以外にも子どもたちがいた。多分私やムク、この大きいのと同じ、実験体。でも皆怪我をしていて、下を向き、暗い表情だ。

 それだけ見て、一体何があったのか容易に想像ができた。


 こいつは力任せに暴力を振るい、同じ場所で暮らす仲間を力づくで従わせようとしているのだ。まるであの山賊騎士みたいに……。

 また怒りがわいてくる。こんな、こんな他人を平気で傷つけてニタニタ笑っている奴なんて……。


「あなたがどれだけ強くて怖いのか知らないけど、私はあんたみたいなのが一番大っ嫌いっ!」


 きっと、ちょっと脅せば私もムクも大人しくなると思っていたのだろう。余裕のあった表情が一転、顔を真っ赤にさせて怒り狂った。

 掴みかかってこようとしたので、私はムクを引っ張ってひょっと避ける。のろますぎて話にならない。

 というか、ムクはちゃんと動いてほしい、ほのぼのした顔しないでちゃんとしてほしい。


「よけんじゃねぇ!」


「普通避けるよっ」


 暴れる男は怒り任せに暴れる。力だけは凄いようで、壁などが殴られるたびに、建物が揺れているような気がした。避けている途中、ムクが「じゃああとよろしく」と言って、どこかに行ってしまう。ちょっと、この状況でそれはないよと思いながらも、私はこの臭い奴のターゲットにされてしまっているので逃げられない。まあ、ムクにひどいことをしたので許すつもりはないのだが、さて、ここで困った事態に直面してしまう。

 果たしてこいつに反撃をしていいのだろうか。怒り任せに売られた喧嘩を買ったわけだが、少し冷静に考えてみれば、こいつも私と同じ実験体。様子を見たところ、危険種を移す実験は行われているっぽい。私が言われた、伝承に残る白き獣との適合と同じように、この男も、多分オークのような危険種と適合しているはず……。

 つまりこいつは実験の成功例であり、貴重なサンプルなんじゃないだろうか。だとしたら、こいつをそのままフルボッコにするのも、殺しちゃうのもまずいし、私がドクターや教官に怒られてしまう。


「くっそ、ちょろちょろ動き回って、おい、お前らっ! こいつを囲めっ! 逃がすんじゃねぇっ」


「っち、鬱陶しい」


 暴れまわる男の攻撃をギリギリでかわしていた。別に余裕でかわせるのだが、そこは挑発の意味も込めて、ぎりぎりに。そのおかげか、暴力で従わせたであろうほかの実験体たちに指示を出し、私は囲まれてしまった。逃げ出すことも可能だった。というかムクが逃げ出したのなら一緒に私も逃げ出せばよかったと後悔した。でも、この男がムクにやった仕打ちを考えると、どうしても許せなかった。


「何をやっているっ」


 突然、ドスの効いた声が聞こえて来た。声の方を向くと、教官とムクがいた。

 ムクっ! てっきり私を見捨てたのかと……。

 戻って来てくれてちょっとうれしかった。

 ムクは私の肩をたたき、「頼もしい肩を連れて来たよっ!」と、とてもいい笑顔を浮かべた。私やムクにとって、なんというか、絶対的な人って感じがする教官、頼もしい以上のものがあると同時に、なんだろう、すごく嫌な予感も感じていた。

 私を襲っていた男も、男に命令されて動いていたほかの実験体たちも、突然現れた教官に驚いていた。特に、暴力でだろう、無理やり従わらせられている子たちが青ざめた表情をしている。ある意味でそれが正しい反応だった。教官はこの施設の人間で、私達のような教育を受ける、施しを受ける側の人間じゃない。ドクターやほかの研究者側の人間で、歴戦の戦士だ。そんな人が現れたら、震えてしまうのも仕方がないだろう。何せ、私達はここを追い出されたら行く当てがなく、のたれ死ぬか、最悪つかまって処刑されるか。もっと最悪なのは、今よりひどい実験に使われて、苦しんで死ぬかだと思う。

 だから絶対に逆らわない方がいい人間なのに、私たちを襲った男は違った。


「誰だか知らないが、邪魔するならぶっ殺すぞっ」


「ふむ、ハクレイ、よく反撃しなかったな。どうしてだ」


「だって命令も何もされていないから。ムク攻撃されてイラっと来たけど我慢したっ」


「おい、俺を無視してんじゃねぇ」


 教官は男を無視して話を続ける。


「ムク、なんで俺を呼びに来たんだ?」


「そんなの、このしつこいのをどうすればいいのか分からなかったからに決まってるじゃん、ドヤっ!」


 自分で「ドヤっ!」とかいう奴始めてみた。それは置いておくとして、教官は私達の返答を聞いて、何がおかしいのか笑い出した。無視されている男はしびれを切らして殴りかかるも、教官に軽くあしらわれる。教官は男の攻撃なんてなかったかのようにただ楽しそうに笑った。


「今回の俺の教え子は優秀だな。ちゃんと自分で行動できてる。実に素晴らしい。さすが俺の教え子たちだっ」


 大絶賛されて、悪い気はしなかった。ムクもなんだか満更でもない様子。こうやってほめられると素直にうれしい。


「そんな優秀なお前たちに命令だ」


 唐突に言われたその言葉に、私とムクは一瞬だけびくりとした。

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