15.疑惑3

 一人で敵陣に突撃するタニャーシャを、私は止めることが出来なかった。いや、止められなかった。

 彼女の目に宿る本気に、少し圧倒されてしまったところもある。

 また、タニャーシャの言っていたことについて考えて、ようやく理解した。

 この国の一部が腐っている。危険種という驚異から守ることを理由に、人をモノのように扱う輩がいる。タニャーシャの行動は、こういった腐った奴らが許せなくて、起こした行動に違いない。

 やり方は間違っていると思う。きっと、国の全てが腐っているわけではない。正しい人だっていると思う。正しき人に助けを求められず、テロ組織という悪い奴らの手を借りて自分自身でどうにかしようとした結果なのかもしれない。

 タニャーシャは強かった。持っている武器も普通ではない。危険種を素材にして作られた特別性だと思う。きっと、この腐った奴らをどうにかするために、悪い奴らと交渉したんだろう。


 タニャーシャの闘いをしっかり目に焼き付けようとしていると、私の存在にきがついた一人が近づいて襲い掛かってきた。


「くっそ……死ねぇ」


「うるさいっ」


 鎧の隙間を狙って持っていたナイフを刺す。教官曰く特別な毒が塗られている為、一撃で敵を殺せるとかなんとか。そんなナイフで刺したからだろう、苦しそうな声を上げてのたうち回り、襲ってきた騎士は死んだ。

 あまたにつけている兜を外す。その下にあった顔は、いたって普通のおじさんだった。見た目は普通そうなのに、裏で何を考えているのか分からない。信用できないヤツばっかりだ。

 また一人、また一人、私を襲ってくる奴らが増えてくる。

 私は許せなかった。あいつらの行動が、私や私のお母さんを苦しめたやつらにそっくりだから。


 気が付けば、私はタニャーシャの手助けをするように戦っていた。いらないといわれたのだが、向こうから襲ってくるのだから仕方がないと。そして、騎士たちに襲われ、苦しめられていた被害者たちを確保し、安全な場所まで逃がした。戻ってきたときには戦いが終わっていた。


 タニャーシャは見事敵を倒し切った。いったいどれだけの努力をしたのだろうか、見当もつかない。でも、タニャーシャの体はぼろぼろになっていた。今にも死にそうなほどだ。


「あ、ハク……レイ……」


「タニャーシャ、喋っちゃダメ。今、怪我の手当てを」


「大丈夫よ、もう、助からない」


 それは私もわかっていた。出血が多く、手当したところで治らないだろう。でも、きっと、助ける方法があるはずだと、慌てふためく。それを、タニャーシャが止めたのだ。その表情は、自分はもう助からないことを悟ったようだった。

 なんでタニャーシャが死ななければいけないのか分からなかった。今回のターゲットとして、私はタニャーシャを殺しに来たはずなのに。確かに、裏で悪い人と通じていたかもしれない。でも、それよりも、ここにいた騎士たちの方がもっと悪い奴じゃないか。

 何十人もいた騎士を、たった一人で全滅させたタニャーシャは、常人では考えられないような、辛く苦しいことに耐えて、計画を立てて、実行したに違いない。私というイレギュラーさえいなければ、もしかしたらこんな怪我しなかったのかもしれない。そう思えて仕方がなかった。


「ハクレイ、あなたに話すのも……おかしい話なんだけど、聞いてくれる」


「うん」


 最初に話してくれたのは、神隠しの正体だった。タニャーシャが殺した山賊もどきの騎士たち、こいつらが神隠しの正体だった。村を守ることを理由に、村びとを襲い、弄んでいたんだという。文句を言おうにも、力でねじ伏せられ、国に報告しようものなら処刑された。こいつらは、本当にどうしようもない人間の屑だった。


 村人はきっと、悪魔に生贄を差し出している感覚になっていたに違いない。その生贄に、タニャーシャの姉が選ばれてしまい、その現場を見てしまったことだ。ここからすべてが狂いだしたに違いない。

 いやだと叫んでも弄ばれ、苦しいといっても痛めつけられ、話を聞いているだけで胸が苦しくなってくる。

 現場を見てしまったタニャーシャは復讐を誓い、テロ組織と関係を持ち、借金までしてこいつらを殺そうとした。誰かを雇うのではなく、自分の手で、殺そうとしていたのだ。


 語られたタニャーシャの昔話。きっとその経験がなければ、私のターゲットとして選ばれることもなく、ごくごく普通に暮らしていけたんだと思う。


 私の中で不信感がどんどんと高まってくる。私が暮らしていた場所もろくでもない場所だった。グランツ研究所も、聞こえはいいかもしれないし、私も助けてもらっているけど、やっていることは人殺しだ。そして、村に常駐する騎士でさえ、このように好き勝手している人物がいる。


 守られるべきは、タニャーシャのような人なんじゃないだろうか。確かに復讐はよくないと思う。でも、原因は間違いなくこの騎士にあった。私はだんだんよく分からなくなってくる。何が良くて、何が悪いのか。


 そんな私を見て、タニャーシャが苦笑した。辛そうにしながら、そっと私の手を握ってくれる。


「ねえハクレイ。私を殺しに来たんでしょう? 復讐の為とは言え、国に歯向かうような組織と手を組んだんだから」


「うん、そう、でも、タニャーシャはっ!」


「大丈夫、自分でも分かってる。分かっていても、止まれなかった」


「タニャーシャ…………」


「実はさ、さっきから体の感覚がなくなってきた。目もかすんでよく見えない……しくじっちゃったかな」


 タニャーシャの方をよく見ると、たくさんの血で汚れていた。流れ出る血が、なかなか止まらない。弱り切っていくタニャーシャを見て、胸が締め付けられるような思いをした。


「ハクレイに……お願いがあるの」


「私にできることがあるならっ!」


「子供たちを…………お願い」


 そう言って、タニャーシャは息を引き取った。もう二度と動かない。あの優しかったお姉さんはこの瞬間に消えてしまったのだ。

 私の胸の内はとても複雑な思いが渦巻いていた。本当にどうすればよかったんだろうと、何度問いかけても答えは出なかった。


 あれだけひどい戦いがあった夜なのに、誰一人として外に出てくる村人はいなかった。




 私はこの状況を隠蔽するために、すべての死体を解体して、場所を綺麗にした。タニャーシャの死体を傷つけるのは躊躇してしまったが、そのほかの死体がどうなろうか知ったことじゃない。ロクデナシの屑野郎たちであったことを知った今、国を守るために戦っていた人達であろうと、私にとっては害虫と同じだ。本来守られなきゃいけない立場にいるタニャーシャをこんなに傷つけて、こいつらに向けてやる慈悲はない。もう死んでいるけど。

 タニャーシャだけは丁重に弔おうと思ったけど、できなかった。私はタニャーシャを殺すことが今回の任務だったから。証明部位を持って帰らないと……。

 すごく、こころがえぐられるような気がした。タニャーシャが悪い奴だったら、こんな気持ちにならなかったのに。


 私は、すべての痕跡を隠蔽した後、こっそりと村を出た。誰にもバレないように、こっそりと。

 正直な話、私にあの子供たちをどうのこうのできる訳がない。私だって子供だ。だから、帰ってドクターか教官に相談してみよう。

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