16.力に溺れた末路1
子供たちが心配になりながらも、私は研究所に帰宅した。一応、私がターゲットを殺したという証明をするための遺品を持ってきているし、あの場にいたすべての死体も処理済みだ。あの村ではきっと、神隠しにあったということになって、騒ぐことはないだろう。
ただ、タニャーシャが面倒を見ていた子供たちが、私は心配だった。だからいそいで帰ってきたのだ。私が頼れる大人は、ドクターか教官ぐらいしかいない。私にできるのは、あの二人にお願いするところまで。正直、私の環境がすごく恵まれているかと言われたら、そうではないと思う。でも、少しでもいい生活ができる上に、将来の希望が持てるのはいいことだと思う。
「ご苦労だった、ハクレイ」
「はい、教官」
教官にタニャーシャの遺品を渡す。そして、ことの顛末を全て正直に話した。もしかしたら、私は罰せられるかもしれない。だから本当は黙っていたほうがいいんだけど、この首輪の効果をはっきりと知らない以上、語ったほうがいいだろうと思った。もし、すべてが筒抜けだったなら、黙っていた私はかなり重い罰を与えられることになるだろう。喋れば、少しは軽減されるかな、そんな甘い希望を抱いて、全て喋った。
「ふむ、なるほど」
教官は静かに目を閉じて頷いた。何か納得がいったという風に見えた。
「実はタニャーシャの一件は不可解な情報が多くてな。裏で何かしらの事情があるだろうと思っていたが、まさかそんなことになっているとは」
教官の態度は、どこかわざとらしかった。でもそれを口に出すと怒られるので私は何も言わない。
「お前がタニャーシャに手をかけなかったことについては不問とする。騎士に手をかけたことについてもな」
「ありがとうございます。そこで、一つお願いが……」
「わかっている。子供たちのことだろう。そちらにはすでに人を向かわせている」
なんて仕事がはやいと思ったが、それもそのはずだった。むしろ、私につけられた首輪の性能がどれだけのものか知ることが出来たような気がした。
「ハクレイ、お前さんに聞きたい」
「はい?」
「お前はタニャーシャの話を聞いて、どう思った」
「私は……偶々タニャーシャの近くにいたやつが悪い奴だったと思います」
「ほう」
「私はここに助けてもらったし、そのことに感謝している。でも悪い奴がいるのは事実で、それで苦しんでいる人がいるのは見過ごせない」
「ふむ、では、お前はどうしたほうがいい」
「わからない」
「わからないとは?」
「何が正しくて、何が正しくないのか、私はいったいどうしたらいいのか、今回の件を見ていて分からなくなった」
「……ふむ、だったら教えてやろう。一番大切なのは国にとって大切か、大切じゃないかだ。犯罪組織と手を組んだ彼女の行動は褒められたものじゃない。むしろ罰せられるべき行動だ。だが、派遣した騎士が腐っていたのも事実。これは国にとって利益にならない行動だ。正義か悪かなんて考えたってそれは個人の主観でしかないからな。まずは国のことを考えろ」
教官に言われて、はっとした。テロリストに与していたことは褒められたことじゃないにせよ、タニャーシャがやった行動は国の為になる。悪い奴らがいなくなれば、それだけ国が平和になるからだ。だから教官もそこまで怒っていないように見える。
そう思ってきたら、なんだか安心してきた。
「とりあえず、今日は休め」
「わかりました」
そう言ってもらい、私は休むことにした。部屋に戻ると、ムクのひどい顔が目に映る。顔色が悪いとか、辛そうな顔をしているとか、そういうのじゃない。物理的にひどい顔をしていた。あれ、どうなってるんだろう?
「あ、ハクレイ、お帰りっ! 元気してた? それとも元気してたっ!」
無駄にハイテンション……。ちょっとウザい。こちとらへとへとなのに、何なのだろうか。しかもよく見ると仮装をしているように見える。ムクは試験で一体何があったのだろうか。見るに堪えない。
ムクのことは適当にあしらって、ベッドにダイブする。タニャーシャと子供たちのことが頭をよぎった。教官が言っていた。子供たちのこともすでにどうにかしてくれているといっていた。不安なことがなくなって、次第に眠くなってくる。横で騒ぎ立てるムクを無視して、私は静かに目を閉じた。
ちょっと騒がしい声が聞こえてきて、私は目を覚ました。目の前にムクの顔が合って、びっくりしながらも、起き上がる。
どうやら私は寝てしまっていたようだ。タニャーシャの一件は私が実際に感じているよりも重く、疲労が溜まっていたようだ。
凝り固まった体をぐっと伸ばす。相変わらずうるさい。一体何が起こっているのだろうか。
それにしても、ムクはよく寝ている。というか、この音がまるで気にならないような感じで寝ているが大丈夫なのだろうか。戦地のど真ん中なら、真っ先にやられている、そのぐらいの緩みっぷり。ちょっと心配になってくる。
「ぐへへへへ、もう食べられないよ……」
そんな寝言言う奴、初めて見た。ほんとに実在するんだと想いながら洗面所に向かって顔を洗う。
さっぱりとしたところで、今日の日程を確認。任務の結果は不問にされたから大丈夫だし、タニャーシャが面倒を見ていた子供たちについてもどうにかしてくれるといっていた。だから、またいつも通り訓練する日々に戻るだけ。いつもの服に着替えて準備をする。
もぞもぞとムクが起き上がり、時間を確認して騒ぎ出す。
その光景を見ると、なんだか戻って来たなーって気分になる。実際に2日ほどしか出かけていないんだけど、濃厚な時間を過ごしていたせいか、もっと長く出かけていたような気分だったりする。
「ハクレイ、おはよー。相変わらず早いね」
「おはよ、というか、ムクはこの音でなんで起きないの」
「……音?」
起きても気にならないなんて、この子の頭はちょっとネジが外れているかもしれない。
さっきから外の方がどんちゃん騒がしい。なんか奇声というか叫び声というか、そんなのが響いている。騒音だけで、こちらに直接被害がないので、気にせずにいるのだが、ムクは音すら気が付いていないらしい。
「いや、さっきからどんちゃん聞こえるでしょう」
「……? 楽しそうな声なら聞こえるけど」
この騒音をどう聞いたら楽しそうな声になるんだろうか。全く持って意味不明だ。私には罵声とか怒鳴り声のように聞こえる。
ふと時計を見ると、なかなかいい時間だった。そろそろ行かないと教官に怒られてしまう。
「ムク、準備できたらいくよ」
「へへへ、今日の私はすでに準備完了しているのだよ。という訳でお先にっ!」
「ちょ、ムクっ! 走ったら危ないってっ!」
「今日こそ一番乗りだっ! 絶対に、勝つ!」
いったい何と勝負しているのだろう。唐突過ぎるムクのノリについていけず、苦笑する。そういえば、タニャーシャのことでいろいろ考えすぎて、笑うことすらできていなかったかもしれない。もしかして、ムクは私の心境を察して……。ないか、だってムクだもん。
私は「待ってよ」と言いながら、ムクを追いかける。部屋を出て少ししたところで、ムクがいきなり横に倒れた、いや、倒れたというより吹き飛ばされた。
ガハガハと笑う下品な笑い声が聞こえる。凄くうるさくて鬱陶しいと思いながらムクに駆け寄った。
「ムク、大丈夫?」
ムクはガバッと起き上がり、私を見てにこりと笑った。
「大丈夫、ちゃんと受け身を取ったから」
ムクはそういったのだが、やっぱり心配で、私はムクの体をぺたぺた触りながら、怪我をしていないか確認する。ムクには「心配性だな~」と言われてしまったが、大切だと思う人が傷つくのは嫌なので、気になってしまうのは仕方がないことだと思う。
怪我をしていないことを確認してほっとした後、私はムクを吹き飛ばした奴を睨みつけた。
私の大切を傷つける奴は許さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます