14.疑惑2
夜。
皆が寝息を立てて寝静まった頃。私はそっと起き上がり、部屋の様子を伺った。タニャーシャを含め全員が寝ていることを確認し、私はそっと、外に出た。
教官の訓練を真面目に聞いておいてよかった。あの厳しい訓練がなければ私はまだここから外に出れないところだった。
施設の外に出ると、ちらほらと明かりがついていた。明かりの方から、気持ち悪い声が聞こえてくる。お母さんと暮らしていた時に聞こえて来たロクデナシどもと同じような声だ。
暗闇に紛れ、明かりの場所を伺うと、騎士団のような鎧をまとった山賊風の男を中心に、皆で、たぶんお酒っぽい飲み物を飲んでいた。
あれは山賊か、この村を守る騎士なのか、判断に悩むところだ。
別に重要な施設は無くても、小さなさびれた村であろうとも、帝国は騎士を一定数以上派遣している。それだけ危険種が厄介な存在であり、人々の生活圏を脅かしているわけなのだが。
この様子を見ているに、この村は平和そうだ。だって、村を守るために派遣された騎士様、いや、あれは山賊か。それがこんな夜中に酒盛りして遊んでいるのだから。
私はもういいと思い、そっとその場を離れた。少し離れたところに着いた時、明かりの方面から甲高い叫び声のようなものが一瞬聞こえた気がするが、振り返っても声が聞こえるわけではない。気のせいだと思い、村の散策をする。
結果だけ言えば何も収穫できなかった。この村で特に以上っぽいものはない。もし、テロ組織の一員がこの村に潜んでいるのだとしたら、どこにいるのだろうかと考えても、答えは出なかった。こんな時、ムクがいてくれたら何か気が付くことがあったかもしれないけど……。
そっと私は施設に戻る。皆が寝静まっている間にすぐに部屋に戻ろうと、している時だった。
横から殺気を感じたので、服の内側に隠している武器を取り出して、突然来た攻撃を受け止めた。暗がりの為、相手の顔がよく見えない。必死に攻撃を受け流しながら、敵の様子をうかがう。
窓から入る月あかりが部屋の中を照らす。ゆっくりと見える敵の顔。そこに映るのは、私が知ってる顔だった。
「…………タニャーシャ」
「まさか、ハクレイだったなんて。ミスっちゃったかな?」
「なんでいきなり……」
「ただの勘違いよ。あなたを襲うつもりはなかった。でも、あなたが帝国の手のものだったなんて……」
バレた、そう思った。教官に素性がばれないようにときつく言われていたのに、ばれてしまった。別に脱出困難な状況に陥ったわけではないが、教官に怒られるという想いが一瞬だけ脳裏に浮かんできたが、振り払う。
「タニャーシャこそ、一体何者なの」
「私は別に何ものでもないわ。この孤児院で子供たちを守っているだけ。あなた、すべてを知ってここにきているわけではないわね。だって、あなたには嫌な感じがしなかったから。だからあなたに教えてあげる、場所を変えましょう」
私はタニャーシャの提案に頷いた。ここで暴れたら子供たちも起きてしまう。そうなってしまうのはまずい。私が何者かばれてしまったら、あの子供たちも殺さなきゃいけなくなってしまう。
私たちはそっと孤児院を抜け出した。外はまだ暗く、月明かりと村の微かな明かりだけが夜道を照らしていた。
夜道を歩きながら、タニャーシャは私に訊いて来た。
「ねえ、ハクレイは私を殺しに来た帝国の暗殺者……なんだよね。こんなことしていいの?」
「…………分からない。タニャーシャを見てたら、本当に悪い人なのか、わからなくなった」
「っそ、あなた、とても抜けているのね。普通、殺す相手にそんなこと言わないわよ。まあ私もただで殺される気はないけど……」
「タニャーシャこそ、なんで」
「ん?」
「なんでテロリストなんかとかかわっているの?」
私は馬鹿だから考えたってよく分からない。分からないから気になって仕方がない。つい、私は口を滑らせた。
知りたかった、どうしてタニャーシャがテロ組織に関わっているのか。孤児院にいる皆の前ではとてもやさしいお姉さんだった。そんな彼女がなぜ、国を裏切る犯罪者なんかに……。
「やっぱりあなた、変わってるわね」
「別に普通だと思うけど」
「全然普通じゃないよ。普通ならそんなこと気にしない。君はきっと優しいんだね」
「私は別に…………」
「そんな君になら、私は殺されてもいいよ。組織に与したことは本当だし。でも、ハクレイには知ってもらいたいな。きっと君ならわかりあえるから」
「何を?」
「この国は腐っている。どうしようもない奴であふれかえっているんだ。だから一部の市民が苦しんで死んでいく。そんなの、絶対に許しちゃいけない。だから私は戦うんだよ」
一部が腐っているのは知っている。私だって国の膿みたいな場所で育ってきた過去がある。どうしようもないロクデナシは絶対にいて、どうしようもない人間はどこにでもいる。あまりよくないことだけど、仕方がないと思う。
私はその事実を受け入れている。だって人それぞれ違うし、誰もが優しいわけじゃない。それだけで国が腐っていると断言できるのだろうか。
月明かりに照らされた彼女の顔は、とても怖い顔をしていた。何かに憤っているような、そんな雰囲気を感じる。
「ハクレイにはちゃんと知ってほしいな。君みたいな子供に本来見せるべきじゃないんだろうけど」
タニャーシャが連れて来たのは、先ほど山賊もといい騎士がいた場所だった。そこでは酒盛りをまだしているのだろう、のんだっくれたちが騒いでいた。ただ1点先ほどと違う光景があった。
「…………なにあれ?」
「アレがこの国の現状よ。本来市民を守るために戦う人たちが、権力に溺れてああなっているの。だから国が腐っているっていったのよ。人はそれぞれ違うかもしれない。でも腐っちゃいけない人間だっているんだよ。それが、国を運営する偉い人達や国を守る人達。今、この国は腐っちゃいけない人たちが腐りきっている。もう、ダメなんだよ」
「だからって…………なんでっ」
あののんだっくれの席で、私と同じぐらいの子供が、遊ばれていた。人を人として見ておらず、まるで動物か何かをいたぶって遊んでいるかのよう。痛いのか、辛いのか、うめき声のようなものがかすかに聞こえた気がした。苦しんでいる子供たちを見て、周りの騎士風の男たちが、笑っていた。沸々と怒りが沸き上がる。でも、私は彼らに手を出せない。
私は……あちら側の人間だから。
あの人たちはきっと帝都から派遣された、村びとを危険種から守るための騎士。そんな彼らを私が攻撃してしまえば、私が捨てられる。目の前に広がっている理不尽をどうにかできないかと思考を巡らせても、何も考えが浮かばない。
私自身幸せになりたいと思っている。そのためにならなんだってやろうとも思っていた。でも、誰の不幸を見てみぬふりをして、のうのうと生きているほど人間腐ってはいない。
私はいたぶられて弄ばれている子供らを助けるために飛び出そうとした。それをタニャーシャに止められる。
「なんで、なんで止めるのっ」
「あなたが出てはだめよ。ハクレイは、国側の人間なんでしょう? そんなことしたら大変なことになっちゃう」
「だからってあのまま見てみぬふりなんてできない」
「だから私のような人間がやるのよ。そこで見ていなさい」
そう言って、タニャーシャはロクデナシの元に行ってしまった。
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